第19話 リオティスVSカメレオン
目の前の幼い少女から放たれる殺気。
その殺気はリオティスの全身を突き刺していた。
リオティスは少女から片時も目を離さずに、今までの情報を頭の中でまとめていく。
(つまりこのガキはどこかの組織の一員。その狙いはリコルを迷宮へと入れさせることだった。けど俺たちがここに来ることがわかってなきゃ到底無理な作戦だ。⋯⋯考えたくはないが、情報が洩れてやがる)
バルカンが迷宮探索に行くと言い出したのはつい今朝のことだ。それから数時間しか経っていないのにも関わらず、少女はリオティスたちがここに来ることがわかった上で待ち伏せしていた。そんなことは通常不可能なはずだった。
(この場所に俺たちが来ることを最初からわかっていたとしたら、やっぱり内通者がいる可能性が高い。⋯⋯いや、それは今考えることじゃないな)
そこでリオティスは思考を止め、少女へと集中する。
少女の両手にはナイフが握られており、それは先ほどリオティスが咄嗟に触れて分解したナイフと同じ種類の物だった。
それが彼女の武器。
つまりは近接主体の攻撃だと予想出来る。
ならば少女が動いてからでも対応することは可能だ。
そう考えたリオティスは彼女の出方を伺った。
だが、まるでリオティスの考えを見透かしたかのように、少女は両手に持った二本のナイフを投擲した。
リオティスの顔に向かって真っすぐに飛ぶナイフ。
予想とは違う少女の動きに、一手リオティスは出遅れてしまう。
とはいえ、その程度の攻撃を防ぐことぐらいリオティスには容易だった。
リオティスは握った短剣を振るって、全てのナイフを弾き返す。だが、振り終わったリオティスの懐には、既に少女が潜り込んでいた。
投擲と同時に距離を詰めていたのだろう。
この近距離なら本来は少女に分があったが、リオティスの目に映った彼女の手には何も握られてはいなかった。
つまりは致命傷になるような攻撃手段を彼女は持っていない。
さらに少女の右手に記憶者の紋章が描かれていないことは既に確認済みだ。ならば今の彼女がリオティスの懐に潜り込んだ所で、精々が打撃を加えることしか出来ないはずだ。
瞬時に状況を分析したリオティスは防御をするために全身に魔力を流していく。だが、それこそが少女の狙いだった。
「〈笑う奇術師〉」
少女がそう呟いたかと思うと、彼女の右手が刀身へと変化した。
何が起きたのかわからずに硬直するリオティスへと、少女は無慈悲にも刃を胸に突き立てる。だがーー、
「ッ⋯⋯!」
少女の目に飛び込んできたのは黒色のパズルピース。アリの大群のように出現したそのピースは少女の刀身を包み込むと、瞬時に形を変えていく。
パキパキと音を立てながら組み合わさっていくパズルピースは、気が付くと鎖に形を変えて刀身に巻き付くと、ガッチリと少女の腕を拘束した。
ーーしまった。
少女がそう思った時には既にリオティスは攻撃の体制に入っていた。
短剣が少女の首元目掛けて振り下ろされる。
当然、右腕部分を鎖で拘束されている少女には回避することが出来ない。
だが少女の刀身となった腕が、今度は細い紐状へと変化した。
それによって拘束から脱出した少女は、寸でのところで短剣を躱すと、再びリオティスから距離を取った。
鎖を分解したリオティスは、空中に黒いピースを浮かべながらも相手の実力を把握する。
(自身の体を好きなように変化させる能力か。その能力で記憶者の紋章も隠していたのか。そしてナイフが攻撃手段だと最初に思わせておいて、本命の能力で隙を突く。⋯⋯俺の戦い方に似てやがる)
普段からリオティスが得意としている相手の隙を突く戦術と、目の前の少女の戦い方は似通っていた。どうやら二人は戦闘に対する考え方が似通っているらしい。
そう感じたのはリオティスだけではなかった。
「お兄ちゃん強いね~。まさか私の奇襲が効かないなんてびっくりだよ~。さっき手ぶらの私を見て魔力で防御したのも、能力に気が付いてないフリして私を誘うためだったんだね。あ~あ、何でバレたのかな~」
「能力を隠していたのはお前だけじゃないってことだ。そもそも、紋章の有無だけで油断するほど俺はバカじゃない」
「なるほど、やっぱお兄ちゃんも能力隠してたんだね~。しかも私の行動も見据えて予め能力を発動してたみたいだし。じゃなきゃあの黒いピースみたいなの間に合ってないもんね~。すっごいやり辛いなぁもう!」
「それはこっちのセリフだ。まるで鏡を見ているようで気持ち悪い」
「あっ! 女の子に気持ち悪いなんて言う男の人はモテないんだよ~?」
奇襲が失敗したというのにも関わらず、少女の余裕はやはり崩れない。
本来ならば正体を知られたリオティスを今すぐにでも消してしまいたいはずなのに、彼女からはそういった焦りがまるで見られなかった。
そのことを不気味に感じるリオティスだったが、少女は何やら耳に手を当てると話を始めた。
「もしも~し。コードネーム〈溶け込む者〉ちゃんなんだけど~、ちょっと失敗しちゃったし回収お願いしま~す。え? うん、ちゃんとターゲットは迷宮に誘導しといたよ~。でもぉ、その後に正体に気づいた人がいて~。ちょっと私じゃ勝てそうにないぐらいに強いから逃がしてくれない?」
ひとりでに話をする少女を不審に思ったリオティスだったが、どうやら耳に通話用の記憶装置が埋め込まれているらしい。
そして彼女の会話が事実ならば、今からでも逃げる手段があるということだった。
それを理解したリオティスは少女に向かって走り出す。
「逃がすわけねェだろ!!」
「ううん、逃げちゃいま~す! それじゃまたどっかで会おうねお兄ちゃん」
ヘラヘラと笑って手を振る少女。
刹那、彼女の指輪から黒い煙が噴き出した。
煙に包まれて見えなくなった少女の体に向かって、リオティスは短剣を振るった。
切り裂かれた煙の奥に少女の姿は無い。
次第に煙が晴れていくと、先ほどまで立っていた少女が綺麗さっぱりに消滅していた。
リオティスは辺りを見渡すが、どこにも人の気配はしなかった。
「クソッ!」
ぶつけようのない怒りを抱えながらも、リオティスは冷静になるように努めた。
突然豹変した少女。裏切者の可能性。謎の組織。リコルに迫る危険。
いくつかの与えられた情報を繋ぎ合わせながら、リオティスは迷宮の方を見た。
今までが全て何かの作戦だったのならば、その中心にいるのは間違いなくリコルだ。未だ全ての答えを出せていないリオティスだったが、彼女の身に危険が迫っていることだけは明白だった。
「⋯⋯もう、逃げることは出来ねェよな」
そう自分に言い聞かせるリオティスは震える体を無理矢理動かすと、ついに迷宮に入る決意を固めた。
(無事でいてくれ、リコル⋯⋯!)
焦る気持ちを抑えつつ、こうしてリオティスは迷宮の中へと入っていった。