第13話 ロスト①
迷宮攻略二日目。
初日同様、変わらない景色の中、魔獣に苦戦を強いられることも無く、リオティスたちは迷宮を順調に進んでいた。
気づけば緊張からも解放され、迷宮独特の空気にも慣れてきた頃、フィトが大きくお腹を鳴らした。
「はぁ、お腹空きました。肉が食べたいです!」
「干し肉あんだろ」
「飽きました! もっとこう肉汁溢れるような豪快な肉が食べたいんです!!」
「我慢しろバカ。あと、緊張しすぎで動けないよかマシだが、ある程度集中力は落とすな⋯⋯」
と、バルカンが呆れながらも忠告するも、肝心のフィトは効く耳も持たずに、最後尾で黙って後を着けていたヘデラに近寄る。
「ヘデラさん、でしたっけ? さっきから何を食べてるんですか! もしかして肉ですか!?」
「はぁ? なわけねェでしょ。そもそもこれは私のモンだし、肉でも何でも渡さないんで。つーか、邪魔。さっさと戻ってくださいよ」
冷たく突き放したヘデラは、もう関係ないとばかりに再び手に持った布袋から何かを取り出して口に放り込んだ。
黄色く透き通るそれは、フィトには氷砂糖か飴のように見え、渋々諦めて元の位置へとトボトボ歩き出す。
「⋯⋯ダメでした。もうボクは一生肉を食うことが出来ないんです⋯⋯」
「急にネガティブッスね」
「そもそも肉ぐらいどうでもいいでしょう? よくヘデラに話しかけようと思ったわね」
「こいつは脳みそまで筋肉だからな。バカな行動は今に始まったことじゃねェだろ」
「誰が脳筋のバカですか!? ボクはこう見えて天才肌なんですよ!!」
「確かにお漏らしの天才かもな」
「だから漏らしてないッ!!!」
などと、初日とは打って変わり、煩く騒ぐ団員たちに対し、バルカンは少しだけ安心した。
彼らも本気でふざけているわけではない。
この迷宮がどれほど危険であるかは重々理解している。
だからこそ、緊張を少しでも和らげるために、冷静な判断が瞬時に出来るように、余裕を作ろうとしているのだ。
「オイお前ら。話すのはいいが、あんま騒ぎすぎるなよ。警戒だけは怠るな」
一応は、と念を押すバルカンに、リオティスたちも騒ぐのは止めて、再び迷宮の奥へと歩みを進めた。
だが、やはり魔獣は襲ってはこないし、迷宮内の景色も変わらない。
不審に思ったレイクがバルカンに尋ねた。
「騒いだことは反省するッスけど、いくらなんでも魔獣が少なくないッスか?」
「こんなもんだろ。〝ネスト〟なら別だが、迷宮の奥に行くまでは魔獣は基本少ないからな」
「じゃあ先はまだ遠いってことッスね。実際、今はどれぐらい進んでるんスか」
「さーな。迷宮の大きさなんて決まりねェしな。ただ、昨日も話したが、未だに肝心の〝ロスト〟にすら辿り着けていないからな」
焦りを含んだ声でバルカンが答えたが、リオティスからしてもこの状況はあまり良いとは言い難かった。
昨日の晩。
長休憩で話し合った一時間程の会話の中で、バルカンから〝ロスト〟と呼ばれる、攻略される前の迷宮独自の存在を聞かされた。
〝忘れ去られし地〟とは、平たく言えば魔獣の巣窟でもある〝ネスト〟が巨大化し、全く別の世界として確立しているものらしい。
この世界の至る所に漂う自然のエネルギーを凝縮し、空間を形成する。
それが〝ロスト〟の全てで、今まで探索していた洞窟のような構造ではなく、自然を解放したような全く常識の通用しない強大な迷路のような作りになっている。
つまりは、〝ロスト〟こそが迷宮の根幹であり、迷宮攻略においての最大の壁なのだ。
迷宮を攻略するための核も、それを守る番人も当然〝ロスト〟の中。
リオティスたちが目指す場所も必然まずは〝ロスト〟になるのだが、二日目になった現段階でも未だに辿り着かないのは、時間が重要となる今回の迷宮攻略においては不安な要素でしかない。
「攻略前の迷宮は、その半分以上が〝ロスト〟になってるって話だったよな?」
「そうだ。だからもう兆候が見れてもいいと思うんだが」
「ん? 〝ロスト〟も〝ネスト〟みたいに巨大な穴になってるんじゃねェのか」
「いや、〝ロスト〟はもはやひとつの別世界みたいなもんだからな。迷宮を進めば何かしら変化が起きて、否応なしに取り込まれる感じだ」
「気づいた時には腹の中ってわけか。それはそれで対応に困るな。このバカたちなら特に」
「オイ、だから誰がバカなんですか!? 喧嘩売ってるでしょ君さっきから!!」
ギャーギャーと再び騒ぎ出すフィトを完全に無視し、ほらな、とリオティスは大袈裟に肩を竦めた。
「確かにな。〝ロスト〟じゃ空間すらも不規則に動いたり、俺たちに牙を向けることもある。せめてどの属性の空間かは予め考えておいた方がいいかもな」
「属性? 聞いてないぞその話」
「魔法師でも無い限り馴染みのない話だったからな。余計な情報を一度に入れたくなかったんだよ。簡単に言うと、俺みたいな魔法師が使う魔法は〝ロスト〟みたく自然のエネルギーを取り込んで使う。で、そのエネルギーの種類によって属性が分けられるんだが、〝ロスト〟も性質上、同じようにそれぞれの属性によって空間が形成されているわけだ。つまり火属性、氷属性、雷属性、風属性、光属性、闇属性のどれかが今回の〝ロスト〟に強く影響してる」
「その属性を予想しておけば急な変化にも少しは対応できる、ってことか。でもわかるのか?」
「まーな。十中八九、風属性だ。迷宮の出現場所的にも、色からしてもな。これに関しては魔法師だからわかることがあるんでね。間違いない。風属性の場合、恐らく木や草花みたいな大自然の中に急に立たされることになる。そういった自然に溶け込み、活動がしやすいような魔獣も多いはずだ」
バルカンの予想に、団員たちは感心するようにおぉー、と声を上げる。
流石は二年前までは〈六星の集い〉のギルドを治めていただけはある。
リオティスもバルカンの知識・経験の豊富さを素直に感心すると同時に、胸に引っ掛かっていたひとつの疑問も解消された。
「〝ロスト〟と魔法師の関係性が、迷宮での魔法発動を難しくしてるんだな」
「あぁー正解だ。よくそこまで頭回せるな」
「ずっと引っ掛かってた。どうしてタロットが迷宮で魔法を使うことが出来なかったのか。アイツは多分天才だが、迷宮は初めてだったからな。なんかコツとか慣れがあるのか?」
「ちょっとな。どっちにしろ魔法師は迷宮には不向きだ。どんだけ手練れの魔法師でも、結果的に迷宮内では魔法を使うための魔力量も半減するし、出力や使える魔法の数も制限される」
「ならタロットは置いてきて正解だったな。逆にお前は大丈夫なのかよ」
リオティスは憂慮していた。
今回の迷宮において、魔獣との遭遇は少なかったが、その全てをバルカンがひとりで戦ったのだ。魔法を使用してーー。
だからこそ、バルカンの魔力量や体力を気にかけた発言だったのだが、
「俺は全く平気だ。特別何でね」
バルカンは当然のように言う。
「体質っていうか、俺は迷宮でも百パーセントの実力が出せるからな。魔力も余裕あんだよ」
「⋯⋯本当かよ。昨日も一睡もしてないだろ。それ全部、特殊な体質で片づけるつもりかよ」
「いや、マジだぞ? 流石に格好つけてそこまで無理はしねェよ。面倒くせェし。それともなんだ? もしかして俺のこと心配してんのか?」
「なわけねェだろ。急に倒れたら邪魔だからな」
「クク、まっそういうことにしといてやるよ⋯⋯」
刹那、会話をしていたバルカンが何かを感じて咄嗟に迷宮の奥を向いた。
薄暗く先の見えない一本道。
何ら今までと変わらない迷宮の景色が歪んだかと思うと、緑色の粒子が暴風と共に全身に襲い掛かってきた。
「な、なんスかこれ!?」
「クッソ、見誤った⋯⋯! 全員体くっつくまで近寄れ!! 〝ロスト〟に呑まれるぞ!」
怒号にも近いバルカンの叫びに、団員達も状況を理解して動き出す。
目も開けていられないような風に逆らい、全員が密着するように集まりあう。
段々と緑に染まる視界の中、次に団員たちを襲ったのは太い樹木の根。根は地面を突き破って辺りを一気に埋め尽くし、まるで生きているかのように的確にリオティスたちを包囲していく。
「〈アク・ローアイト〉!!」
「〈激破〉!!」
バルカンの魔法と、フィトの打撃が樹木を破壊していく。
だが、激しい自然の流れは止まらない。
どれだけ攻撃しようが、防ごうが、身体を刺す暴風も、地面を突き破り襲い掛かる樹木の根も一向に勢いが留まらない。
「とにかく今は堪えろ! 〝ロスト〟の変化が終わるまでの辛抱だ!!」
バルカンの叫びに、ティアナも頷き剣を抜いた。
手にしたのは普通のメモリー。
バルカン達のように樹木を破壊することは出来ないが、何とか離れないように捌いて防ぐことは出来ていた。だが、
「ガッ⋯⋯!?」
突然に背中を襲う衝撃。
何かを勢いよくぶつけられたかのようなその衝撃に、ティアナは堪えることが出来ずに吹き飛ばされた。
痛みに悶えながら後ろを見ると、小さな山のように突き出た地面に、こちらをヘラヘラと笑いながら見るヘデラ。
彼女の能力によって、自分が周りと分断されたのは明らかだった。
「なっ! ティアナ!?」
吹き飛ばされたティアナを追うように、バルカンが一歩足を出す。
だが、それは咄嗟のことで、すぐ様に思い留まった。
(今ここで俺が離れたら全員バラバラで〝ロスト〟に呑まれる! だからってこのままティアナだけを見捨てるわけにもいかねェ! どうすればーー)
一秒にも満たない僅かな思考。
バルカンはどう行動するのが最善かを導き出そうと懸命に頭を回すが、答えが出るよりも先にリオティスが走り出した。
「俺が行く! これが最善だ!!」
「っ⋯⋯」
ティアナを助けに走り出したリオティスに、バルカンの動きが止まる。
リオティスは記憶者であり、その実力は確かだ。
だが、ヘデラの監視がある以上、能力は使えない。逆に言えば、ヘデラが居なければ能力を使うことに問題は無いのだ。
だからこそ、分断してしまうのならばリオティスがティアナの方に行くべきだ。
ヘデラからしても、一番の監視対象はバルカンであり、彼女の興味がリオティスに向くことは無い。
確かに今の状況では最善だ。
それはバルカンにも理解は出来た。理解は出来たが、リオティスとティアナが一番危険であることに変わりはない。
「オイ! リオティス!!」
「言っただろ、これしかないんだよ! だからーー」
説得するために一瞬振り向くリオティス。
彼の目に映ったのは、自分を止めようとするバルカンの姿ではなく、こちらに突き出された拳だった。
「任せるぞ。絶対に死ぬな!!」
「あぁ、そっちもな!!」
同じように拳を突き出したリオティスは、もう二度と振り返ることは無く、目の前で倒れるティアナの腕を掴んだ。
「青、髪⋯⋯」
「嫌なのはわかるが状況考えろ。俺とは離れるなよ!」
ぐっ、とティアナを強く抱きしめる。
その瞬間、リオティスの体は樹木の根に巻き付かれた。
移動する体に、根の隙間からうっすらと見える回る景色。
それらを感じながらも、リオティスの意識は段々と薄れていった。