第24話 開花②
それは何百年も昔の話。
世界には七体の強大な力を有する魔獣が存在していた。
一体は地中の奥底を泳ぐ巨大な竜。蜷局を巻けば大地を震わせ、咆哮は耳にした生物の命を奪う。
一体は日の閉ざされた霧に生きる大蛇。目を合わせれば全ての生物は石と化し、生み出す霧は幻覚を見せる。
一体は自然豊かな森に飛ぶ鷲。羽ばたけば巨大な竜巻を起こし、降り立つ大地は緑に浸食される。
一体は大海の上を歩く鹿。水面を震わせ津波を引き起こし、吐き出す息は生物を永遠の眠りにいざなう。
一体は灼熱の炎を背負う獅子。触れるもの全てを燃やし尽くし、広がる赤き炎は雨にも消えることはない。
一体は闇を生み闇に生きる狼。世界を黒色に染め、闇に触れた生物を腐らせる。
一体は白銀の山の頂点に立つ兎。全てを凍らせ、止むことのない雪を降らせる。
そんな七体の魔獣に対し、世界の各地では多くの土地が腐り、町が消滅し、人間が死んでいった。
もはや人類の滅亡は免れない。
誰もがそう感じ、明日への希望を捨てて死を覚悟した時、夜空に浮かぶ星々からまるで恵みのように、輝く七つの流星が下界に降り注いだ。
一つは小さく錆びた短剣に。
一つは傷一つ付いていない真っ白な長剣に。
一つは血に汚れた手鎌に。
一つは人知れない大地に突き刺さった槍に。
一つは折れた大木の下に挟まる大剣に。
一つは深海に沈む斧に。
一つは雷鳴の鳴りやまぬ山の頂に眠る戦鎚に。
流星の輝きは七つの武器に消えると、魔獣に匹敵するほどの力を与えた。
そして、まるで導かれたように武器を見つけ手に取った人間は、ひとりまたひとりと世界を狂わせる七体の魔獣を討伐、撃退していった。
こうして魔獣を倒し、世界を救った七人の人間は英雄と呼ばれ、共に戦った最強のメモリーは、遥か歴史の彼方へと消えた。
本当に世界を揺るがすような魔獣が存在したのか。本当に最強と呼ばれるメモリーは存在したのか。
今となっては誰も知る術を持ってはおらず、ただの伝説として語り継がれるのみとなっていた。
世界を滅ぼしかけた七体の魔獣と、それを打ち破るべく夜空より降り注いだ七つの流星によって力を得た伝説のメモリー。
そんな誰もが子供のころより絵本で読み聞かされた伝説の武器の名を、〝七流星の記憶〟と呼んだーー。
◇◇◇◇◇◇
『なっ、は、バカな!』
遅れてやってきた痛みに脂汗を滲ませる死神は、その背後に感じた気配を察知して、咄嗟に振り向いた。
そこには首元にマフラーのように花弁を纏わせ、全身がじんわりと赤紫色に輝いているリコルが、手に持ったとある武器を振り下ろしていた。
短剣のように短い刃。その刃がまるで三日月のように湾曲しており、死神の目にはそれが小さな鎌のように見えた。
そんな武器をいつの間にか握っていたリコルは、ゆっくりと立ち上がると自身の頭に響く声と同じ台詞を発していた。
「伝説のメモリー〝七流星の記憶〟。そのひとつ、全ての物質を魂に還元させ刈り取る防御不可能の剣⋯⋯獄剣〝ハルパー〟」
メモリーを握るリコルの手からは、止めどもなく強大な力が流れ込んでいく。
『それが私からお前へのプレゼント。どう気に入った?』
脳内に響く少女の言葉に、リコルはメモリーを見つめた。
(⋯⋯凄い。凄すぎます。何なんですかこのメモリー。全身に生気が満ちている。それに〝七流星の記憶って⋯⋯確か絵本に出てた空想のメモリーですよね? あなたは一体どこでコレを⋯⋯!?)
『ずっとね、持ってたんだ。そして待ってた。コレを使える人間を。そして渡しても良いと思える人間を。本当は詳しく説明したいんだけどそんな余裕は無い。今はアイツを倒さなくちゃな』
少女の不可解な言葉。
何よりも手に握りしめた謎のメモリー。
リコルにとっては到底理解することも出来ない事ばかりだったが、彼女の言うように今は考える暇などは無く、思考を切り替えて死神に集中する。
死神は右腕を切断された痛みに苦しんでいるようで、大量に流れ出る赤色の血を左手で必死に押さえつけていた。
「それ以上血を流したら死にますよ? もう、あなたに勝ち目はありません」
『ぐっ、ふざけやがって。もうこっちは情報のオンパレードで脳がパンク寸前だっての』
死神は傷口を抑える自身の左手に力を入れると、体を改造して無理やり流れる血を止めた。
『これで止血は完了。つっても失った血が戻るわけでもないし、回復とは程遠いけどな。けど、これでまだ少しは戦えそうだ』
「どうしてそこまでして私を殺そうとするんですか!?」
『世界を正すためさ。そのためならオイラは喜んでこの命を捨てる。アンタを道ずれにしてな』
静かに言う死神の言葉にはやはり余裕は無かったが、絶対に揺れることのない覚悟と信念が感じられた。
だからこそ、リコルもこれ以上の説得は諦めた。
もう、目の前の死神には何を言っても無駄であると理解したからだ。
リコルは右手に握りしめたメモリーを死神に向けながら、意識を集中させる。
(次の攻撃で仕留めます。だからもう少しだけ力を貸してください)
『わかってる。けど油断は禁物だよ。あの死神の攻撃は予測不能だ。けど、今のリコルなら大丈夫。本当の意味で能力を扱うことのできた、今のお前ならね』
少女の声にリコルは少しだけ勇気をもらうことが出来た。そして、全身には再び溢れんばかりの力が込みあげていく。
その力を感じながらも、リコルは先ほど死神の銃弾を防御しながら聞いていた少女の言葉を思い出す。
『お前の能力は毒の花弁を放出する遠距離型だ。けど、それは本当の能力じゃない。そもそも花弁に毒は含まれてはいないんだ。あれは高密度のエネルギーの塊で、自分以外には結果的に毒になるが、元はお前の身体能力を上げるための能力だ。花弁を纏うことでエネルギーを得て、高速で動くことができる。その速度は私と一体になった今、あの死神じゃとても追うことが出来ないはずだ。それに加え、今から渡す防御不可能なメモリーで攻撃すれば間違いなくアイツを倒せる。⋯⋯後はお前次第だリコル』
少女から説明されたその能力こそが、リコルが高速で動けていた理由だった。
今まで攻撃に使用していた花弁を、自身の首元に纏うことで高密度のエネルギーを供給し、目にも止まらぬ速度を手にすることが出来ていた。
だからこそ、魔獣の攻撃を回避し、死神に気づかれることなく腕を切断できたのだ。
そして、その能力を扱える今のリコルにならば、目の前の死神を倒すことは容易だった。
(この力なら皆の役に立てる。皆を守ることが出来る。後はそう、私次第だ⋯⋯!)
リコルは極限に高めた集中力を開放し、死神の方を真っすぐに見つめた。
「覚悟は出来ました。あなたが止まらないと言うのならば、私が斬るまでです」
自分に負けずとも劣らないリコルの覚悟。
それを感じ取った死神は、ようやく彼女の瞳に込められた謎の冷たさの意味を理解した。
『なるほど、オイラを殺す覚悟があるってわけだ。⋯⋯ホント、いろいろと成長しすぎだっての』
どこか関心を示すかのような死神の言葉。
それがリコルの耳に届いた刹那、彼女は手にした圧倒的な速度で死神の首元へとメモリーを振り下ろした。
その速度は人間の出せる限界を超えており、やはり死神の目で捉えることは不可能だった。だがーー、
「がはっ!?」
湾曲した刃が死神の首元に触れようとした時、リコルは激しい痛みと共に吐血し倒れてしまう。
全身が鈍器で殴られているかのように軋み、痛む。呼吸をすれば肺が押し付けられ、思考が痛みでかき乱され指一本すら動かせない。もはや何をするでもなく倒れて苦しむことしか出来ないのだ。
倒れて動けないでいるリコルを、死神は冷たく見下ろした。
『どれだけ覚悟があっても、成長したとしても、身体が言うことを聞いてくれなきゃ意味無いよな。結構ギリギリだったけど、ろくに体も鍛えてない痩せっぽっちのアンタが、突然の〝開花〟に耐えられるはずがないってのは思惑通りさ。そもそもまだ扱えていないんだろ? 完全に〝開花〟してたんならオイラはとっくにあの世さ。しかも中身があの記憶なら猶更な。⋯⋯これでオイラの勝ちだ』
死神はリコルへと左手を伸ばす。
その手に触れてしまえば、どうなってしまうかは氷漬けにされた少年や、溶かされた魔獣を見れば一目瞭然だ。
だが、リコルは動けない。
痛みを感じるだけで、死神の言葉すら届いてはいない。
「リコル!!」
慌てたティアナが叫び、剣を構えて走り出そうとした刹那、彼女の横を青色の閃光が走り抜けた。
その閃光はリコルに迫る死神の左手を短剣で弾くと、倒れて動けないでいる彼女へと呼びかける。
「相変らずの寝相だな。リコル」
「り、リオティスさん⋯⋯!」
リコルの目に映ったのは、青い髪をしたぶっきらぼうで嘘つきな可愛いヒーローの姿だった。