第17話 決意①
迷宮へと姿を消した死神に対し、リオティスは追いかける足を止めた。
「⋯⋯こうなると益々厄介だな」
目の前に広がる迷宮の入り口を見つめながら、リオティスは他の団員達の方を振り向く。
「オイ、追跡はここまでだ。止まれお前ら」
「何を言ってるの! あの死神をこのまま放っておくつもり!?」
「状況を考えろ。これはもう、俺たちだけでどうにかなる問題じゃない」
怒りの表情で睨むティアナを制し、リオティスは迷宮の方を指さした。
「あれが迷宮なのはわかってるよな?」
「えぇ、わかるわ。でもだからってーー」
「じゃあ、その危険度もか?」
「っ⋯⋯」
リオティスの余りにも冷たい声に、ティアナは何も言い返せなかった。
押し黙るティアナを他所に、リオティスは全員に向かって冷静に状況を伝えていく。
「まず、この迷宮は十中八九、攻略されていない迷宮だ。その証拠にディザイアが管理をしている形跡がまるでない。つまり、一切の情報がない攻略難易度不明な迷宮ってことだ」
「ちょ、ちょっと待てよ! ここは帝都モントレイサの付近だぜ? そんな場所にある迷宮をディザイアが気が付いていないことあんのかよ!」
ティアナに続き、アルスも反論の言葉を投げかける。だが、それは至極まっとうな意見だった。
迷宮とはとある条件を達成することで攻略することが出来るのだが、攻略前と攻略後ではその危険度がまるで違う。
攻略前の迷宮は、内部に存在する魔獣の数も多く、必然的に〝ネスト〟の数も多い。さらには内部の構造も、まるで迷宮そのものが生きているかのように変わり続け、放置すればするほど危険度も上がりやすい傾向にある。
だからこそ、ディザイアは攻略していない迷宮ほど特に危険視しており、見つけ次第攻略を開始するのだ。だが、今目の前にある迷宮は、帝都の近くという最も警戒され、常に監視されているであろう場所にありながら、攻略がされてはいない。それは本来ありえないことだった。
「確かに帝都の近くで攻略されていない迷宮があるのはありえない話だ。だが、お前らも知ってると思うが、迷宮は神出鬼没だ。いつどこに迷宮が現れるのかは、ディザイアの技術をもってしても予測することは出来ない」
「じゃあなんだよ。あの迷宮は今さっき出現したばかりのもので、そんな迷宮に都合よく死神が逃げていったっていうのかよ!!」
「⋯⋯あぁ、だから危険なんだ。お前の言うように偶然ってことはないだろう。間違いなくあの迷宮はあの死神野郎が望んだ形で出現した。いや、そもそもアイツの所有物である可能性が高い」
リオティスの発言に、この場にいた全員の表情に緊張が走った。どうやら状況を理解したようだ。
「つまり、あの迷宮はただでさえ俺たち新人には荷が重い難易度不明な迷宮。そして正体不明な死神のアジトである可能性が高く、罠や他の敵の待ち伏せも想像できる。はっきり言って俺たちだけじゃ死にに行くようなものだ。ここは一度バルカンとの合流を優先して、その後で他のギルドに任せる方が無難だろ。反論、無いよな?」
問いかけたリオティスの言葉に、もう誰も反論することはなかった。
皆が静まり返る中、ティアナは悔しそうに唇を噛む。
先ほどまでよりも冷静になったとはいえ、やはり今すぐにでも迷宮に入り、死神の後を追いたいという気持ちは変わらない。だが、そんな我儘を押し通せるほど今の自分に力がないことも痛いほどわかっていた。
下を向き震えるティアナ。
彼女の隣に立っていたリコルにも、その気持ちは伝わっていた。
(ティアナさんも、この場にいる全員がきっと同じ気持ちなんだ。私だってそうだ。でもリオティスさんの言うことが正しい。それがきっと最善だ。でもーー)
リコルが自分の内に広がる感情を考えているとき、背後から声が聞こえてきた。
「⋯⋯う、ぅ。どこ、ここ?」
その場の全員が声の方を一斉に振り向く。
すると、そこには先ほどまで気を失って倒れていた少女が、頭を手で押さえながら起き上がろうとしていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
すぐ様にリコルが少女の傍に駆け寄る。
だが、一方の少女は記憶が錯乱しているのか、不思議そうに首を傾げた。
「あなた、だあれ?」
「私はリコル。安心してください。私たちはあなたの味方です」
「味方?」
「はい! えっと、あなたはどうしてこんなところに⋯⋯」
と、リコルが疑問を投げかけようとした時、少女が突然泣き出した。
「うぅ、ひっく。私ね、私⋯⋯」
「大丈夫落ち着いてください」
「今はそっとしてあげた方がいいわ。この子はまだ幼い。今すぐ話を聞くのは無理よ」
少女を落ち着かせようとするリコルに、ティアナはそう言った。
確かにその方がいいのかもしれない。
リコルもそう思って頷くと、
「助けて⋯⋯!」
震える手で、少女がリコルの袖を掴んだ。
「ルー君を助けて。私の、私のルー君を助けて!」
「っ⋯⋯」
目に大粒の涙を浮かべながらも、必死に訴えかける少女の姿。きっと彼女の言うルー君とは、死神に連れ去られた少年のことなのだろう。
自分も怖くて仕方がないはずなのに、まだこれほど幼いというのに、少女の口から出たのは他の誰かを想っての言葉だった。
それを聞いた瞬間、リコルの決意も固まった。
「ルー君というのはあなたの家族ですか?」
「⋯⋯うん」
「ならその家族私にも守らせてください」
リコルはそう言ってほほ笑むと、リオティスの方を振り向いた。
「私、今からひとりで迷宮に行きます」
「なっ!? 正気かお前!!」
リコルの突然の発言に、リオティスだけではなく、他の団員も驚きを隠せずにいた。
だが、彼らを見るリコルの表情は真剣そのものだった。
「私は正気です。私はひとりでも迷宮に行ってあの子を助けます」
「ふざけるな! お前ひとりが迷宮に入って何が出来る。死ぬだけだぞ!」
「でも、だったらあの子はどうなるんですか! バルカンさんを待って、他のギルドを待って、それで間に合うんですか!?」
「だからってお前が行っても助けられるわけじゃないんだぞ! 本当に死にたいのか!!」
「⋯⋯確かに死ぬのかもしれません」
「ならーー」
と、リオティスがその先をいうよりも早く、リコルが遮った。
「でも、今ここで助けに行かないことも死んでいると同じなんです。リオティスさんと出会ったあの時の私のように、そこには生きている意味なんてないんです。私はここで逃げてしまったら、明日の私はそれを許さないと思います。もう真っすぐに生きることが出来ないと思います。そんなのもう嫌なんです! だって私が憧れたヒーローは、私を助けてくれたヒーローはそんな逃げた道の先にはいないから⋯⋯!」
熱い決意を胸に、リコルは思いの丈をリオティスにぶつけた。
それを聞いたリオティスの目に映る彼女の姿は、貧民街で自分をギルドに誘った時と同じ、真っすぐな信念を宿した強い瞳をしていた。