第20話 片鱗①
ティアナと合流したリオティスは、彼女の後ろを黙って歩いていた。
もうかれこれ一時間は歩いているが、二人ともが終始無言だった。
先ほどのティアナとの衝突により、リオティスも何を言えばよいのかわからなくなっていた。
彼女を救うためとはいえ、見られたくもない過去を勝手に見てしまったのだから無理もないだろう。リオティス自身、人に見せたくない過去を持っているため、その気持ちは理解出来ていた。
嫌な空気が流れる。
だが、今までのリオティスならば気にも止めなかっただろう。
誰を傷つけようが、嫌われようが関係ない。
人との関りを避けて生きてきたリオティスにとっては、今の状況もどうでもよいことのはずだった。
(俺は変わるって決めた。胸を張って生きると、迷わないと誓った。ならこの状況もどうにかしなきゃだよな。まずはやっぱもう一回謝るべきか?)
リオティスがそんな風に考えていると、前を歩くティアナの動きが止まった。
「どうした?」
「⋯⋯アレ」
ティアナが指を差したのは上空。
巨大な樹木の枝先に、同じく巨大な黒い烏が止まっていた。
成人した人間程はあるだろうか。
ともかく、本来であれば有り得ないそのサイズは、あの烏が魔獣であることを物語っていた。
リオティスとティアナが警戒して剣を構える。
すると、魔獣もこちらに気が付いたのか、咆哮を上げた。
「ガアアアアアァァっ!!」
「うるせェ烏だ。油断すんなよ。大きさや群れを成さないことからも、あの蛇型の魔獣よりも戦闘能力は高いぞ」
「⋯⋯⋯⋯」
「オイ、聞いてるか?」
横に並んだリオティスは、隣に立つティアナの方を見るが、彼女はまるで聞いていないように黙殺していた。
「連携、とらなきゃだろ? さっきの件は後でちゃんと謝る。だから今は⋯⋯」
と、リオティスが説得しようとした時、魔獣が大きな翼を開いた。
全てを飲み込むような闇を映し出した翼からは、大量の羽毛が放出される。
「そういう攻撃か」
上空から降り注ぐ黒い雨に、リオティスはゆったりと短剣を構えた。
以前、モントレイサの街中に出現した魔獣も、自身の身体を覆う巨大な棘を放出して攻撃をしていた。
今回の魔獣が放った羽毛も、同じ速度と手数のようで、一度経験していたリオティスにとっては別段脅威には感じられなかった。
一方のティアナは魔獣の攻撃に緊張するが、攻撃はしっかりと目で捉えることが出来ており、向かってくる羽毛の一枚を剣で斬りつけた。
完璧なタイミング、角度、威力。
念のためにとティアナを注意していたリオティスも、彼女の剣術ならば防ぎきれると判断した。だがーー、
「え⋯⋯」
剣に伝わった重い衝撃に、ティアナの身体が吹き飛んだ。
「なっ、オイ!?」
吹き飛ばされたティアナの方を振り向くリオティス。
距離にして五メートル程離れた後方にティアナは倒れていた。
(今の攻撃でどうしてアイツが吹き飛ぶんだ!? 力が足りなかったのか⋯⋯いや)
瞬時に頭を回すリオティスの目に映ったのは、粉々に砕けたティアナのメモリー。
まさか、とリオティスがひとつの可能性に辿り着いた時には既に、彼の目前にまで黒い羽毛が迫っていた。
回避が間に合わないと判断したリオティスは、短剣を強く握りしめると、羽毛に向かって振り下ろした。
簡単に切り裂かれる羽毛。
だが、次の瞬間にパン、という破裂音がしたかと思うと、リオティスの腕に強い衝撃が走った。
近距離で爆弾が爆発したかのようなその衝撃に、メモリーは破壊されなかったものの、警戒していたはずのリオティスでさえ、短剣を手から弾き飛ばされてしまった。
(羽毛一枚一枚に能力が付与されているのか!? 恐らく斬った瞬間に風船のように破裂して攻撃する能力。クソ、今までの怪我が無ければこのぐらい⋯⋯)
痛む左腕にリオティスは呻く。
度重なるダメージの蓄積が左腕には溜まっていたようで、落ちた握力では魔獣の攻撃に耐えることが出来なかったのだ。
メモリーを手放したことで低下する身体能力。
倒れていたティアナが顔を上げると、目に飛び込んできたのはリオティスに向かって迫る大量の黒い羽毛だった。
「青髪ッ!!」
涙を浮かべるティアナが叫ぶがもう遅い。
メモリーを失ったリオティスには、魔獣の攻撃を防ぐ手段がないのだ。
絶望に表情を歪めるティアナ。
だが、対照的にリオティスの表情には余裕があった。
「〈ダブルピース〉」
リオティスが呟くと、彼の右手から黒色のピースが放出された。
瞬く間に空中に展開した黒いピースは一瞬にして集まりあうと、無数の黒い礫に変化する。
黒い礫は落ちることなく空中に浮かんだままで、迫りくる羽毛に向かって一気に発射された。
ぶつかり合う羽毛と礫。
辺りが耳の痛くなるような破裂音で埋め尽くされると、羽毛と礫は全て消滅していた。
「斬った感触からして、耐久はやっぱ低いみたいだな。ピースの容量抑えるように礫にしたが正解だった」
ただただ冷静に分析するリオティスとは打って変わり、ティアナは何が起きたのかわからずに、口を開けたままだった。
「う、そ⋯⋯」
「オーイ、大丈夫か?」
「大丈夫、だけど。ちょっ、今の何が起きたのよ!?」
「俺の能力だ。後は任せろ」
「いや、後は任せろって!! あ、ああ貴方記憶者だったの!!?」
「そういうことだ。説明は後でな⋯⋯!」
リオティスは上空を見上げると、木に止まる魔獣に向かって右手を広げた。
再び展開される黒いピース。
次にリオティスが創造したのは使い慣れた黒い刀剣で、瞬時に創り出した十本の剣は、間髪入れずに魔獣に向かって発射された。
魔獣も瞬時に翼を広げ羽毛で対抗しようとするが、体を貫いた謎の痛みによって能力を発動出来ずに硬直してしまう。
「グ、ガァ⋯⋯!?」
困惑する魔獣が痛みの方へと視線を動かすと、そこには胸を貫く小さな黒いナイフがあった。
「魔獣のお前に説明する意味は無いが、さっきの礫を創った時な。破裂音に紛れていくつかこっそり動かしてたんだよ。樹木を沿うように死角からこっそり背後まで回した。その後はピースに戻して再構築。急な痛みは魔獣だからこそ一瞬止まるよな。けど、その一瞬があれば十分だ」
「⋯⋯!!」
魔獣が気が付いた時には既に、黒い刀剣は目前にまで迫っていた。
体を貫き、翼を斬られる。
全身を襲う堪えがたい痛みに、魔獣は断末魔を上げて木から落ちていった。