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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第2章 アンジュ~始まり~
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第21話 現実


「なんスか、あの魔獣の群れは!?」


 声を荒げるレイクの視線の先には、複数の魔獣が不気味に立ち並んでいる。


 蜘蛛のような膨れ上がった腹部に、長く細い八本の脚。

 やはりそれらの容姿から蜘蛛と言っても過言ではないのだろうが、大きさが本来のそれとはまるで異なっていた。


 全長三メートルはあるようで、明らかに人間よりも大きなそのサイズは魔獣であることを決定づけている。


 だが、蜘蛛型の魔獣などリコル達からすれば聞いたこともなく、何よりも不気味だったのはその頭部だ。


 本来の蜘蛛の頭部に当たる部分には黒く大きな鉄球のような物が付いており、さらには鋭く尖った棘に覆われている。それはもはや生き物の容姿とはかけ離れすぎており、見つめるリコルの全身からは嫌な汗が噴き出していた。


 驚愕するリコルたちに向かって、死神は自慢げに言う。


『これはオイラのペットさ。蜘蛛をベースに作り上げた人工の魔獣! つっても蜘蛛だから獣じゃないか? いやでも魔獣の血も流れてるし⋯⋯まっどうでもいいか』

「魔獣を作った? そんなこと出来るわけ⋯⋯」

『実際出来てるんだよな、コレが。信じられないなら身をもって味わいな!!』


 死神が指を鳴らすと、今まで静かに立つだけだった魔獣の群れが、一斉にリコル達へと襲い掛かった。


「っ⋯⋯!〈リコル〉!!」


 正面から不気味に襲い掛かってくる魔獣の群れに対し、リコルは反射的に能力を発動した。


 リコルの周りに咲き乱れる赤紫色の花弁。

 それは薄暗い洞窟を照らすように辺りに散らばると、一体の魔獣に向かって放出される。


「キシィィ!!」


 全身が毒の花弁に覆い隠された魔獣は気味の悪い断末魔を上げると、そのまま溶けて動かなくなった。


『へぇ、オイラのペットちゃんを溶かすなんて凄い毒だな。面倒だけど、これはオイラが操縦しなきゃ無理みたいだ』


 ドロドロに溶けてしまった見るに堪えない魔獣を冷静に分析した死神は、自身の両手を前方に突き出したかと思うと、何かを操作するように指先を動かし始めた。


 刹那、今まで単調な動きをするだけだった魔獣の内、数匹だけが異常な速度でリコルに襲い掛かった。


 咄嗟にリコルは再び毒の花弁を放つが、動きを変化させた魔獣には掠り傷を与えることもなく避けられてしまう。


 だが、リコルの花弁はそれだけでは終わらない。

 魔獣に躱されるや否や、方向を変化せて魔獣の背中へと標準を向ける。


「私の能力から逃げることは出来ませんよ!!」

『そいつは凄いや。けど、逃げれないのはアンタもだろ?』


 死神が仮面の奥でほくそ笑むと同時に、リコルは自身の目の前に迫る魔獣に気が付き、身を固めてしまう。


 いくらリコルの能力が敵を追尾しようとも、その攻撃が届く前に彼女自身が死んでしまえば当然能力も消える。

 さらに、リコルの能力は遠距離主体なため、近距離での攻撃手段を持ち合わせてはいないのだ。


 まるでそのことを理解しているかのような魔獣の動きは、既にリコルを殺すことが出来るだけの距離にまで迫っていた。


「させるか!」


 タロットが慌てて右手を広げる。

 すると、リコルの首元に降り降ろされた魔獣の鋭利な足が一瞬にして凍り付いた。


 動きを止める魔獣に対し、タロットは攻撃の手を休めない。

 続けざまに魔法を発動させ、魔獣の全身を氷漬けに固めてしまったのだ。


 そんな光景を目前で見たリコルは、自身の命があることに安堵しながらも、恐怖から座り込んでしまう。


「大丈夫かリコル!?」

「はい、すみません。急に力が抜けちゃって」

「気持ちはわかるが集中しろ! 間違いなくアイツの狙いはお前だリコル!!」


 タロットの声に、リコルは頷く。


 確かに今までの死神の言動を思い返すに、この迷宮に入るまでの全てが、自分を殺すための罠であるということはリコルにも理解出来ていた。


 何故自分の命が狙われているのか。目の前の偽物の死神やその仲間は一体何者なのか。様々な疑問が頭に浮かぶが、リコルは全てを振り払って何とか立ち上がった。


(怖い。意味が分からない。けど、私は死ぬわけにはいかない。もう、前までの生きる目的もなく、死にたがってた私じゃないんだ。私には生きる理由があるんだ⋯⋯!)


 リコルは震える身体に無理を言わせ、死神の方を睨んだ。

 彼女の目に宿る強い意志を感じ取った死神は、大きく溜息を吐く。


『先輩から聞いてた話と違うじゃんか。まさかここまで成長してるなんて⋯⋯こりゃ是が非でも心をへし折ってやりたくなる』


 死神はそう言うと、再び魔獣をリコルへと放つ。

 だが、それを黙ってみている程、タロットたちも甘くはなかった。


「いい加減にしろ! リコルはタロットが守る!」

「私がいることも忘れないでよね」

「そうッスね。俺もこれ以上は許せないッス」

「皆さん⋯⋯!」


 リコルを守るように立ちはだかったタロット、ティアナ、レイクの三人は、向かってくる魔獣へと攻撃を繰り出した。だがーー、


『そういう暑苦しいのは嫌いなんで。ちょっと現実見てもらうよ』


 死神が零したその言葉を皮切りに、複数の魔獣が三人をリコルから分断させるように動き始めた。そして、それはあまりにも呆気なく成功した。何故なら魔獣の数が多すぎたからだ。


「何なのよ、この数!!」


 ティアナは余裕のない声を荒げ、目の前の魔獣から攻撃を防ぐのが手一杯になっていた。だが、それは他の二人も同様だ。


 レイクも防戦一方で体力を削られていき、タロットも魔法を放てど放てど、一向に数を減らさない魔獣に辟易していた。


「流石に多すぎるな。だが、この程度でタロットが止まると思うなよ!!」

『思うよ。だってもうアンタは死ぬからね』

「ふん、タロットにはそういう精神的な攻撃は効かないーー」


 と、タロットが負けずに再び魔法を放とうとした時、突然自身の首筋に痛みが走った。


 それは痛みというよりは、チクっと細い針が刺さったかのような違和感に近かったが、それに気が付いたと同時にタロットが放とうとしていた魔法が途切れた。


(なっ!? 魔力が()()()()!!)


 まるで自身の魔力が消滅してしまったかのように、何も感じることが出来ないことに動揺を隠せないタロット。そんな彼女に向かって魔獣は足を突き出した。


 グサリ、と小さな音が迷宮の中に響き渡る。


 嫌な予感に襲われたリコルが咄嗟に音の方を見ると、タロットの腹部が魔獣の足によって貫かれていた。


「え⋯⋯」


 目を疑うような光景に、リコルは力なく声を漏らしていた。


 貫かれた腹部からは止めどもなく血が流れだしており、タロットはピクリとも動かない。

 誰が見ても死んでしまっているタロットを、魔獣は興味を失ったとばかりに放り捨てた。


「タロットさん!!」


 リコルが叫ぶも、タロットは返事を返さない。代わりに聞こえてきたのは、死神の笑い声だった。


『ははっ! いいねぇー、ようやくそれらしい顔になったじゃん。次はあの黒髪ちゃんかな?』


 死神の言葉にリコルが視線を動かすと、そこには魔獣の腹部から放出された糸によって拘束されているティアナの姿が映った。


「ぐっ、こんな糸⋯⋯」

『あぁ無理無理。その糸はオイラの自信作でね、鉄と同じ硬度だから記憶者(メモライズ)でもないアンタにゃ抜け出せないよ。⋯⋯つまり後はお食事会さ』

「食事って、まさか! や、やめて⋯⋯私はこんなところで死ぬわけには!!」


 と、ティアナは懸命に拘束から逃げ出そうとするが、ビクとも動かない。


「なっ!? タロっち! ティアナっち!! 今俺が助けにーー」


 今度はレイクが周りの状況を理解して走り出そうとしたその刹那、彼の顔に向かって魔獣の足が降り降ろされた。


「がぁッ!?」


 鋭い痛みがレイクを襲う。

 彼の顔には右目から顎に向かって真っすぐに深い切り傷が付けられ、痛々しい程の血が流れだしている。


『⋯⋯⋯⋯』


 レイクの姿を死神は黙って見つめ、何かを考えているようだったが、すぐ様にリコルの方へと向き直った。


 先ほどまでの強い決意はどこへ行ったのか。

 死神の目に映る彼女の顔は恐怖と絶望に歪んでおり、涙を流していた。


『これが現実さ。こんな醜い世界に希望なんてない。誰もが死ぬつもりなんてなくとも、(それ)は簡単に訪れる。平和は簡単に崩れ去る。そんな世界を変えるため、悪いけどオイラたちの糧となってくれ』


 死神はそう言うと、一体の魔獣を動かしてリコルに向けて足を振り上げさせた。


 その魔獣の足を虚ろな目で見上げるリコルには、もう生きる気力なんて微塵も無かった。


(私のせいだ。私がバカみたいに騙されて迷宮になんて入ったせいで皆が死んでしまう⋯⋯私のせいで⋯⋯)


 早まる鼓動に荒くなる息遣い。

 もはやリコルは絶望によって立ち上がることすら出来なかった。


(私はヒーローになりたかった。お母さんが笑ってくれるような生き方がしたかった。それだけなのにどうしてこんなことになってしまったの? どうして私の体は動いてくれないの?)


 頭ではわかっていても、一向にリコルの体は動かない。言うことを聞いてはくれない。それは入団試験で動けなかった自分と何ら変わりない。


(過去を乗り越えて、少しは憧れに近づいたと勘違いして、結局は何も変わってはいない。ずっと昔のままで成長なんてしていない。結局、私は何も出来ない⋯⋯)


 胸の中に渦巻く黒い感情。

 リコルの全身が絶望に飲み込まれてしまいそうになった時、とある声が頭に響き出した。


『そんなことないよ、リコル。私がついてる』


 突然に聞こえた声。

 それは今まで何度もリコルが聞き続けていた、もうひとりの自分の声だった。


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