第6話 六昇星③
突如現れたバルカンによる宣戦布告。
意味も分からず反応出来ない者が大半であったが、唯一ルフスだけが大声を上げて笑った。
「ケェケケッ!! 久しぶりに会ったと思ったらやっぱり面白ェな! 最高だぜバルカン!! にしてもよく会議の日程がわかったなァ」
「リリィに聞いた。今日、ここまで入れたのも半分はアイツのおかげだ。ありがとな」
「ふん、別に勝手に付いて来たければそうしろと言っただけだ。誰が貴様のような奴に好き好んで協力するか」
リリィは腕を組んで大げさに顔を反らしたが、その両耳が嬉しさから激しく動いているのを、残る女性陣は見逃さなかった。
「オイオイ! オレという女がいながら浮気かよバルカン!! オレの方が胸も大きいぞクソがッ」
「下品に胸を揺らすな。つーか俺がいつお前の男になったんだよ」
「あなたって本当罪な男よね。まぁ、私もあなたに夢中なんだけど。どう? 今からでも私のギルドに入らない?」
「入るわけねェだろ。お前んとこは女だらけで居心地悪そうだしな」
「あらそう? 残念」
「じゃあオレのギルドに入れ! そんでオレの男になれ!!」
「なっ、貴様ら端ないぞ!! そもそもこんなバカを誘惑する価値などはない。面倒を見れるのは私ぐらいなもんだ」
などと、一気に騒ぎ始めた女性陣を完全に無視し、バルカンは椅子に座る面々を見渡しながらルフスに尋ねた。
「そういえばウィルヘルムがいねェが、もしかしてローレルもか?」
「特別任務で欠席だとよォ。ホントいいご身分だよなァ。文句の一つでも吐くつもりだったかァ?」
「そんなんじゃねェよ。ただ、ひとつ忠告しときてェことがあったんだが⋯⋯」
「どうでもいいだろそんなことォ。それよかテメェはどうやって俺たちの椅子をひとつ奪うつもりなんだァ? まさか力尽くじゃあねェよなァ」
ルフスの言葉に、周りにいた他のギルドマスター達も同感だった。
いくら威勢がよかろうとも、個人の力が確かだろうとも、今のバルカンには〈六昇星〉になるなど、口が裂けても言えるはずがない。それほどまでのとある失態を、バルカンは過去に犯してしまっているのだ。
だからこそ、バルカンの言葉の真意が誰も掴めずにいた。とあるひとりを除いてはーー。
「なるほど。あの迷宮を攻略する権限を寄こせ、ということか。そしてその成功の暁にはBランクへの昇格を約束してほしい⋯⋯こんなところだろう」
「流石はボス。話が早くて助かる」
状況がまるで掴めていないギルドマスター達を他所に、唯一バルカンの奇行の意味を理解したアルテオスは、続けざまに言う。
「まさか私が貴様にそんな権限をやるとでも?」
「いいでしょ別に。そもそもあの迷宮は俺の団員が見つけたものだ」
「オイオイ!! 二人して勝手に話を進めんなよ! オレらにも分かるように説明しろボケッ!!」
話についていけず、〈炎星の狼〉のギルドマスターであるニアが、苛立ちを含んだ声を上げた。
「そうだな。では私から簡単に説明をしよう。今回の議題にも大きく関わる話だ」
アルテオスは一度大きく息を吐くと、一拍置いて話を始めた。
「一週間ほど前、とあるギルドの団員が帝都付近で未攻略の迷宮を発見したという報告があった」
「帝都付近で未攻略の迷宮? もしかして自然に迷宮が発生したってことかしら?」
「そうであれば問題はなかった。だが、その迷宮はとある組織が所有し、研究施設としての役割を果たしていたことが後の迷宮捜査で判明した」
「アァ? 迷宮を所有してただァ? んなこと俺ら以外に出来る組織があるわけねェだろォ」
「それが存在したのだ。その組織の名は〈オヴィリオン〉。ここ最近、世の中を騒がせていることからも、この場にいる者たちも知っているだろう」
アルテオスが発した組織の名前を聞き、全員が頷く。
「確かに聞いたことはあるな。だが、そこまでの力を持つ組織だったのか?」
「記憶者狩りのことだろォ。最近随分と調子に乗ってるみたいだがなァ」
「オレでも聞いたことあるぜ! 死神の姿してコソコソしてる弱虫雑魚共のことだろ! けど、そんなクソ共どうってことねェだろ」
「最近、被害が大きいのは確かだ。さらには今回の迷宮捜査で、奴らが迷宮を管理するだけの能力があることが分かった。以前の帝都上空に〝ネスト〟が出現した際にも、死神の姿が複数目撃されている。仮に全てが〈オヴィリオン〉の仕業だとすれば、我々が想像する以上に厄介な組織である可能性が高い。だからこそ、その尻尾を掴むためにも、奴らが残した迷宮は攻略しなくてはならないのだ」
迷宮攻略の重要性を説くアルテオスに、〈六昇星〉のギルドマスター達も状況を理解し始めていた。だがーー、
「ん? 何で迷宮攻略がそこまで大事なんだ?」
踏ん反り返るように座っていたニアが、頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
「迷宮何てほっとけばいいだろが」
「あなた本気で言っているの!?」
まとまりつつあった場を見事に乱したニアに対し、たまらずネリネが立ち上がった。
「あなたは今まで何のために迷宮を攻略していたのよ」
「そう指示されたからに決まってんだろカス。後は知ったこっちゃねェ」
「はぁ、あなた本当に戦い以外には興味ないのね⋯⋯」
呆れたようにネリネは溜息を吐いたが、このままではまた話が進まなくなることを危惧し、仕方なく説明を始めた。
「迷宮が神出鬼没なのは知っているでしょう?」
「シンシュツキボツ??」
「突然現れたり消えたりすることよ」
「ハッ! たりめェだろバカ!!」
「⋯⋯まぁいいわ。今重要なのは迷宮が消えるということ。消えてしまえば迷宮内にあるメモライトも魔獣の死体も手に入らない。逆に迷宮が永久に残るようなことがあれば、それだけで大量のエネルギーを確保することが出来るでしょう?」
「そりゃそうだな! でも迷宮が永久に残り続けることなんてあんのかよ」
「あるわ。それが攻略済みの迷宮よ。攻略さへすれば迷宮の拡大も収まるし、難易度の低下、〝ネスト〟の減少など多くのメリットがある。だから私たちは迷宮攻略を最優先に活動しているのよ。今回で言えば、敵組織の残した情報が迷宮ごと消えないように早急に攻略しなきゃいけないってことよ。わかったかしら?」
「なんだそんなことかよ。よし、ひゃくぱー理解したぜ!」
満足そうにうんうんと頷いて見せるニア。
彼女が今の説明を本気で理解したなどとは微塵も思わないネリネであったが、今は勘違いでも大人しくしていればよいという結論に至り、疲れたように椅子に座りなおした。
「取り乱してごめんなさいね。けど、大体の話は理解したわ。要するに〈オヴィリオン〉が所有していた迷宮をバルカンの部下が発見した。そして、その迷宮を攻略することを条件に〈月華の兎〉をBランクのギルドに昇格してほしいってことよね」
「そうらしいなァ。いいじゃあねェかァ。やらせてやれよォ。絶対ェ面白いぜェ」
「私も同意だ。その迷宮はこのバカが見つけたんだ。攻略する権限ぐらいあってもいいだろう」
「そうだそうだ! よくわからねェけど、オレも賛成だ!!」
ネリネの言葉を皮切りに、ルフス、リリィ、ニアの三人が賛成の意を表明した。
だが、決定権を持つアルテオスはバルカンを見つめるだけで重い口を閉ざしたまま。
すると、今まで大人しくしていた〈歳星の鷲〉のギルドマスターであるデルラークが、バルカンに冷え切った視線を注いだ。
「お前、本気でそんなことが許されると思っているのか。あんな裏切りを行ったお前に、敵組織の情報が掴めるかもしれないっていう重大な迷宮を攻略させるとでも? その暁にはBランクに昇格? 笑わせるな。俺達には一切のメリットがない馬鹿げた話だ。じゃあなんだ。お前は仮に迷宮攻略が失敗したらどう責任を取るつもりでーー」
「命を懸ける」
「あぁ?」
被せるように発せられたバルカンの声に、デルラークだけではなく、この場の全員が彼を注目した。
「俺の命を懸けるって言ったんだ。失敗したら煮るなり焼くなり、どんな処罰でも受けてやるよ」
「なッ!? バカルカン貴様自分が何を言っているのか分かっているのか!!」
「あぁ、分かってるよ」
「いいや、分かっていない! 本当に貴様殺されるぞ!?」
「だろうな。そんだけの力がディアティールにはある」
「じゃあどうして⋯⋯」
リリィにはわからなかった。
バルカンの手助けになるようにと、ここまでは確かに協力的であった彼女ですら、彼がここまでの覚悟を持っているとは思わなかったのだ。
困惑の表情を浮かべるリリィに向かって、バルカンは真剣な表情で答える。
「自分でもよくわからねェんだ。どうしてこの場に来たのか、どうしてこんなことを言ったのか。でもな、ある男が俺の前で夢を語ったんだよ。そいつは誰よりもこの世界を憎んで、誰よりも傷ついているはずなのに、今でも前を向いて必死に抗ってる。歩こうとしている。だからそいつが本気で夢を語っている姿を見て、俺の心も動いちまった。アイツがようやく見つけたやりたいこと、俺も手伝ってやりたくなっちまった。夢見るガキの背中を押してやるのが、大人の役目だろう? だから、こればっかりは譲れねェ⋯⋯!」
どこか今までの彼とは違う光の宿った目に、力強く笑う表情。
そんなバルカンの姿を見たアルテオスは、そこでようやく口を開いた。
「久しく見ないうちに、随分と熱い男になったようだな」
「いやいや、俺は昔からやる時はやる男だったでしょう?」
「そうかもしれないな。⋯⋯いいだろう、バルカン。貴様に迷宮攻略を依頼しよう。期日は捜査時に判明した、迷宮が消滅するとされるまでの約五日間。その間に迷宮を攻略出来れば〈月華の兎〉をBランクに昇格させる。ただし、失敗したときは分かっているな?」
「もちろんですよ。まっ、失敗なんてしねェけどな。じゃあ俺はアンタから許可を貰えればそれで充分なんで、さっさと帰って迷宮攻略の準備でも始めるわ」
バルカンはそれだけ言うと、様々な反応を見せる〈六昇星〉には興味も示さず、踵を返して気怠そうに右手を上げた。
「じゃーな。次会った時には同じ〈六昇星〉同士、仲良くしようぜ」
「⋯⋯待てよ、バルカン。ひとつだけ聞かせろ」
去り行くバルカンに向かって、デルラークが言葉を投げかける。
「あの人殺しは元気か?」
「さぁ、なんのことかさっぱりだな。生憎、俺の部下には犯罪者なんていないもんでね。いるのはただの直向きなバカたちだけさ」
どこか挑発するようにバルカンは答えると、もう話は終わりだとばかりに、今度こそ扉を開けて部屋から出ていった。
バルカンが出て行き閉じられた扉を見つめながら、デルラークは気に食わないというように鼻を鳴らした。
「⋯⋯少しだけ遊んでやるよ」
誰にも聞こえないような独り言を零したデルラークを、唯一アルテオスだけは神妙な面持ちで見つめていた。