第19話 信頼
リオティスがティアナを追いかけていた同時刻。
分かれてしまったバルカンたちも、〝ロスト〟の大自然を進んでいた。
〝ロストに入ってから約十時間は経過しており、明らかに増えた魔獣の量に、レイクは不安の声を漏らす。
「急に魔獣増えたっスね。コレ、リオっちたちは無事なんスかね」
「まっ、大丈夫だろ。特にリオティスはな。アイツがいれば大体どうにかなる」
打って変わり、緊張感の無い声でバルカンが答えるが、その絶対的な信頼を読み取ったフィトが不思議そうに首を傾げた。
「何でそんな信頼してるんですか? ティアナはともかく、あの屑は役に立ちませんよ!!」
「性格はそうだろうが、実力は確かだぞ。それにやる時はやる男だ」
「彼とは一度手合わせしましたが、そこまで強く感じませんでしたよ? 仮に強いと言ってもメモリー使いじゃ限界はあります」
フィトの言い分はもっともで、どれだけ強かろうがそれはメモリー使いの範疇を出ない。記憶者ならば能力にもよるがひとりでも迷宮を攻略出来てもおかしくはないが、フィトからしてみれば初の迷宮攻略で能力者でもなく分断されたリオティスとティアナは、既に死んでいる可能性の方が高かった。
だが、バルカンは違う。
バルカンはリオティスが記憶者であることを知っている。そして、その実力も。
「大丈夫だ。リオティスならな。どっちにしろ今は信じるしかないだろ?」
「それは、そうですけど⋯⋯」
バルカンの揺らがない目に、フィトも信じて頷くしかなかった。
すると、今まで最後尾を黙って歩いていただけのヘデラが、迷宮内で初めて自分から発言をした。
「ホント、凄い信頼ですねー。急な口出しですが、正直私も疑惑ありですよ」
「どうした急に。黙ったままは暇だったか?」
「んなわけねェでしょ。私が言いたいのは、もしかしてそのリオティスとかいう人、何か隠してるんじゃないですかってこと」
「隠すも何もただの信頼だ。部下を信じるのがそんなに不自然かよ」
「信頼、ですか。それだけに思えないんですよねー。例えば迷宮に入る前、彼にだけ通信用の記憶装置を渡しましたよね。ティアナの奴が何故か離れた時も、アイツが臆することなく助けに行って、バルカンは動かなかった。まるでそれが一番生存率が高い答えかのように。いや、もしかして都合が悪かったとか? 私の目が届く範囲は」
ヘデラの右目が鋭く光る。
彼女の右目には映像を記憶する記憶装置が埋め込まれており、見た景色や情報は全てデルラークに送られていた。
もしもリオティスが記憶者であることがバレてしまえば一巻の終わりだ。だからこそ、バルカンもヘデラを警戒し、言葉も慎重に選ぶ。
「考えすぎだな。リオティスに記憶装置を渡したのはアイツが一番頭がキレるからだ。で、ティアナを助けに走ったのも記憶装置があれば意思疎通は可能だし、それ含め実力があると判断したから。それだけだ」
「ふーん、それならいいですよ。だって本当なら死んでるでしょもう」
「むっ、何ですかその言い方⋯⋯」
と、フィトがヘデラに掴みかかろうとしと時、バルカンが止めるように腕を掴んだ。
「やめとけ」
「でも!!」
「そもそもそいつに手を出したら面倒だろ」
「そーいうこと。私の前で起こったことは全部記憶されてるんで」
「全部記憶ねェ。なら教えてくれよ。〝ロスト〟に呑まれる直前、ティアナに何があったのか。何故か離れちまったからな。あの時、一番後ろだったお前の目には見えてたんだろ?」
「さーて。丁度目を瞑ってたから私はわからないですね。じゃ、私は後ろ戻るんで。迷宮攻略精々頑張ってくださいよ」
バルカンから逃げるように、ヘデラは手をプラプラと振って、再び列の最後尾へと戻っていった。
「なんなんですかあの女!! ティアナを吹っ飛ばしたのも絶対アイツですよ!!」
「俺もそう思うッス。このままじゃ、次にいつまたこっちの邪魔をするかわかったもんじゃないッスよ」
「しゃーねェだろ。デルラークの指示じゃな。今は迷宮攻略が最優先だ」
バルカンは気にしていないように、右手に持った羅針盤へと視線を落とす。
「それが昨日言ってた記憶装置ですよね」
「核を見つけるためのな。磁力に反応して場所を示す物だ。これがねェと右も左もわからねェからな」
「確かこれは全員分あったんスよね。さっきから俺も見てるんですけど、この針の動きちょっと弱くないスか?」
レイクも自身の手に握られた記憶装置を見つめるが、核の方向を示す針がユラユラ揺れている。
「あぁ、ちょっと弱いな。俺たちの場所から核まで、結構距離があるみたいだ」
「残り三日で着けそうですか?」
「わからねェ。多分ギリギリだ」
「まずいじゃないッスか!?」
「多分の話だ。実際にはもう少し早く着けるとは思うが、最悪リオティスたちに番人倒してもらうことになるかもな」
「危険すぎますよそれ。そもそもバルカンさんが居ない分、ティアナたちの進む速度は慎重にならざるを得ないはずです。ならボクらの方が先に着くはずです」
「いや、そうとも言えねェ。〝ロスト〟は巨大で動く迷路みてェなもんだ。ひょんなことからそっこー核に辿り着く場合もある。何より、流された地点も違うからな。アイツ等の方が核に近い可能性も十分にある」
〝ロスト〟の構造は歪だ。
属性によって環境も大きく異なるが、何よりも迷宮の名前の由来にもなったその迷路のような造りが、迷宮攻略を難解にしている。
時間によって少しずつ変化する〝ロスト〟では、一見最短に見えるようなルートでも、突然行き止まりになってしまうことすらあるのだ。
(これだけ巨大な〝ロスト〟だ。攻略難易度は間違いなく三以上。番人も難易度に伴って強力なはず。仮にリオティスが先に番人を見つければ、極力使うなと言っても連絡は最低限するはずだ。つっても、間に合うようなら俺が行くまで待機してもらって、確実に攻略する。そのためにもまずはーー)
すると、真後ろに立っていたフィトがバルカンに言う。
「どっちにしろ、ボクたちが立ち止まっていい理由はありません! 早く行きましょう!!」
「だな。魔獣の数も増えてきたが、少しスピード上げるぞ。ちゃんとついて来いよお前ら」
「ハイ!!」
「了解ッス!!」
フィトとレイクが頷く。
そんな二人を頼もしく感じながらも、バルカンは迷宮攻略のために再び動き出した。