第25話 合流①
『こりゃまた面倒なお客さんが来たな』
閃光の如く現れたリオティスに対し、死神は心底面倒くさいというように大きく溜息を吐いた。
そんな死神に対し、リオティスは言葉ではなく短剣から繰り出す斬撃によって応えた。
首元を容赦なく斬りつける。
だが、やはり死神には傷一つ付かない。
『無駄だって知ってるだろ? オイラの身体は普通のメモリーじゃ傷つかないーー』
と、死神が話す言葉に耳を貸すこともなく、リオティスは再び短剣を振るった。
首元だけではなく、胴体や左腕。さらには両の足と仮面に守られた顔面にまで止まることのない斬撃を浴びせる。
金属と金属がぶつかり合うような音が迷宮に響き渡る中、余裕を見せていた死神の表情に翳りがさした。
(こいつ⋯⋯さっきよりパワーが上がってやがる!)
死神の脳裏に不安が過ったその時、リオティスに斬りつけられた太ももから血が噴き出した。
『なっ!?』
自身の身体がただのメモリーに切り裂かれたことに気が付いた死神は、咄嗟に飛び退いてリオティスから距離を取った。
血を流す太ももの傷は浅く、掠り傷にも等しいだろう。
だが、死神にとってはそんなことはどうでもよかった。
『オイラに血を流させるなんて、ありえないってマジで。何だよお前らのそのメモリーは!』
「お前には関係ないだろ。今から死ぬお前にはな」
リオティスが一歩前に出ると、彼から隠れるつもりもない殺気が辺りに充満する。
その殺気を肌で感じた死神は、額に汗を滲ませた。
『外で会った時と大違いじゃんか。そんなガチギレするタイプに見えなかったんだけどな』
「別にキレてねェよ。ただ、お前らが邪魔なだけだ」
『はは、嘘つくなって。ホントおっかねぇや』
死神は乾いた笑いを零すが、内心では焦りが込みあげていた。
(まさかここまでとは。流石にカメレオンを退けただけのことはある。正直、こいつ相手に片腕のオイラじゃ分が悪いよな。つってもここでターゲット逃がしたら、警戒されて今後迷宮での殺害が不可能になる。⋯⋯もうここでやるしかねェな)
覚悟を決め、死神は攻撃の体勢を取る。
死神の一変した気配を感じたリオティスも、短剣を握る左手に力を込めた。
「逃げないのか。意外だな」
『悪いな。オイラにも止まれない理由があるんでね!!』
死神の叫びに呼応するように、その全身から再び銃口が出現する。
リコルを追い詰めた残酷非道な銃弾。
それが今まさにリオティスの身を襲おうとした刹那、死神に向かって黄色い光が放たれた。
「〈アク・ローアイト〉」
聞き覚えのあるやる気の無い声と共に飛ばされた電撃は、死神の体に直撃した。
激しい痺れと痛みに耐えかねて吹き飛んだ死神は迷宮の壁に激突すると、よろけながらも何とか顔を上げる。
『次から次へと⋯⋯!』
呻くように言う死神に続き、リオティスも電撃が放たれた方を振り向く。
そこには面倒くさそうに頭を掻くバルカンが、ルリとアルスを連れて立っていた。
「ったく、お前らはどんだけ面倒を起こせば気が済むんだ。帰ったら半日説教コースな」
本気で怒りながらもどこか安堵しているバルカンに対し、自然とリオティスの肩の力も抜けた。
「来るの遅ェんだよ」
「何言ってんだ。これでもすっ飛ばしてきてんだよ。どっかの馬鹿どもが迷宮に勝手に入ったなんて聞かされたからな。全くどういうつもりだ」
「いろいろあったんだよ、いろいろ。そもそもお前がルリに道案内させるから⋯⋯」
などとリオティスとバルカンの言い争いが始まる。
そんな彼等を見ながら、死神はやっとの思いで立ち上がった。
『まさか団長さんもお出ましとはね。流石に時間かけすぎか⋯⋯ん?』
独り言のようにぼやく死神の右耳に、突然コールの音が鳴り響く。
その音に何かを察した死神は、右耳に埋め込まれた記憶装置に左手を伸ばした。
『どーも、コードネーム〈罠を張る者〉です。⋯⋯あぁ、先輩。いや、その、ちょっとハプニングがありまして。けどオイラの命に代えてもターゲットは必ず⋯⋯え? マジすか? なら最初からそうしてくださいよー。いやいや、その言いようは流石に酷いですって。これでもオイラ頑張って⋯⋯はぁ、ハイ、わかりました。もう、説教は帰ってからにしてください、ハイ』
記憶装置の向こうにいる相手に対し、スパイダーと名乗った死神は一頻り謝ると、通話を切ってリオティスたちの方を見た。
『あぁー、なんかこっちもいろいろあってさ。今回はこれにて撤収することになったんで』
「撤収って⋯⋯まさか!」
リオティスは死神の言葉に血相を変え、逃がすまいと走り出そうとする。さらに、それに続くようにバルカンも瞬時に魔法を放った。
だが二人の攻撃は寸での所で、死神が装着していた指輪から溢れた黒い煙によって妨げられてしまう。
黒い煙が晴れると、やはりそこにはもう死神の姿は消えてしまっていた。
「クソっ!! わかってたはずなのに⋯⋯!」
リオティスが自身の油断を後悔している中、バルカンは冷静に死神を分析する。
(あの姿。コードネーム。そして黒い煙によって移動できる記憶装置⋯⋯。まさか例の組織が絡んでるとは。逃がしたのは痛いが、深追いもできねェ。今は脱出が優先だな)
バルカンは瞬時に情報をまとめ終えると、〈月華の兎〉の団員へと指示を出した。
「オイ、とにかくこの迷宮から出るぞ。俺はレイクの怪我を見る。ルリは手伝い、アルスは他の奴らの状況確認と周囲の警戒。何か少しで不審なことがあったら俺に伝えろ。終わり次第、脱出を開始する。わかったな?」
バルカンの問いかけにルリとアルスが頷く。
リオティスも悔しさを感じていたが、そうも言ってはいられない。すぐ様に気持ちを切り替えて、リコルへと尋ねた。
「一応聞くが怪我はないよな?」
「はい! ⋯⋯ただ、全身が痛くて立てないかもですが」
リコルの言葉に、リオティスはようやく彼女の体の異変に気が付いた。
「⋯⋯お前、なんか変わったな」
「え? どこがですか?」
「髪色とか。それに何だよその角」
「へ⋯⋯? 角?」
キョトンと首を傾けるリコルに、リオティスは能力で鏡を創造して手渡した。
受け取ったリコルはというと、何度も瞬きをした後で、顔やら髪を手で触ると驚愕の表情で叫んだ。
「ええぇぇっ!? ちょ、何ですかこの髪!! 何で紫色になってるんですか! というかこの黒い角は何ですか! もしかして病気? もしかして私死ぬんですか! どうなんですか!!」
「うるせェよバカ! 俺が知るわけないだろ!!」
「うぅ、これ戻りますかね?」
「だから知らねェって。でもいいんじゃないか? 今の方が個性的で目立つし」
「え! そ、そうですか? えへへへ、ならいいですかね」
リコルはうへへへと気味の悪い笑みを浮かべながら、鏡を覗いて髪や角を触り始める。
リオティスとしては面倒くさいからと適当にした発言だったが、騒がしいよりは良いと考え放っておくことにした。
(それにしても泣いたり騒いだり笑ったり、忙しいやつだ)
リコルが無事でいたことには安心したリオティスであったが、今の彼女は容姿だけでなく、少し性格も変わってしまったように思えた。それはまるで明るく騒いでばかりいたリラのようでーー。
(まさかそんなわけはないよな)
リオティスは一度頭を振るうと、余計な考えを消し去ってしまう。
何故なら、今はもうリコルが無事に生きていることだけが、彼にとっては何よりも大事だったからだ。