第14話 ロスト②
「⋯⋯っぅ」
頭の内側を貫くような痛みに、リオティスは目を覚ました。
青々とした草が果てしなく広がる大地に倒れていたリオティスは、頭に手を当てながらゆっくりと起き上がる。
一先ず自身の身体を確認するが、大きな怪我はしていないようだった。
続いてリオティスは立ち上がると、周りを見渡す。
太い樹木が立ち並ぶばかりで道など無く、右も左もわからないような大森林の中心に放り出されてしまったかのようだ。
空を見上げても木の葉ばかりで何も見えないが、小さな隙間からは確かに日が差しており、さらにリオティスを困惑させた。
何故ならここは迷宮なのだ。
当然、地下深くに位置するはずのここからは、日の光など届くはずもない。
「つまり、ここが〝ロスト〟ってわけか。確かに、異世界だ」
今いる空間に理由や答えを求めたところで何一つわかるわけはない。
そこでリオティスは考えることを止め、すぐ隣で同じように倒れていたティアナへと視線を落とす。
どうやら彼女も怪我はしていないようだ。
安心したリオティスは、ゆっくりとしゃがむ。
ティアナの整った顔が近づく。
黙っていれば本当に美人だな、などと考えながらも、リオティスは可愛い吐息を立てるティアナの顔をペチペチと手で叩いた。
「おーい、起きろ眠り姫」
「⋯⋯ん、むぅ」
うっすらとティアナの目が開く。
彼女の目に映ったのは青い髪をした少女のように可愛らしいリオティスの顔。次に巨大な木の数々。同時に鼻に抜ける土と草の匂い。
次々脳に送られる情報によって覚醒していったティアナは、起き上がり暫く周りを見渡した。
「⋯⋯どうやらここはもう〝ロスト〟の中みたいね」
「だな。にしても笑っちまう程の大自然だ。迷宮にいることを忘れそうになる」
「⋯⋯⋯⋯」
伸びをしながら少しずつ体を慣らしていくリオティスを、ティアナはじっと見つめる。
「ん、なんだよ」
「いいえ、別に。その、ただ、そう! 貴方と二人きりなんて最悪だと思っただけよ!」
それだけ言って顔を反らすティアナ。
「俺だって好きでお前と二人きりになったわけじゃねェよ。つーかお前が離れるのが悪いんだろ」
「そ、それはヘデラの仕業よ!!」
「まぁ、だと思ったけどな。あの女がただ見張りで来てるわけもねェしな。大方邪魔が目的だろ。バルカンの方も無事だといいが⋯⋯」
と、リオティスの言葉を遮るようにして、左耳から機械音が響く。
一瞬、意味も分からず硬直するが、迷宮に入る前にバルカンが渡した記憶装置のことを思い出し、すぐ様に起動するためにスイッチを押した。
『ーー聞こえるか? リオティス』
「音質最悪だな」
『第一声がそれかよ。全く、そんぐらい余裕があるなら早く出ろよ』
「気を失ってた。あれからどんだけ経ったかわかるか?』
『凡そ、二時間、だな。こっちーーは、全員無事、だ』
「俺らも無事だ。取り合えずそれぞれで行動するしかないな。現在位置もわからねェし、時間もねェ」
『ーーザザ。ん、なーー聞こえ、ぞ』
「オイ、何だって?」
ノイズが混ざり途切れ途切れの音声。
リオティスは記憶装置を外すと、スイッチを押したり、壊れていないかを確認してみるが、一向に直る気配がない。
二分ほど経過した時、再び左耳から音声が聞こえてきた。
『ーーどうやら、繋がりにくいみたいだ。故障か、エネルギー、不足かは、わからないが、なるべく使わないように、しろ』
「みたいだな。緊急時以外はこっちも連絡はしない。攻略も勝手に進めるぞ」
『ーーあ、あ。ーーリオティス』
「なんだ?」
『ーー絶対に攻略、するぞ」
「おう」
そこでリオティスは通話を切った。
原因は不明だが、通話はそう何度も使えないだろう。
もしかしすると、〝ロスト〟に取り込まれた時の衝撃で壊れてしまったのかもしれない。
リオティスはそう考えながらも、バルカン達も無事だったことに安堵した。
「あっちも無事だとよ。ただ機械の調子が悪い。連携は取れないと思った方がいいな」
「そうみたいね。で、どうするの? もちろん進むわよね」
「当たり前だろ。道は無いが、磁場が強い方に核があるって話だ。事前に持たされた記憶装置使って先に行くぞ」
背負ったリュックから必要な道具を取り出し、歩き出すリオティス。
だが、ティアナは彼の背中を冷たく眺めた後、語気を強めた口調で言った。
「賛成だけど、貴方みたいな雑魚と一緒じゃはっきり言って生き残れないわ」
「雑魚で悪かったな。そういうお前もただのメモリー使いだろ」
「お前じゃなくてティアナよ。屑青髪。そういう態度じゃ連携すら取れないわよ」
「何が連携だ。そっちこそ合わせるつもりなんて微塵もねェくせに」
「何よ! 私は生き残るための話をしているの! 貴方が足を引っ張って死ぬのは勘弁なのよ!」
「はっ、お姫様ひとりなら楽々生き残れるってか? そもそも足引っ張てるのはお前の方だ。お前がヘデラに一杯食わされてなけりゃこんなことになってねェんだよ。その程度も出来ねェ奴が偉そうなこと言うな」
「誰がお姫様よ! 私のこと何も知らないで!! 足を引っ張ているのが私の方だって言うのなら、どうしてリコルは死んだのよ!! 貴方が弱くて守れなかったせいじゃないの!? 貴方なんて一緒にいるだけ不幸をばらまく死神じゃない! 貴方が、やっぱり貴方が代わりに死んでいればよかったのよ!!」
「⋯⋯⋯⋯」
ティアナの言葉はリオティスの胸に深く突き刺さった。
先ほどまで帯びていた熱も冷え、悲しみと絶望が広がる。
だが、だからこそリオティスは冷静になりとあることに気が付いた。
何かが変だ。
感情が、心が、制御出来ない、と。
普段のリオティスならば、ここまで感情をむき出しにはしない。言葉も最低限選んではいるつもりだ。それはティアナも同様だ。
二人のやり取りは傍から見れば異様で、相手を傷つけるように敢えて行動しているようだった。
リオティスが違和感に気づいた一方で、ティアナも直前の自身の言動に困惑した。
「ち、ちがっ! 今のは、そんな、私じゃ⋯⋯」
「わかってる、下だ! 何だこの煙」
視線を落とした先には、薄紫色の煙が太ももの高さまで充満していた。
何故今まで気が付かなかったのだろうか。
些細な変化を見落とした自身の散漫力に嫌気が差す。だが、この煙が今までのリオティスたちの感情を不安定にさせていたのは明白だった。
即座に集中したリオティスは、煙の元凶を探す。
すると、煙に紛れて地面を動く気配を見つけた。
黒色の蛇。
魔獣には珍しい小型で、何匹かの群れで動いているようだ。
その蛇型の魔獣の口からは煙が絶えず吹き出ており、それに気が付いたリオティスは腰に差した短剣を抜いた。
「この蛇の仕業だ! 斬れ!!」
ティアナに叫ぶと同時に、殺気に気が付いたのか、魔獣も二人に向かって一斉に飛び掛かる。
遅い動き。
小型の魔獣は基本的に戦闘能力が低いため、リオティスとティアナの二人だけでも対処は可能だ。
リオティスは向かってくる魔獣を次々に斬り殺す。同様にティアナも剣戟で応戦するが、死角から飛び出した一体の魔獣に腕を噛まれてしまう。
「ぅ⋯⋯」
噛まれた瞬間、ティアナは意識を失い、無防備に地面へと倒れた。
「オイ!!」
倒れるティアナに駆け寄るリオティス。
彼女の腕に歯を立て離れない魔獣を斬り裂き、応急手当を始めようとするが、その隙を魔獣は見逃さなかった。
息を潜めていた最後の魔獣が、リオティスの腕に噛みつく。
「ぐっ、クソ⋯⋯」
咄嗟に魔獣を斬るが、既にリオティスの体に毒は巡っている。
急に目の前が暗くなり、力が入らずに倒れてしまう。
(命に関わる毒、なら⋯⋯死)
リオティスの脳裏に過る最悪の結末。
だが、もはやリオティスにはどうすることも出来ず、次の瞬間には意識は闇に飲み込まれていた。