第18話 決意②
真っすぐなリコルの瞳。
それを受けたリオティスもあの日の出来事を思い出す。
弱弱しく今にも死にそうな目をしていたリコル。
そんな彼女からは想像もできなかった強い瞳に魅入られて、リオティスはギルドに入ることになった。
信念の宿った強い瞳。
それがどんな言葉にも揺らがないことをリオティスは知っていた。
「迷宮に行く。その気持ちはもう変わらないんだな?」
「はい」
「⋯⋯わかったよ。なら好きにしろ」
「ちょっ!? 本気かよリオティスにリコルも! 勝手に迷宮に入るのはマズイって!!」
アルスが驚いて二人を止めようとする。
だが、彼を遮ってティアナとレイクが言う。
「なら私も行くわ。貴方ひとりじゃ流石に危険よ」
「じゃあ俺も行くッス! なんたって仲間ッスからね」
「ティアナさん、レイクさん⋯⋯ありがとうございます!!」
二人に頭を下げるリコル。
ティアナはどこか恥ずかしそうに頬を赤らめ、レイクは嬉しそうに笑っていた。
そんな三人に向かって、アルスは必死に説得を続ける。
「いやだから危ないって! 何考えてんだよお前等!!」
「⋯⋯私も同感」
アルスに続きルリも頷く。
当然リオティスも反対であったが、仕方なく二人に言った。
「しゃーねェだろ。もうこいつ等止まりそうにねェし。お前等は行きたくないなら近くにいるはずのバルカンを探してきてくれよ」
「いやいや! だってその間に迷宮行くんだろ! 危ないって!!」
「こうしてる間にもこいつ等は迷宮に行っちまうぜ?」
「⋯⋯じゃあ私がバルカンを探す」
「ルリちゃんがひとりで!? それってでも⋯⋯」
と、アルスがルリとリコルの二人を見比べながら、何かを考え始める。その表情は動揺で埋め尽くされており、はっきり言って正常な判断が出来ていないようにリオティスには見えた。
「あぁもうっ、わかったよ! ルリちゃん、早いとこバルカンさんを探しに行こう!!」
「⋯⋯わかった。すぐに戻る」
未だアルスは納得していない様子だったが、自分だけではリコルたちを止めることが出来ないと察したのだろう。そこで一刻も早くバルカンを見つけて呼んでくることが最善だと理解したアルスは、ルリと共に来た道を戻っていった。
その後ろ姿が見えなくなったところで、ティアナが動こうとせずに座っているリオティスへと視線を落とした。
「⋯⋯それで、貴方はどうするつもり? まさかこのままここに居座るつもりじゃないでしょうね?」
「そのつもりに決まってるだろ。どう考えても迷宮に入ったら死ぬんだぜ? なら俺は生き残るために徹するだけだ」
「熟最低な男ね。いいわ、どうせ貴方みたいな雑魚が居ても足手まといになるだけよ。ほら、早く行きましょう」
「は、はい⋯⋯」
ティアナに引っ張られるような形で、リコルも迷宮へと足を進める。
だが、リコルは歩きながらもリオティスの方を心配そうに見つめていた。彼女が言い出したこととはいえ、リオティスにも来てほしかったのだろう。
それでも動こうとしないリオティスに向かってタロットが尋ねた。
「いいのかご主人。三人だけじゃ、はっきり言って危険すぎだ」
「だからってリコルは止まらないだろ。それはお前も知ってるはずだ」
「あぁ、だからせめてご主人が傍で守ってやらないと。そうだろ? それに⋯⋯」
そこでタロットはリコルたちの方を一度振り向き、ここから先の声が届かないことを確認すると、再びリオティスに向き直って言った。
「あの偽物の死神は、ご主人から聞いた宿を燃やした奴とは間違いなく別人だぞ。同じ魔法師ならタロットにもわかるからな。でも、あの偽物は魔法師じゃなかった。この意味、ご主人にならわかるだろ?」
タロットの言葉に、リオティスは表情を曇らせた。
確かに、あの死神は以前出会った偽物とは全くの別人だった。魔法を使わないこともそうだが、何より言葉遣いや雰囲気がまるで違う。それは直接対峙したリオティスが一番よく理解していた。
そして、それはつまり少なくとも偽物の死神は二人存在し、そのどちらもが仲間である可能性が高いということを示していた。何故なら二人ともが全く同じ容姿、同じ記憶装置の仮面を装着していたのだから。
だからこそ、あの迷宮にリコル達で向かわせるわけにはいかない。そもそもただの迷宮だったとしても、リコルたちの死は濃厚なのだ。それほどまでに迷宮が危険であることをリオティスは知っていた。
だが、それ以上にリオティスは怖かったのだ。
目の前で大切な人が死ぬ姿を見るのが。何も守れずに失ってしまうことが。
だからリオティスは動けない。
それが間違いであることをわかっていながら、過去のトラウマに縛られて、正しい道を進むことが出来ずにいた。
(このままじゃリコルが死ぬかもしれない。けどもしも助けに行ってリラのように目の前でリコルに死なれたら、きっともう俺は立ち直ることが出来ない。⋯⋯俺は一体どうしたらいい)
考えても考えてもリオティスの体は動かない。答えがわかっているというのにも関わらず動いてくれない。
そんなリオティスの様子を見つめた後で、タロットは背中を向けた。
「⋯⋯ご主人が何に苦しんでいるのかタロットにはわからない。けどタロットはご主人に幸せに生きていてほしい。だから無理はしないでくれ。タロットが迷宮に行ってリコルたちを守る。⋯⋯約束だ、ご主人」
そう言い残すと、タロットはリコルたちの後を追って迷宮の中へと入っていった。
残されたのはリオティスと少女だけ。
リオティスはタロットの後ろ姿を見つめるだけで、結局立ち上がることはなかった。
◇◇◇◇◇◇
リコルたちが迷宮へと姿を消して十分程経過した。
その間リオティスは座りながら俯くのみで、何もすることはなかった。
何度も何度も考え、そしてまた考える。
その繰り返しの中でも、やはりリオティスは迷宮へ向かうことは出来なかった。
そもそも誰かは少女の面倒を見なくてはならないのだ。さらにはアルスたちと入れ違いになったバルカンが来る可能性だってある。だからこそ誰かが残らなければならなかった。
だが、その残るべき人間が自分では無いこともリオティスはわかっていた。
(⋯⋯何やってんだよ、俺は。せっかくギルドに入ったっていうのに何も変わっていないじゃねェか)
リオティスはそうやって自分を責めるが、彼の心の奥底にある恐怖と絶望はそれほどまでに大きかった。
すると、そんな俯くリオティスに向かって少女が震えながら近づく。
「⋯⋯お兄ちゃん。あれ、誰?」
「あ?」
自分の腕を掴む少女。
彼女はリオティスの背後を指差しており、明らかに怯えていた。
咄嗟にリオティスは少女を守るようにして背後を振り向くが、そこには誰も居なかった。
「何だよ。誰も居ないじゃないか⋯⋯」
と、リオティスが再び少女の方を見ようとした刹那、腹部に衝撃が走った。
見ると、少女の手には一本のナイフが握られており、それをリオティスの脇腹に突き刺していたのだ。
「エッヘヘ~、これで間抜けな死体の出来上がり⋯⋯ってありゃりゃ?」
ナイフで刺したはずなのにも関わらず、手ごたえが無かったことに驚いた少女は、不思議そうに自分のナイフを見る。
そこには刃の部分が全てピースに分解されて殺傷能力を失った柄だけが残されていた。
「うっそ~ん! 絶対殺したと思ったのに!!」
ケタケタと演じるように笑う少女は、咄嗟にリオティスから飛び退いて距離を取る。
その表情は先ほどまでのあどけなさなどは微塵もなく、読めない笑顔と不気味な雰囲気に包まれていた。
少女は不思議そうにリオティスに尋ねる。
「まさかバレてたなんてな~。私結構演技派なんだけど」
「正直驚いてるよ。けど俺は最初っから誰も信用してないだけだ」
「うわ、人間不信ってやつだ! 可哀そう~。私等の中にもそういう捻くれ者いたな~」
「私等って、お前どっかの組織の人間か?」
「あっ! いっけな~い! そういえばコレ言っちゃダメなんだった。お口チャックチャックだよ~。まっ、でもどうせバレちゃったし関係ないか!」
少女はやはり不気味に笑うだけ。
もはやリオティスの目には彼女が幼い少女には見えなかった。
氷のように冷たく、人の温度を感じられないまるで機械のようだ。その表情や仕草には心が籠っていないようで、幼い見た目も合わさり余計に不気味だった。
「それにしても、もう少し簡単に迷宮に誘導できると思ったのに、案外慎重だよね~。もう少しで作戦がおじゃんだったよ、もぉ~。何とか天才な私の演技に引っかかってくれたからよかったけど」
「誘導って、じゃあお前の家族ってのはーー」
「うん、嘘だよ! ルー君なんてその場しのぎで出た名前でーす。あの死神さんも私の仲間! あ、でもあの男の子は別だよ? さっき適当に誘拐しただけだから。でも、これで目的のリコルちゃんは迷宮に誘導出来たからオッケーだよね~」
「ふざけやがって! お前、最初からリコルが目的だったのか!?」
「あっ! いっけな~い! また喋っちゃった~」
言葉とは裏腹にやはり余裕が崩れない少女。
だが、リオティスは今それどころではなかった。
(つまりこいつの組織はリコルを狙っているのか? だがどうしてリコルを? そもそもリコルを迷宮に誘き寄せて何を企んでいるんだ?)
様々な疑問が一気に湧く。
そんなリオティスに向かって少女は、
「バレちゃったのは仕方ないよね~。そんじゃ、さっさと殺してそのお口チャックチャックしてもらおうかな~」
そう言って、懐から新しいナイフを取り出して握りしめる。少女からはどす黒い殺気がリオティスに向けて放たれていた。