第11話 迷宮攻略
生気に溢れる森林を抜け、リオティス達は再びあの枯れた大地に辿り着いた。
迷宮攻略のため、〈月華の兎〉に残った食料やメモライトをリュックに詰め込めるだけ詰め、各々が背負っている。
結果的に大した量にはならなかったが、最低限の準備は出来ただろう。
リオティスは緊張を和らげるように大丈夫だ、と自身に言い聞かせながら迷宮の方を見た。
巨大な洞窟。
大きく空いた入口の穴は先が見えず、深淵が広がっている。
忘れたくても忘れることの出来ない、リコルを殺したあの迷宮は、以前と何ら変わりない姿でリオティスに恐怖を思い出させる。
「引き返すなら今の内だぞ」
心配するように、隣に立つバルカンがリオティスの顔を覗き込んだ。
「別に平気だ。それより、アレ誰だよ」
自身を蝕む恐怖を隠すように、リオティスは迷宮の入り口に立つひとりの女性を指さした。
左右で半分に分かれた金色と黒色の髪が目立つその女性は、礼儀正しく背筋を伸ばし、何かを待っているようだった。
「ボクも気になってましたけど、多分ディザイアに所属する人間ですよね。迷宮の管理者じゃないですか?」
「そうだろーな。勝手に迷宮に入るバカが居ないか見てんだろ。後は迷宮から出てきた魔獣の駆除だったりもな」
フィトの言葉にバルカンも頷く。
だが、ティアナだけは違い、ひとり顔色を沈ませる。
「⋯⋯いいえ、多分あの女性の目的は私たちよ」
ティアナが言うと同時に、迷宮に立つ女性がこちらの存在に気が付いた。
女性はバルカンに近づくと、丁寧に頭を下げる。
「君がバルカンですよね。で、周りにいるのは〈月華の兎〉の団員。思ったより少ないですね。まぁ、どーせビビッて逃げたんでしょーが」
「誰だお前」
「私はヘデラ。これでいいですか? じゃあとっとと迷宮攻略に励んでください。私はテキトーに後ろ着いてくんで」
ヘデラと名乗った女性は一方的にそれだけ言うと、手を振りながら最後尾に移動しようとする。
「もう少し説明したらどうかしら? 貴方〈歳星の鷲〉の団員なんでしょう?」
「へぇー、デルラーク様に見捨てられたゴミ屑のくせに、そーいうのは気付くんですか」
呼び止めるティアナに対し、ヘデラは薄気味悪い笑みを浮かべる。
「君の言った通り、私は〈歳星の鷲〉の団員です。デルラーク様の命令で君ら〈落ちた星〉の迷宮攻略を監視するように言われてます」
「信用されていないようね」
「当然でしょ。特に君みたいな奴がいるんですから。一応ちゃんとバルカン以外の記憶者は来てないみたいですけど、どんなズルをするかわかんないですし」
端から信用などしていないというように、ティアナに軽蔑の視線を注ぐヘデラ。
先ほどからの〈月華の兎〉を馬鹿にするような彼女の言動も相まって、他の団員達も少なからず怒りが込み上げていた。
「ちょっと、いい加減にするッス⋯⋯」
と、我慢できずにレイクが怒りをぶつけようとした時、遮るようにしてティアナが前に出た。
「随分な言いようね。首輪まで着けて、流石はあの男の犬と言ったところかしら」
ヘデラの首元にガッチリと付けられた隷属の首輪。
それを見つめるティアナに、ヘデラは豹変するように怒号を上げた。
「黙れ!! これはデルラーク様の愛の印なんですよ! 私は望んであの方の奴隷に堕ちたのです。これは、そう、純愛! 私とデルラーク様の繋がり!! 君のような愛を知らないメス豚にはわからないでしょうがね!!」
「愛? 私には呪いにしか見えないけれど」
「このッーー!」
殺気を増幅させ、今にもティアナに掴みかかろうとするヘデラの腕をバルカンが掴む。
「挨拶はその辺にしとけ。これ以上は体力の無駄だ。分かったら二人とも引け」
「はい、すみませんバルカンさん」
「ちっ」
素直に身を引いたティアナとは打って変わり、ヘデラは大きく舌打ちをすると、バルカンの手を乱暴に振り払った。
「聞いてた通り甘い奴ですね。ここで私を消した方が都合いいでしょ」
「俺たちを何だと思ってんだよさっきから。それに、煽って手を出させたいのは分かるが、そういう意図はもう少し隠すもんだ。その右目もな」
「ふーん、分かってたんだ。流石ですね君」
ヘデラは少しだけ感心すると、自身の右目をトントンと人差し指で叩く。
まるで透明なガラスで保護されているかのように、彼女の右目は傷一つ付いてはいなかった。
「この義眼には映像を記憶する記憶装置が埋め込まれています。つまり私が見た映像は保存され、リアルタイムで親機の方に送られているんですよ。精々、私の前では大人しくすることですね」
そう言ってティアナを睨んだヘデラは、今度こそ最後尾へと移動すると、先ほどまでの煩いを口を閉ざして、機械のようにただ〈月華の兎〉の方を見つめた。
若干の気味悪さを感じつつも、一先ず場は落ち着いたらしい。
バルカンはやれやれ、と疲れたように溜息を吐くと、リオティスに向かって何かを放り投げた。
「オイ、リオティス。これを持っとけ」
「ん? 何だよコレ」
受け取ったリオティスの手には、黒いイヤーカフ型の機械が握られていた。
「通信用の記憶装置だ。それを片耳に着けておけ」
「つまりは通信手段か。全員着けてんのか?」
「いや、俺とお前だけだ。今の〈月華の兎〉には二つしか無いからな」
「⋯⋯俺でいいのかよ」
「お前だから渡してんだよ。使うことは無いかもしれないが、一応な」
どこか不安げにするリオティスの背中をバルカンは叩く。
その大きな掌の感触と、お前だからという言葉に、リオティスは受け取った記憶装置を左耳に着けた。
「なんか似合わないなお前」
「うるせー、どうでもいいだろ」
「クク、確かにな。あぁ、それからもうひとつ。分かってると思うが、迷宮内はパズルで遊ぶ暇なんてないからな?」
突然のバルカンの言葉に、ヘデラだけではなく、他の団員達も訝しみの目を向ける。
だが、リオティスだけはその意味を理解していた。
デルラークが今回の迷宮攻略に記憶者を同行させないようにわざわざ依頼を頼んだのだ。バルカンまではよくとも、記憶者であることを隠してこの場にいるリオティスが、もし仮に迷宮内でピースを使用すればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
記憶者であることを隠した罪に加え、デルラークの依頼を無視した罪が、ヘデラの右目を通して公になってしまう。
そうなれば、リオティスだけではなく、〈月華の兎〉までもこの世から消されてしまうだろう。
だからこそ、今回の迷宮攻略では能力を使うなよ、とバルカンはリオティスにだけ伝わるように念を押したのだ。
「わかってるよ、そんぐらい。でも、もしもの時はやるぞ。俺は」
「そうならないように目を光らせなきゃな」
「ちょっとどういうことですか! 君、パズルなんて持ってきてるんですか!?」
リオティスとバルカンの会話に、フィトが呆れたように割り込む。
「迷宮攻略を何だと思ってるんですか?」
「そういうお前もちゃんとお漏らしした時用の着替えは持ってきたのか?」
「だからボクは漏らしていない! 今ここでぶっ殺してやりますよ!?」
「落ち着くッスよフィトっち。リオっちは大事な戦力なんスから」
「ふん、こんな屑が戦力になるとは到底思えないわ」
「泣いてばっかの温室育ちのお姫様よりはマシだろ」
「よし、いいわフィト。今ここで殺してしまいましょう。その方が世のためよ」
「了解です! オラァ! 死ねェッ!!」
「だからダメって言ってるじゃないッスか!?」
騒ぎだす団員に苦笑いを零しながらも、バルカンは目の前の迷宮を見上げる。
「よーし、そんじゃ迷宮攻略といきますか」
背中から聞こえる馬鹿たちの声を聞きながら、バルカンは気を引き締めた。