第15話 大好きな①
暗闇の中に、リオティスは立っていた。
辺り一面真っ暗で、立っているのにも関わらず地面も見えない。まるで浮いているかのようだ。
そんな暗闇の中に、二人の少女が現れる。
光も無い黒色に、はっきりとした姿が映し出されていた。
青色と赤色の髪を揺らす二人。
彼女たちを、リオティスは知っていた。
「⋯⋯リラ、リコル」
悲しげな声がリオティスから漏れる。
大切だった人。守りたかった人。大好きだった人。
何を捨ててでも会いたかったリラとリコルに再開したというのに、リオティスは胸を締め付ける恐怖と悲しみから、無意識に一歩後ずさりをした。
何故ならば、目の前の彼女たちは偽物だから。
自分が生み出した偽りの存在だから。
それがわかっていながらも、リオティスは何度も何度もこの幻影に苦しめられていた。
だからこそわかる。
次に目の前の少女たちが何をするのかがーー。
「⋯⋯君のせいだよリオティス」
リラが口を開く。
「君のせいで私は死んだんだよ? 弱い君が私を見殺しにした。そうだよね。だってきみにとって私はどうでもいいんだよね? 死んでほしかったんだよね?」
「ち、違う。俺はお前が好きで⋯⋯」
「じゃあ何で殺したの? 大切なら何で守ってくれなかったの? ねぇ!!」
リラが前に出る。
一歩一歩、リオティスを追い詰めていく。
「そもそも私は君が大嫌いだったの。力が無くって、そのくせ無駄に頑張る素振りだけ見せつけて。ずっと目障りだった。死んでほしかった。そうだよ、君が死ねばよかったんだ。そうすれば私は幸せに生きれた。彼女だって死ななかった」
続けて今度はリコルが口を開く。
「そうですよ。リオティスさんが居なければ私は死ななかった。変に希望だけ見せて、突き落として、殺す。それがリオティスさんのやり方なんですよね。あの時どれだけ私があなたを恨んだか、殺してやりたかったか! 私は、ずっとずっと大嫌いだったんですよ!!」
「や、やめてくれ。もう、こっちに来ないでくれ!」
突き放すようにリオティスは腕を払う。
空を切るはずの腕が、ドンっ、と何かに当たった。
「リラ、リコル⋯⋯?」
リオティスの前に倒れる二人。
彼女たちは辺りに血溜まりを作り、ピクリとも動かない。
「ち、違うんだ! これは、俺じゃ、わざとじゃ⋯⋯!!」
「嘘、つき」
「助けるって言ったのに」
「守るって言ったのに」
混乱するリオティスにリラとリコルの声が襲い掛かる。
二人の声は段々と大きくなり、まるでリオティスの脳に直接流れ込んでいるようだ。
「君が殺したんだ」
「あなたが殺したんです」
「私はただ生きたかっただけなのに」
「私は希望なんてみたくもなかったのに」
「騙して、裏切って」
「突き放して、傷つけて」
脳が破裂してしまうかと思えるほどの声。
たまらずにしゃがんで耳を塞ぐリオティスの足元に、大量の死体が現れた。
リラとリコル。
二人の傷だらけで、醜く、血に濡れた死体が無限に地面を覆い隠していく。
「う、ぅ⋯⋯ああっ!?」
余りにも惨たらしい景色に、リオティスは立ち上がり目を背ける。
だが、どこを見ても、目を瞑っても、全く変わらない光景が焼き付いて離れない。
「「全てお前のせいだ」」
再び脳を貫く呪いの声。
その声を発したリラとリコルの死体が一斉に起き上がり、真っ赤な手をリオティスに伸ばす。
足を、腕を、胸を、肩を、首を、顔をーー。
無数の腕がリオティスの全身を掴み、締め付けていく。
想像を絶する痛みと、散々二人からぶつけられた言葉に、もうリオティスは限界だった。
(俺の、せいだ。俺が悪いんだ。恨まれても、呪われても、仕方ない。俺が弱いせいで二人は死んだ。何も守れなかった。今も、昔も、これからも、俺は何も守れず殺していく。なら、もういっそ、ここで死ねば。もう、誰も傷つかない。別にいいだろ。生きる意味なんて何かあったんだっけ。どうせ、俺のことを好きでいる奴なんて誰もーー)
ドス黒い負の感情に押しつぶされ、今までの想いも決意も忘れ、リオティスは生きる気力の全てを失った。
その刹那、手で覆われて闇に落ちそうになった景色の隙間から、鋭い光が差した。
「何寝ぼけてるの? リオティス。君のことが大好きなハチャメチャに可愛い女の子が、ここにいるでしょ?」
「あっ! ずるいですよ! リオティスさん、ここにも! ここにもリオティスさんのことが大大大好きな私がいますよ!! だから⋯⋯」
光に貫かれ、リオティスを苦しめていた闇が消える。
拘束から解かれたリオティスの前には、二つの手が伸ばされていた。
「早く起き上がって」
「早く起き上がってください」
「「私のヒーロー!」」
声に導かれるまま、リオティスは二人の手を取ってーー。
◇◇◇◇
青色の世界に、リオティスは立っていた。
地面には名前の知らない青い花が咲き乱れ、空は雲一つない晴天だ。
長閑で、静かで、落ち着く。
リオティスがこの空間に来るのは、二度目だった。
「⋯⋯どうして、またここに」
「そりゃあ、私たちが呼んだからに決まってるでしょ」
呆然とするリオティスの横から、聞き覚えのある声がした。
青い髪を揺らす可愛らしい少女。
それは大好きなリラの姿で、リオティスが作り出した幻影だ。
「⋯⋯また、俺を苦しめるのか」
「ちょっとちょっと~、いつ私が君を苦しめたっていうの? あっ、もしかして愛が重い的な? だってそれは仕方ないじゃん! 君のこと大好きすぎるもん!」
苦しみからつい零した言葉に、リラが照れるように反応する。
その反応や様子が余りにも昔のリラにそっくりで、リオティスは驚く。
「リラ⋯⋯なのか?」
「ふふん、そうだよ! 君のだ~い好きなリラちゃんでーす!」
自信満々に謎のポーズを取るリラ。
馬鹿らしいような、頭が悪いような、そんな底なしの明るさは確かにリラそのものだ。
だが、それが有りえないことをリオティスは知っていた。
「嘘だ。リラはとっくの昔に死んだ。お前は偽物だ」
「うわ、酷い。恋する乙女を偽物呼ばわりって」
「だってそうだろ! リラは死んだんだ!! もうこれ以上俺を騙すのは止めてくれ!」
拒絶するようにリオティスは叫ぶ。
もうこれ以上、傷つかないように目の前の少女の存在を拒む。
すると、リラはリオティスにそっと近寄ると、優しく抱きしめた。
柔らかい感触。温もり。匂い。
次々にリオティスを包むリラの優しさは、脳で理解していても、どうしても偽物とは思えなかった。思いたくはなかった。
「大丈夫だよ、リオティス。もう大丈夫」
「どうして⋯⋯、やめてくれよ。これ以上は、本当に。信じたくなるだろ⋯⋯」
「うん、信じて。私は本当に君の知るリラ。絶対に、君を傷つけない」
頭を撫でながら、リラが優しく囁く。
「大好きだよ、リオティス。ずっとずっと、自分の口で伝えたかった」
「っ⋯⋯あぁ、俺もだよ。リラ」
もう何が正解かわからなかった。
今までの世界が夢で、この世界が現実なのか。やはりここが夢で、全ては自分を騙すための嘘なのか。
わからない。
だが、それでも今こうして抱きしめるリラは本物だ。それだけは確かだ。リオティスはそう思えずにはいられなかった。
気が付くと、リオティスは泣いていた。
大好きな、大好きな少女の胸の中で、子供のように泣いていた。