第4話 六昇星①
男はとある部屋の前に立っていた。
長い階段を上り、同じような通路を行ったり来たり。
もう何十分も歩き回ったというのにも関わらず、一向に変わらない黒い空間に辟易していたところ、ようやく目的の部屋に辿り着いたのだ。
全くどうしてこうも分かりづらいのだろうか。
男は建物を設計した見たことも無い相手に向かって、脳内で一通り文句を吐いたところで勢いよく扉を開けた。
部屋には大きな楕円形の机が中心として置かれており、その周りには四人の男女が座っていた。
眠っている者、優雅にお茶を飲む者、何故か慌てている者、つまらなそうに壁を見つめる者。
そんなまとまりの無い者たちの内、眠っている者を除いた三人が一斉に男へと視線を向けた。
「いや~、相変らず皆さん真面目やな。これじゃまるでワイひとりが遅れてきたみたいやん」
「実際遅刻ですよ。何してたんですか、フリジアさん」
「別に迷っとったわけちゃうで? ホラ、ウチの団長は時間かかるやろ。そのせいでこんな時間や。全くあの人にはしっかりしてほしいわ、ホンマ」
やれやれ、と両手を上げるフリジアに対し、椅子に座る糸目の男は溜息を吐く。
「それ、前々回の言い訳とまんまですよ。バリエーション増やした方がいいんじゃないですか?」
「あらら、そうやっけ? まっ、どうでもええやろ。ウィスター君はもうちょい楽に生きた方がええんとちゃうん?」
「そうもいきませんよ。副団長なので」
「それ、同じ副団長のワイを前によく言うわ」
フリジアは疲れたというように空いた椅子に腰を掛けると、隣に座る女性に話しかけた。
「ミラアちゃんそのお茶ワイにもちょーだいよ。もう喉カラカラや」
「そう仰ると思いまして、既に用意しております。どうぞ」
隣に座るミラアから、余りにも自然に手渡されたティーカップ。
それをグイっと一気に飲み干したフリジアは、目を大きく見開いた。
「うまっ!? てかワイの好きな味やこれ! しかも飲みやすい温度。完璧や!」
「喜んでいただけたようで何よりです」
「ホンマ気が利くっちゅーか、寧ろ怖いわミラアちゃん」
「誉め言葉と受け取らせていただきます」
まるで機械のように無表情にお辞儀をするミラア。
そんな彼女の横では、見知らぬ女性が目を泳がせていた。
「ん? そういやアンタ誰や? 見ない顔やけど」
「はっ!? ハヒっ!! わ、わた、わたちは! この度〈日輪の獅子〉の副団長に任命されました!! ろ、ロエ=サーナティオです!」
椅子を倒す勢いで立ち上がったロエは、テーブルにぶつかってしまうのではないかと思う程、頭を下げた。
「〈日輪の獅子〉の副団長⋯⋯あぁ前の子は死んだんやったな。スレイド君も真面目でええ子やったんやけどな~。残念や」
「副団長で真面目じゃないのフリジアさんだけですよ」
「オイ、ウィスター君! そこは黙っとくとこやで普通!?」
「本当の事でしょ。平気で遅刻しますし、嘘吐くし。しかもまた変な話し方して。そうコロコロ変えるの止めてくださいよ」
「ええやろコレ! 前の遠征でたまたま聞いてな。どうや? 格好ええやろ?」
「似非でしょうそれ。怒られますよ。少なくとも聞いているだけで不快にはなるんで」
フリジアは対面に座るウィスターを睨むが、当の本人は顔を背けると、まるで聞こえていないかのように黙殺した。
「ちょっと思うんやけど、もしかしてウィスター君てワイのこと嫌いなんかな? ねぇ、どう思うミラアちゃん」
「わたくしに聞かれましても。ですが、敢えて進言させていただくのならば、ウィスター様は真面目な方ですので、反りが合わないのかと」
「なるほどなぁ⋯⋯って、それ遠回しにミラアちゃんも、ワイが不真面目で阿保で役立たずなうんこハゲ野郎やって言っとらん!?」
「そこまでは。ハゲているとは思っていませんし」
「じゃあハゲ以外は思っとるんかい!!?」
表情を崩さすに淡々と答えるミラアとは対照的に、騒ぎながら涙を浮かべるフリジア。
そんな彼等のやり取りを見ていたロエは、ついクスリと笑みを零した。
「おっ、やっと可愛らしい顔見してくれたやん」
「えっ! い、いや! すすすすみません!?」
「ええてええて。これから何度も顔見合わせる相手なんやし、気ぃ使わんといてや。じゃなきゃこっちも演技した意味ないわ」
「も、もしかして私の緊張を和らげるために?」
「ふっふっふっ。まっ、当然やーー」
と、自信満々なフリジアを遮るようにして、ウィスターとミラアは言う。
「何でそんな嘘吐くんですか。自分が嫌われてるの認めた方がいいですよ」
「わたくしも演技などと器用な真似が出来ず申し訳ありません。ですが、滑稽な道化はフリジア様ひとりでもよろしいかと」
「グハァッ!? も、もうやめてや。ワイのライフはゼロや⋯⋯」
二人から次々に浴びせられる鋭い言葉に、フリジアは堪え兼ねて机に突っ伏した。
だが、先ほどから繰り返されるやり取りによって、確かにロエの緊張は不思議と取れていた。
何より、あれだけ辛辣な態度を見せるウィスターとミラアの二人が、本気でフリジアを嫌っているようには見えなかった。
「ま、まぁ、取り合えずいつもの空気になってきたみたいやし、気を取り直して自己紹介しようや。まずワイは〈辰星の鹿〉の副団長、フリジア=アーテル。魔法師や。で、向かいの空気読めん怪しい糸目の男が〈夕星の大蛇〉の副団長、ウィスター=デライト君や。仲良くしてあげてな」
「何なんですかその紹介」
「ええやろ、分かりやすいし! ほんで隣におる短髪オカッパの無表情メイド系美人が〈歳星の鷲〉の副団長、ミラア=ルモミースちゃんや!!」
「短髪オカッパの無表情メイド系美人のミラア=ルモミースと申します。以後お見知りおきを」
「ってオイィィ!! そこはツッコんでや! 誰がオカッパやーとか、誰がメイドやーって!」
「善処します」
やはり表情も変えず頷くだけのミラア。
彼女に対するいくつもの思いをグッと堪え、フリジアは最後のひとりを指さした。
「で、最後がそこでさっきからワイの大声をガン無視して寝とるお嬢ちゃんなんやが、彼女は〈炎星の狼〉の副団長、レア=ピオニーちゃんや。まぁ基本寝てるとこしか見たことないんやが、起こそうとかしたら絶対ダメやかんな! 興味本位で顔面に唐辛子パウダーぶっかけるとかしたら絶対ダメやで!?」
「昔、それでフリジアさん殺されかけましたもんね。いやもう何から何まで自業自得なんですが。やっぱりバカでしょう、あなた」
「言わんといてや!! ワイも反省しとるんやから! でも気になったもんはしょうがないやん!」
反論をしつつも、次第に何かを思い出すように顔を青ざめさせていくフリジアの様子に、何も知らないロエにもその恐怖が伝染していく。
(い、いいい一体何があったんですかぁ!?)
内心興味はあったものの、尋ねる勇気もなく、ロエは怯えることしか出来ない。
だが、そこでとあることに気が付いたロエは、話題と自身のマイナスな思考を変えるきっかけのためにも、フリジアに尋ねた。
「そ、そそ、そういえば、この場には五人しかいませんが、も、もうひとりの方は遅刻でしょうか⋯⋯?」
「ん? あぁ、そういえばローレル君は来てないんけ?」
「何やら特別任務とかで、今日の会議は団長共々欠席みたいですよ。正直、運が良かったです」
「⋯⋯そうやな。あの二人に会うのは流石のワイでもキツイとこあるで。何考えとるかわからんもんなぁ。やっぱ、世界一のギルドを治める者はワイらとは違うんやろな。まっ、そういうわけで、ロエちゃんは何も心配せんでも大丈夫やで」
「は、はい!」
一瞬部屋の空気が張り詰めたようにロエは感じたが、気のせいだと思うことにし、思考を切り替えるために窓の外を見下ろした。
地上を歩く人々がまるで蟻のようで、今自分がいるこの部屋がどれだけの高所にあるのかを実感する。
ここはディアティール帝国の帝都モントレイサの中心に聳え立つ、巨大な建物の中。
木造建築のギルドが並ぶ中で、一際目立つ黒い光沢の壁に囲まれたその建造物は、全てのギルドを統べるディザイアの総本部だった。
厳重な警備、頑丈な創り、高性能な機械の数々。
どれをとっても世界最高峰とも呼べる鉄壁なこの要塞内で、今まさにとあるギルドが招集されていた。
「⋯⋯もうすぐ、団長たちの会議始まりますかね」
不安から出たロエの言葉。
それを聞いたフリジアは、ミラアから再び注いでもらった紅茶を一口飲んだ後で答えた。
「そろそろやろな。まっ、本当はこんな会議無い方がワイも安心なんやけど」
「え?」
言葉の真意が掴めずにロエは聞き返したが、彼女に返ってきたのは頭上から響く轟音と、部屋を震わせる程の激しい揺れだった。
「さぁ世界の平和を守るための、世界で一番危険な会議の始まり始まりや」
フリジアが笑みを零しながら頭上を見上げる。
その先にあるのは、世界最強のギルドの集まり〈六昇星〉。その頂点に立つ最強の団長たちが集う、まさしく世界で最も危険な場所だった。