第16話 大好きな②
「どう? 少しは落ち着いた?」
「⋯⋯あぁ、ありがとう」
リラの胸で一頻り泣いたリオティスは、目を擦りながら照れ笑いを零す。
「お前に泣き顔なんて見せたくなかったんだけどな」
「ふっふっふ、残念だったね~。もうバッチリ記憶したから! 君の可愛い泣き顔」
「誰が可愛いだ」
「えぇーだって可愛いじゃん。ホレホレ、頭撫でてあげようか? もっと可愛い顔見せてよ!」
「うぜー、離れろ!!」
髪をワシワシと強引に触るリラから距離を取る。
だが、このやり取りが余りにも懐かしいせいで、リオティスはまた少しだけ泣きそうになった。
「おっ、もしかしてまた泣いちゃうのかな~? ま私が抱きしめてあげよっか?」
「うるせぇ。そもそも、どうしてお前がここにいるんだよ」
恥ずかしさを誤魔化すように、リオティスは話題を反らす。
すると、リラは首を傾げて笑った。
「いやー、それが私にもわからないんだよね。ハハ」
「わからないって⋯⋯。笑いごとじゃねェだろ」
「そうなんだけどさ。でも、多分私は私であって私じゃない存在なんじゃないかな? 実際、死んでるわけだし」
「はぁ!? 結局どっちだよ!!」
「いやいや本物ではあるんだよ! でも本物でもなくって⋯⋯うぅ、頭痛くなってきた」
考えるように頭を押さえるリラは、懸命に今の状況を伝えようとするが上手く言葉が出てこない。その時ーー、
「どうやら私の出番のようですね!!」
「そ、その声は⋯⋯!?」
突然聞こえた声。
それを聞いてわざとらしくリラが驚いたかと思うと、二人の前にひとりの少女が現れた。
「私の名前はリコル=ラジアータ! リラさんに代わり、私が今の状況を説明します!!」
両手を腰に当てて、自信満々な表情で立つ赤い髪が特徴的な少女。
彼女のことも当然リオティスは知っていた。会いたかった。だが、突然の登場にも関わらず、リオティスにとっては感動の再会とはならなかった。
「オイ、リコル」
「はい! 何ですかリオティスさん!!」
「⋯⋯何だその眼鏡」
「よく気が付いてくれました! これを着ければ知的さアップ。さらにはこれから話す内容によって、リオティスさんも私が頭の良いデキル女だと思う! そうすればリオティスさんはさらにメロメロというわけです!!」
「なるほど。流石だねリコルちゃん。じゃあ私はその助手ということで!!」
「いいですね! ならこの頭がよく見える眼鏡をかけてください! そうすればダブル天才美少女設定でさらにリオティスさんはメロメロです!!」
などと意味不明な言語を並べ、二人一緒に眼鏡を指でカチャカチャと触るリラとリコル。
リオティスは、そんな彼女たちの頭を叩いた。
「何が知的だ! お前らバカが今更無理に決まってるだろ!!」
「うぅ、痛いですよ。リラさん、どうやらダメみたいです」
「アイタタタ⋯⋯みたいだね。リオティスって結構女の子にも容赦ないよね」
「そうなんですよね。でも私リオティスさんが望むならそういうプレイも⋯⋯」
「どんなプレイだ! 勝手に変な妄想するな! つーかリラお前も共犯なのかよ⋯⋯って、あぁ! お前らがどんどんふざけるから話進まねェだろ!!」
「えへへ~、ごめんごめん。でも、さ。こうでもしないと君、悲しい顔しちゃうでしょ?」
「⋯⋯!」
確かに、とリオティスは思い出す。
先ほどまで、悪夢に魘されて、もはや生きる気力すらも削がれて消えていた。
だが、今は違う。
悪夢での出来事を忘れ、ただいつものように彼女たちと話すことが出来ている。辛い記憶も、悲しい想いも無い。本当に、何気ない日常の中にいるようだ。
それが出来ているのは、間違いなくリラとリコルのおかげだろう。
彼女たちがふざけて、いつものままで接してくれていたおかげで、こうして自分も自然と前を向くことが出来ている。
二人の優しさを改めて実感したリオティスは、真っすぐに見つめて言う。
「⋯⋯ありがとう。お前らが偽物だろうとも、こうしてまた一緒に話すことが出来て俺はーー」
と、リオティスの言葉を遮るようにして、リラとリコルが腕を伸ばした。
「偽物じゃないよ。私たちは君の中に受け継がれた記憶と想い。それが具現化したようなものだと思えばいいよ。だから私たちは確かに今ここにいる」
「今までもずっと見てきました。リオティスさんの中で。リオティスさんがどれだけ苦しんできたのかもわかっているつもりです」
伸ばされた腕。
二人の広げた掌は、リオティスの胸に置かれた。
掌から伝わる温もりと想いを得て、リオティスにも目の前に立つリラとリコルの正体にようやく気が付いた。
彼女たちは死んだ。
それは確かだ。
だが、その想いをリオティスは受け継いでいた。
想いは受け継がれ、記憶は力となる。
そんなこの世界のルールから、彼女たちの想いはリオティスの中に眠り、精神世界の中で形となって表れたのだ。
つまり、リラもリコルも今まで苦しめられてきた幻覚ではない。
確かにここに存在する、彼女たち自身の想いなのだ。
リラとリコルは続ける。
「だからお礼なんて必要ないよ。もう十分私たちは君の想いを知ってるからね。寧ろ、今まで私たちのせいで苦しめてしまってごめん。でも、私たちはリオティスの味方だから。絶対に恨んだり、嫌ったりしてないから!」
「そうです! 私たちはずっとリオティスさんの味方です!! だから自分を責めないでください。私たちはリオティスさんのお陰で笑うことができたんです。幸せに生きることが出来たんです。救われたんです!」
「お前ら⋯⋯」
満面の笑みを咲かせる二人の表情が、胸に触れる手から伝わる想いが、リオティスの奥底にこびりついた闇を晴らしていく。冷たく閉じこもった心を溶かしていく。
リラとリコルは幸せだったのだ。
脳裏に流れる二人の記憶は、いつだってリオティスの横で笑っていた。
「⋯⋯本当に、本当に俺を恨んでないのか。俺は、守れなかったのに」
「当たり前でしょ! 私が死んだのはそもそもリオティスのせいじゃない。それにね、私が生きてきた時間を動かしてくれたのは君なんだよ? 君と一緒だから生きてこれたんだよ? 全部、全部君のおかげ。私の今までの幸せは、全部リオティスがくれたの」
「私を救ってくれたのもリオティスさんです。生きる目的もなく、彷徨っていた私を闇から抜け出させてくれたのはリオティスさんなんです! そのおかげで、私は私を生きることが出来た。皆と出会えた。アンジュに想いを伝えられた! 私たちにとって、リオティスさんはずっとずっとヒーローなんです!」
「⋯⋯っ」
二人の想いを受け、リオティスは再び涙を流した。
わかっていた。
リラとリコルが自分を恨んでいないことなんて。二人の想いを受け継いだあの瞬間から、わかっているはずだった。
だが、それでもリオティスは自分を許すことが出来なかった。
目の前で最愛の人を救えなかったのもまた事実だったから。でもーー、
「⋯⋯もう十分だ。ありがとう。お前らの想いはちゃんと伝わった」
「うん! でも本当にいつから君はそんな泣き虫になったのかな~?」
「リオティスさんは繊細ですからね! あっ、そうだ! 今度は私の胸の中で泣いていいですよ。頭をよしよし撫でますので!」
「はは、子供扱いすんなって。言っただろ、もう十分だって。むしろ⋯⋯」
と、そこでリオティスはリラとリコルの頭に優しく手を置いた。
「俺にもさせてくれよ。これでも男なんだぜ? もうこれ以上、好きな女の前で情けない姿は見せられねェよ」
優しく頭を撫でるリオティスの手の感触に、リラとリコルの二人も涙を浮かべる。
「ずるいなーリオティスは。こっちだって我慢してたのに」
「本当ですよ。でもこれ以上はダメですよね。リオティスさんが格好つけなきゃいけない女の子は他にいるんですから」
リラとリコルは顔を見合わせ頷くと、リオティスから一歩距離を取った。
「私たちがこうして君と話せるのは、多分これが最後。こうして君と話せた方が奇跡みたいなもんなんだからね!」
「もしかしたらリオティスさん自身が特別なのかもしれませんね。とにかく時間がありません! 私たちが話したいことは大体言えたので、最後にプレゼントを渡したいと思います!」
「プレゼント?」
意味が分からず首を傾げるリオティスに、リラが両手を広げて前に出す。
何も乗っていない掌が光り輝いたかと思うと、次の瞬間には短剣が出現した。
「それってお前の⋯⋯団長のメモリー」
「そう! 君が使ってるメモリーだよ。でも君、全然このメモリー扱えてないでしょ。そもそも、肝心のメモリーに付与された能力を把握できてない!」
「能力って、歴代の使い手たちの動きをトレースする能力だろ?」
「ぶっぶー、不正解! 正解は〈記憶を操作する能力〉でした! 君が言ったのは能力の一部。私の想いがメモリーにも付与された結果だね。だから能力も変わって、リオティスが把握出来てないかったのも無理はないけどね。その力を使えば、白馬の王子様を待つ可愛い女の子の眠りを覚ますことだって出来る」
リラはそう言うと、リオティスにメモリーを手渡した。
「これが私のプレゼント! 私のことだと思って寝る時も離しちゃダメだからね!」
「いや重い」
「重くない!!」
「ちょっと! 私の前でイチャイチャしないでください! 羨ましいです!」
リコルが二人の間に割って入る。
「次は私の番です! いきますよー!」
ギュっ、とリコルはリオティスの両手を握った。
「⋯⋯何してんだよ」
「えへへ、リオティスさんの手スベスベで気持ちいいですね」
「いや何してんだよ!?」
「いいじゃないです最後ぐらい! それにちゃんと渡している最中です!」
えへへ、と気味の悪い笑みを浮かべるリコルに恐怖を感じ、リオティスは手を薙ぎ払った。
「あぁ! まだ握ってたかったのに!?」
「普通にキモイ」
「酷い!? 傷つきますよ私だって! 乙女ですよ!?」
「乙女は手を握ってあんなキモイ顔はしない」
「とかいって恥ずかしかったんですよね! そういうところも可愛いですが⋯⋯まぁプレゼントも渡せたのでオッケーですね!」
「だから都合のいい妄想はやめろ!!」
「えぇ~、でもリオティス。君結構そういうツンデレなところあるでしょ?」
「ねェよ!」
「そういうことにしといてあげるよ」
「そういうことにしてあげますね」
などと意地の悪い口調で言うリラとリコルに、もう何を言っても無駄だと悟り、リオティスは溜息を吐くことしか出来なかった。
「死んだ後も振り回されるとは思ってなかったよ」
「ふふん、なめてもらっちゃ困るよ。私たちはリオティスが大好きだからね。⋯⋯ずっと、離れないよ」
「⋯⋯あぁ、俺ももう離さない。惑わされない。お前らからもらったバカみたいな愛は、受け取ったからな。だからもう一度、最後に言わせてくれ。リラ、リコル。ありがとう。俺はお前らのことを⋯⋯ずっと愛してる」
真っすぐに注がれたリオティスの笑顔。
それを確かに受け取ったリラとリコルも嬉しそうに笑った。
「うん! それじゃあ行ってきな。君を待ってる女の子の元に」
「リオティスさんなら、絶対に助けられるって信じてますから」
「だってリオティスはーー」
「だってリオティスさんはーー」
「「私たちのヒーローだから」」
刹那、青色の世界にヒビが入る。
消えゆく世界。
リオティスは大地の揺れに耐えながらも、愛する二人に向かって拳を突き出した。
「あぁ、任せろ。もう二度と情けない姿は見せない。お前らが俺を信じてくれるから、俺はもう二度と迷わない。だから見ていてくれ。お前らの信じたヒーローのこれからを⋯⋯!!」
リオティスの決意に、リラとリコルが嬉しそうに頷いた。
もうこうして会うことは二度とないのかもしれない。
だが、もうリオティスは俯かない。立ち止まらない。
何故ならこの胸に、彼女たちの想いが残っているのだから。
リオティスは自身の胸に手を当てながら、光の宿った目で未来を見据えた。