第18話 ナイトメア②
「⋯⋯ここ、は」
「よぉ、目が覚めたか」
目を覚まし、現実と夢の区別もつかず困惑するティアナに対し、リオティスはあくまで冷静だった。
「体、大丈夫か? 一応確認するが、ここは迷宮の〝ロスト〟。バルカン達とは逸れ、今は俺とお前の二人きり。〝ロスト〟に入って間もなく魔獣に遭遇。そいつの能力で眠らされていた」
「⋯⋯大丈夫。わかってるわ」
頭痛と眩暈に耐えながらも、ティアナは状況を整理していく。
先ほどまで自分が見せられていた悪夢は、あの蛇型の魔獣の能力。
噛みつかれた際に、流し込まれた毒によって精神を揺さぶられた結果だろう。
上半身を起き上がらせると、薄くボロボロな布切れがかけられていたことに気が付いた。
見渡せば、寝ていた場所にも布が引かれており、場所自体も最初に魔獣に襲われた森林の中ではなく、少し開けた湖の傍に移動している。
「ほら、これでも飲め」
「え⋯⋯」
頭を正常に回していたところに、リオティスが木製のコップを手渡した。
「そこの湖からとった水だ。安心しろ、ちゃんと毒見は済ませてある」
「⋯⋯⋯⋯」
「どうかしたか?」
受け取った水を眺めるばかりで動かないティアナに対し、リオティスは心配するように声をかける。
普段のリオティスからは考えられないような優しさを含んだ声。
さらには現状を見るに、彼が自分を担いで移動し、魔獣が少ないであろうこの場所でずっと見守っていたのは確かだ。
だからこそ、ティアナに疑問が生まれる。
何故突然リオティスがここまで優しくしてくれるのか。気を遣ってくれるのか。
ひとつだけ、ティアナには心当たりがあった。
「⋯⋯私が魔獣に眠らされていた時、夢を見ていたの。悪夢のような、現実のような。どっちにしろ、私にとっては地獄のような体験だった。でも、最後にその地獄から私を助けてくれたのは貴方だった。最低で屑な貴方に私は助けられた。それも夢だったら良かったのだけど、違うのよね? 馬鹿げた話かもしれないけど、あれは確かに貴方自身だった。そんな気がしてならないのよ。⋯⋯どうなの?」
手に持ったコップを見つめたまま、ティアナは尋ねた。
有り得ない話だ。
馬鹿馬鹿しくて口にも出せないような妄想。
だが、ティアナに確信があった。
夢の中に現れたリオティスが、現実世界の彼自身であったとーー。
下を向いたまま答えを待つティアナに、リオティスは少しだけ考えた後に言った。
「あぁ、そうだ。俺がお前の精神に侵入して助けた。お前が見たのは俺そのものだと思っていい」
「どうやって?」
「このメモリーの能力だ。これは人工のメモリーじゃなく、天然のメモリーだ。多分その意味はお前にもわかるだろうが、つまりはこのメモリーには特殊な能力が付与されてる」
リオティスは短剣を引き抜くと、ティアナに見せる。
一見、どこにでもあるような刃の短い短剣。
だが、それがただの短剣ではないことはティアナにも理解出来た。
この世界には二種類のメモリーが存在する。
記憶者のように、突然能力が武器に付与される天然のメモリーと、メモライトによって人の手で人為的に作られたメモリーの二つだ。
前者は数も少なく、さらには使い手も絞られる。
天然のメモリーは選ばれた者以外が触れると拒絶反応が起き、激しい痛みが起きるのだ。
そのため扱うことの出来る人間は僅かだが、その分力は絶大で記憶者同様、特殊な能力が秘められている。
後者はメモライトがあればいくらでも増産出来るため数も多く、使い手も天然の物に比べて人を選ばず、多くの人間が使用することが出来る。
だが、メモリーに付与された能力は身体能力を向上させる、といったような程度で、天然のメモリー使いや記憶者にはまるで歯が立たない。
つまり、同じメモリー使いでも、使用するメモリーの質によって力量の差は分かれるのだ。
ティアナは、自身の腰に差した真っ白な宝剣にそっと手で触れた。
「⋯⋯じゃあその能力で私を助けたのね」
助けてもらったという事実を受け止めても尚、ティアナの顔色は晴れない。
その様子を見て、リオティスも彼女が危惧している可能性に気が付いた。
「正直に言うよ。俺はお前を助ける時に精神に触れた。お前の見ていた夢⋯⋯つまり過去を見た」
「っ⋯⋯」
ビクリ、とティアナの身体が震える。
「見た、の?」
「あぁ、見た。わざとじゃねェけど、悪いとは思ってる」
謝罪するリオティスを他所に、ティアナはコップを落として立ち上がった。
「全部、見たの? 私の過去。私が何をしたのか。何をされてきたのか⋯⋯!」
「断片的だが大体な」
「じゃあわかるでしょう!? 私はこの国で最も偉大な人を殺した! そのくせに国宝のメモリーは触れるだけで鞘から一度だって抜くことが出来なかった。周りの人を落胆させ、恨まれて! 最後にはお父様に家を追い出される始末!! 貴方だって優しくするふりをして、心の奥底では笑っているんでしょう!?」
「別に笑ってねェよ。そもそも母親が死んだのはどう考えてもお前のせいじゃない。気負いすぎだ」
興奮するティアナに、リオティスは落ち着かせるように言う。
実際、ティアナの過去を見たリオティスからしてみれば、アテナの死は仕方がないこと。国からしてみれば損害は確かに大きかっただろうが、ティアナひとりに責任を負わせるのは間違いだ。
リオティスは本心でそう考えていたが、トラウマを見させられた影響か、ティアナは明らかに正常ではなく、乱れた心のままに叫ぶ。
「何も知らないくせに適当なことを言わないでよ!! ちょっと過去を覗き見ただけで、私のことを知った気にならないでよ! 安い同情なんてしないでよ!! 貴方にわかる? 無能だと呼ばれて生きる日々が。周りから冷めた視線を注がれ、陰口を言われる苦しみが。度の超えた暴力を振るわれる痛みが。大切な人を死なせてしまった罪が!! わかるわけがない! 貴方なんかに、貴方なんかに私の気持ちがわかるわけないのよ!!」
膨れ上がった感情をぶつけたティアナは、立ち上がった勢いのまま、荷物をまとめて歩き去ってしまった。
危険な迷宮内で、感情を抑えることが出来ないままの行動は命に関わる。
リオティスもすぐ様に追かけようと準備をするが、ティアナの最後の言葉が強く胸に引っ掛かった。
「⋯⋯バカか俺は。もう少し言葉を選ぶべきだった」
後悔するも、ティアナの過去や心情を知って、少しだけ昔のことを思い出してしまう。
無能だと言われ、嫌がらせや暴力を振るわれ、大切な人を殺して。
そんな自身の過去と比べて、どうしてもティアナのことが他人だとは思えなかった。
「全く、どこの兄妹も仲良く出来ないもんなのか」
ひとり呟くリオティスは荷物をリュックに入れて背負うと、ティアナの後を追いかけるために走り出した。