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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第3章 ティアナ〜居場所〜
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第10話 覚悟


 まるで嵐のように過ぎ去ったデルラークは、僅かな時間で〈月華の兎(ルナミラージ)〉に甚大な被害を与えた。


 ただでさえ雨風をやっとのことで凌いでいた建物には穴が開き、木片が辺りに散らばっている。吹き飛ばされたフィトは軽傷で済んではいたが、ティアナの方は未だ動けないようで、薄い布団の上で苦しそうに伏していた。


 残りの団員たちは一先ずそんな二人の怪我の手当てや介抱に当たっていたが、リオティスだけは詰まらなそうに床に乱雑する木片を集めていた。


「オイ、ちょっといいか」


 作業を黙々と進めるリオティスを、バルカンが呼び止める。


「なんだよ」

「なんだよじゃねェ。お前、何であんなこと言ったんだ。デルラークは本気だぞ」

「仕方ねェだろ。ああでもしなきゃ余計面倒なことになっただろうし。それに、命張ってんのはお前もじゃねェのか?」


 動かしていた手を止め、リオティスは見透かすような目でバルカンを見る。


 気が付かれちまったか、とバルカンは面倒くさそうに頭を掻く。

 その様子だけで確信したリオティスは、興味なさげに作業を再開させた。


「どうしてそんなことになったのかまでは知らねェけど、多分俺の言葉が原因なんだろ? だったら、俺も命ぐらい懸けなくちゃな。そもそも迷宮攻略は常に死と隣り合わせだ。どっちにしろ、やることは変わらねェよ」


 リオティスとしては本当にどうでもよいことで、ただ単に自分が迷宮を攻略することを決めるきっかけとなったに過ぎなかった。


 だが、バルカンは本気で気にしているようで、そっと優しくリオティスの肩に手を置く。


「⋯⋯無理しなくてもいいんだぞ。あの迷宮にもう一度行くなんて、お前にはキツイだろ。他の奴らだってそうだ。だから、もういい。今回は俺ひとりでも十分だ」

「らしくねェな。随分と弱気じゃねェか。でも、お前が思っているよりもこのギルドは弱くないみたいだぜ?」


 リオティスの言葉に、バルカンは後ろを振り向いた。

 そこには、先ほどまでの緊張や恐怖が嘘だったかのように、覚悟を決めた面持ちで立つ〈月華の兎(ルナミラージ)〉の団員達がいた。


「リオっちの言う通りッス。俺たちも迷宮攻略に行くッス! ここで怯えながら待っているだけなんて、そんなの無理ッスから」

「まっ、超絶イケメンで優秀な俺がいれば攻略なんて楽勝ですよ。⋯⋯この前の何も出来なかった格好悪いままの俺じゃいられないんで」

「⋯⋯私も。リコルの仇、討つ」

「へっへへーん!! 私だって今回は行きますよバルカンさん! やる時はやるんですからね。あっ、でもご褒美のスイーツはたんと貰いますから!」

「お前ら⋯⋯」


 次々に放たれる熱い想いに、バルカンは昔のことを思い出す。


 活気の溢れていた〈月華の兎(ルナミラージ)〉での日々。

 多くの団員達に囲まれ、その全員がふざけ、笑いあいながらも本気で生きていた。戦っていた。信じられていた。


 昔と違って確かに〈月華の兎(ルナミラージ)〉が落ちぶれてしまったのも事実だ。時が経ち、仲間も変わってしまった。だが、それでも変わらない物もある。そのことに、バルカンは気が付かされた。


「クっ、ククク。カハハハ!!」


 突然に笑い出したバルカンを団員達は不思議そうに見つめる。


「大丈夫か。頭でもおかしくなったのかよ」

「クク、悪い悪い。ただちょっと思い出してな。ギルドの本質って奴を。どうやら俺は俺のギルドを見くびってたみたいだ」


 一頻り笑ったバルカンは、先ほどまで覗かせていた影を晴らし、いつもと全く変わらない表情で団員達を真っすぐに見据えた。


「そんじゃ、一世一代の迷宮攻略といくか。ちゃんとついて来いよお前ら」

「はい!!」


 リオティスとティアナを除く全員が力強く頷く。


 やる気と決意に満ち溢れるギルド内。

 この雰囲気ならば迷宮攻略も可能かもしれない、とリオティスもどこか安心したが、バルカンが思い出したかのように言う。


「あっ、そういえばロメリアとアルスとルリは迷宮攻略行けねーからそのつもりでな」

「「「へ⋯⋯?」」」


 硬直する三人。

 訳も分からず、互いに顔を見合わせていたが、意味を理解した時には一斉にバルカンへと詰め寄っていた。


「いやいやいやいや!? ななな何言ってるんですかバルカンさん!! どうして私たちは行けないんですか? お荷物ってことですか? そうなんですね!!?」

「違ェよ。さっきデルラークに指令書を貰ってな。どうやら記憶者(メモライズ)を何人か集めてるみたいなんだよ。本来は俺らには全く関係ない話で、もう募集も締め切ってるみたいだが。要するにデルラークの嫌がらせってことだ」


 バルカンは懐に丸めていた一枚の紙を広げる。

 そこにはAランク以上のギルドを対象として、とある任務のために記憶者(メモライズ)を十名程募集しているといったことが書かれており、選ばれた者はディザイア本部に集まるように指示されてあった。


「期日は丁度、今日から一週間。これを断れば無理やり処罰でも受けさせる腹積もりだろうな。だから悪いが、記憶者(メモライズ)のお前らはこっちの方に行ってくれ」

「随分回りくどい嫌がらせだな。そんなことならもっと条件を厳しくすればいいだろ。それこそバルカン(お前)だけで迷宮を攻略しなくては昇格を認めない、とか」


 横からリオティスが疑問を投げかけるが、それに対してバルカンは呆れたように返答する。


「これがあの馬鹿のやり方なんだよ。ゲーム感覚っつーか、邪魔や妨害はするが、あくまで相手にもクリアは出来るようにする。だから迷宮攻略が成功さえすれば、奴もそれを取り消すことは無い。本当に面倒なプライドだ」

「ふーん、ならいいか」

「よくねーよ!! 俺もう格好つけた後なんだけど!? そういうことなら真っ先に言うでしょ普通!!」

「悪い。忘れてた」

「忘れてたじゃ済みませんよ! 私の報酬のスイーツもどうなるんですか!?」

「⋯⋯スイーツ大事。約束大事」

「元々約束してねェだろ。後ルリ、お前も勝手に便乗するな」


 全く悪びれる素振りも無く突き放すバルカンに、アルスとロメリアとルリの三人は諦めたようにガックリと項垂れる。


 彼等の様子を見ていたフィトが、元気づけるように親指を立てた。


「大丈夫ですよ! なんたって僕がいるのですから!! 魔獣なんてボコボコにしてやります!」

「いや、お前も端から連れてくつもりはねェよ」


 やる気満々のフィトとは対照的に、冷静にバルカンは言う。


「お前、まだその両手完治してないだろ。そんなんでさっきもデルラークに殴りかかりやがって」

「別に僕は平気です! 戦えます!!」

「ダメだ。迷宮攻略は遊びじゃねェんだよ。足手まといになって、そのせいで仲間が死んだらどうする? だからこそ、全員が万全の態勢で攻略には望んでいる。悪いが今のお前は連れてはいけない⋯⋯」


 と、バルカンが説得しようとした時、フィトが()()で壁を強く殴った。


「⋯⋯痛くないんですよ、こんなの。吹き飛ばされた時も、身体は全く痛くなんてなかったです。でも、僕だって心は痛みます。仲間が傷つくのを見れば、悲しくなります。だからもう嫌なんです。何も出来ず、僕がいないところで誰かが傷つくのは。もしも僕に行くなと言うのなら、殺すつもりで今止めてください。じゃなきゃ、僕は何と言われても絶対に迷宮に行きますよ!」


 譲る気など微塵も無いフィトの覚悟。

 そんな彼女の強い瞳を見つめた後で、バルカンは溜息を吐いた。


「全くしょうがない奴だ。わかった、俺の負けだ。ただし、足は引っ張るなよ」

「当然です!!」


 満足そうにフィトは頷く。


「そんじゃ後はタロットとティアナだな」

「うむ、もちろんタロットも行くぞ! ご主人を守ってやらなくてはいけないしな」


 屈託の無い笑顔をタロットはリオティスに向ける。

 だが、それを見たリオティスの心は締め付けられた。


 もしもタロットが死んでしまったら。

 そんな考えが頭から離れなかったのだ。


 本来ならば、今までも戦いを共にしてきたタロットの魔法が、今回の迷宮攻略に必須であることは理解していた。実際リコルの死を考慮しても、リオティスはタロットを連れていくことには即座に同意しただろう。


 だが、リオティスにはひとつの懸念材料があった。


「タロット、お前もう魔法は使えるのかよ」

「⋯⋯っ」


 確信を突くリオティスの言葉に、タロットは口ごもる。


「前の迷宮以降、お前が魔法を使っているところは一度も見たことが無い。だから正直に言え。これは()()だ」

「⋯⋯使えはする。本当だ!! でも⋯⋯」


 そこでタロットはバルカンに助けを求めるようにして視線を向けた。


「まっ、そうだな。タロットは残った方がいいだろ。迷宮では魔法が乱れやすいからな。訓練してない魔法師じゃ、ハッキリ言って足手まといだ。それこそフィトよりもな」


 何かを察したバルカンがそう言うと、タロットは悲しそうに俯いた。それと同時に、リオティスは自分がホっと安心したことに気が付く。


「⋯⋯じゃあ、タロットはここに残れ。いいな?」

「あぁ、わかったご主人。ただ、これだけは約束してくれ! 絶対に生きて帰るって!!」

「当たり前だろ。じゃなきゃ、もうこの頭を撫でてやる奴がいなくなるだろ?」


 リオティスはタロットの前まで近づくと、優しく彼女の頭を撫でてやる。


 いつもならばその行為に頬を緩ませるタロットだったが、今は悲しげな表情でリオティスの胸に顔を押し付けるだけだった。


「これで決まりだな。後は⋯⋯」

「私も行きます」


 バルカンの声を遮るようにして、先ほどまで伏したままだったティアナが、足を引きずるようにして歩き出した。


 それを見て、リオティスは笑いながら言う。


「もう体は大丈夫なのかよ。眠り姫」

「えぇ、どっかの屑とは鍛え方が違うのよ。それに、これは私の問題でもある。逃げるわけにはいかないでしょ」

「だってよバルカン。もうひとり追加らしいぜ」

「あぁ、そうみたいだな」


 嬉しそうにバルカンは深く頷く。

 彼の目に映るのは、騒いだり、落ち込んだり、笑ったり、真剣だったり、そんな大切な部下達の姿。


(本当に、俺はこのギルドの団長で良かった。こんな馬鹿な奴らに出会て。だから、ここで終わらせるわけにはいかねェ。〈月華の兎(ルナミラージ)〉はここからなんだ⋯⋯!)


 様々な想いや覚悟が交差する中、久しく忘れていた熱意に身を引き締めたバルカンは、迷宮を攻略するための準備を始めた。


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