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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第3章 ティアナ〜居場所〜
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第1話 夢


 強い日差しの下、ひとりの男が墓石の前で静かに目を閉じていた。


 そこは芝生墓地のようで、手入れのされた美しく茂った青い芝生が広がり、一定の間隔で小さな墓石が置かれている。


 そんな墓地の中でもまだ新しいのか、汚れのない墓石へと手を合わせている男の耳に、聞き覚えのある声が飛んできた。


「探したぜ。バルカン」


 自分の名を呼ばれたバルカンは目を開けると、ゆっくりと振り返る。

 そこに立っていたのは青い髪のまるで女性のような顔だちをした男、リオティスだった。


「よく、ここがわかったな」

「ロメリアに聞いた。にしてもこんなところに墓地があったなんてな」

「ディザイアが所有する墓地の一つだ。つっても本来はAランク以上のギルドにしか許可されてないんだけどな。ちょっと無理言って作ってもらった。せめて墓ぐらいはちゃんとしてやりたくてな」

「⋯⋯そこに眠ってるんだな。リコルは」

「あぁ」


 悲しげにそう答えたバルカンの声に、リオティスは目の前の墓石を見つめた。


 黒く光る石肌には、確かにリコルの名前が刻まれている。


「⋯⋯リコル」


 リオティスの頭に浮かぶリコルとの日々。

 それを噛みしめながらも、リオティスは墓の前で手を合わせた。


 どれぐらいの時間が経ったのだろうか。

 暫くの間、動かずにいたリオティスは、ふいにバルカンへと尋ねた。


「俺はどのぐらいの間寝てたんだ?」

「一週間ってとこだな。傷は浅かったみたいだが、心はそうもいかねェだろ」

「⋯⋯一週間か。どうりで体が重いわけだ」

「そんだけで済んでる方が不思議だけどな。で、お前に聞いとかなきゃいけないんだが、あの日一体何があったんだ?」


 バルカンは険しい表情でリオティスを見つめる。

 その眼には隈が色濃く浮かんでおり、彼がどれだけ自分のことを心配していたのかがリオティスにも伝わってきた。


 だからこそ、リオティスは辛い記憶を呼び起こし、バルカンに迷宮であった出来事を話し始めた。


「俺とリコルはあの日〝ネスト〟に落ちたんだ。だが、それは恐らく()()()()の作戦だった」

「あの死神と、その仲間だな?」

「あぁ。あの迷宮での出来事は全て組織的な犯行だ。そしてアイツ等の狙いはリコルを殺害すること。俺はそれに気が付いていながらも〝ネスト〟でリコルを守れなかった。⋯⋯全部、俺の責任だ」


 重く、張り詰めた空気が広がる。

 リオティスの表情も暗く、彼がどれほど深い傷を心に負ってしまったのか、バルカンには想像も出来なかった。


 だが、だからこそバルカンは俯くリオティスの額を指で思いっきり小突く。


「痛っ! 何だよ急に!」

「リコルが死んだのはお前のせいじゃねェよ」

「けど⋯⋯!」

「けどじゃねェ。元凶は()()()()だ。守れなかった自分を責めるな」


 相変らずのバルカンのやる気の無い声に、リオティスは何故だか〈花の楽園(フラワーガーデン)〉のギルドマスターであったゼアノスのことを思い出す。


 不器用で、声ばかり大きく、いつも周りを巻き込んで笑顔にしていたゼアノスの力強い優しさ。そんな彼とは容姿も性格も似つかないはずのバルカンに、リオティスはその優しさを感じていた。


 だからだろう。

 気が付くとリオティスの心を埋め尽くしていた影は薄くなり、思考も晴れていった。


 そうして落ち着きを取り戻したリオティスは、先ほどのバルカンの言葉に違和感を見つけた。


「あの組織って、まるで知っているかのような口振りだな」


 リオティスの投げかけに対し、バルカンは言葉を詰まらせたが、少しだけ考えるような素振りをすると、決心したように口を開いた。


「あぁ、俺はお前らが迷宮で対峙した組織の情報を持っている」

「なっ!?」

「慌てんな。つっても知っているに値するほどの情報はない。俺も噂程度の知識だったからな」


 前のめりに食いつくリオティスを制しながら、バルカンは自身の頭に入っていた情報を共有し始めた。


「まず奴らの組織の名前は〈オヴィリオン〉。ここ一年で急激に目撃者や被害者が出たことで発覚した闇の組織だ。規模や目的などは未だ一切不明だが、死神の姿で人を襲ったり、特殊な記憶装置(メモリア)を使うらしい。そして、記憶者(メモライズ)を特に標的として行動していることから、記憶者狩りとも言われている。ここまでが俺の知る奴らの情報だ」

「記憶者狩り⋯⋯じゃあリコルも!」

「十中八九そうだろうな。何故、記憶者(メモライズ)を狙っているのかはわからねェが」


 頭に入り込む情報の数々。

 冷静に分析をしていくリオティスだったが、やはりわからないことの方が多かった。〈オヴィリオン〉が何を企んでいるのか。何故リコルを殺したのか。その全てを理解するには、余りにもバルカンから語られた情報は少なかった。


「⋯⋯結局、アイツ等の手掛かりは一切無いんだな」

「だから俺も言うか迷ったんだ。奴らに固執するお前が落胆するだろうなって。だがま、今回の件で俺からも上には調査を依頼するつもりだ。今まで大きな被害や、確実な情報がなかったからか、〈オヴィリオン〉に対しての動きが消極的だったからな。また何か情報が入ったら教えてやるよ」

「そもそもお前はどっからその情報を得てるんだよ」

「オイオイ忘れてるだろ。俺が元〈六昇星(セクスタント)〉だってこと。情報源ぐらいいくらでもあんだよ」


 どこか得意げに言うバルカンに、リオティスは溜息を吐く。


「どうせリリィさんから聞いてるんだろ」

「うっ、まぁそれもあるけどな。って、何でアイツだけさん付けなんだよ」

「年上だからな」

「俺も年上だけどな?」

「⋯⋯⋯⋯」


 リオティスは冷ややかな視線でバルカンを見ると、黙殺した。


 それに対し、バルカンは面倒くさそうに頭を掻くと諦めて話題を変えた。


「まぁそれは置いといて、とにかくもうあんな無茶はするなよ。暫くは迷宮探索も無しだ。どうやら〈オヴィリオン〉にはこっちの位置を特定する方法もあるようだしな」


 バルカンの何気ない言葉に、リオティスの纏う空気が変わる。


「⋯⋯俺たちの中に内通者がいるとは思わないのか」


 低く冷たく、どこか殺気のようなものも含んだリオティスの声。

 それを聞いたバルカンは彼が何を以てしてそのようなことを言ったのか瞬時に理解したが、同調することは出来なかった。


「それはないだろ。もしお前の言うように内通者がいるとして、何故俺のギルドに入団する必要がある? 行動も情報も何もかもが制限されているのに、だ。そんでもしリコルを殺すためだけに入ったとしても、お前らが入団したのは他の連中の入団が決まった後だ。つまり、単純に〈オヴィリオン〉が特殊な記憶装置(メモリア)を持っているか、そういう能力を持つ奴がいるかだろ。違うか?」


 バルカンの至極まっとうな意見を聞いて、リオティスも内通者がいない可能性の方が高いとは感じた。いや、そもそも彼にだってわかっていたことだった。


 それでもリオティスは一度、同じギルドの団員に裏切られた過去がある。

 だからこそ、頭ではわかっていてもそう簡単に納得は出来なかった。


「あんま考えすぎるなよ。それにまだ怪我も完治してねェだろうし、今日はもう宿でもいいから帰れ。んで、もう一週間はゆっくり休め。後はこっちで調べとくからよ」


 口を閉ざしたリオティスに対し、バルカンは手を振って背中を向けた。


 そのまま自分から遠ざかって歩き出すバルカンの背中を見つめながら、リオティスは突然声を発した。


「俺、夢が出来たんだ」


 急に聞こえてきた言葉に、バルカンは立ち止まり振り返る。


 そこに映ったのは、どこか恥ずかしいような嬉しいような、そんな先ほどまでとは別人のように立つリオティスの姿。だが、彼の瞳には今までに感じたことのないような覚悟も見えた。


「俺はリコルがいたからこのギルドに入団した。リコルがいたから今までずっとギルドで働いてきた。それだけで俺は十分に幸せだったって、今ならそう思う。だから正直、リコルのいない今、俺はもうこのギルドにいるつもりはなかった」

「⋯⋯⋯⋯」


 リオティスの想いを、バルカンはただ静かに受け止める。


「けど、それじゃダメだって気が付いたんだ。リコルとの日々を捨てて逃げるなんて、それじゃきっと俺は変われないままだ。俺が本当にギルドに入ったのは、自分がそうしたいからだってことを認めないで、言い訳ばかりを並べるのはもう嫌なんだ。だから、俺はこのギルドでリコルとの思い出を守ろうと思う。俺なりにやりたいことをしようと思う。そして、このギルドを一年で〈六昇星(セクスタント)〉にしてみせる。それが今の俺の夢だ」


 どうして急にこんなことをバルカンに言ったのか。

 リオティス自身分からなかったが、きっとここで言えなければ前に進むことが出来ない。また心が揺らいでしまう。そう思ったのかもしれない。


 リオティスの想いを受けて、バルカンは笑うわけでもなく、ただいつも通り面倒くさそうに言った。


「何だよ急に。つーか一年で〈六昇星(セクスタント)〉ってどういうことだよ」

「目指すならトップがいいだろ? それに一年後に優秀な人材が入ってくる予定でね。()()()()が楽しく本気でやれるためにも、ここは譲れねぇ」

「譲るも何も急すぎだバカ。そういう面倒なこと俺はやらねェからな。夢だの語るのはいいが、やるのはひとりで勝手にしろよ」


 呆れたように言うバルカンは、今度こそリオティスに背を向けると、どこかへと歩いて行った。


「きっと、お前ならやってくれるよ」


 小さくなったバルカンの背中を見つめながら、リオティスはひとりそう呟くと、墓地から出るために歩き出した。


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