第14話 迷宮探索
魔獣騒動から一週間後。
街の復旧が進む中、ディザイアからは特に何も語られないまま平穏な日々が過ぎていた。
そんな時、今まで寝ているだけだったバルカンが突然こんなことを言い出した。
「お前等、今から迷宮に行くぞ」
余りに自然と言うものだから、聞かされたリオティスたちの反応も遅れてしまう。
「今なんて言った?」
「だから迷宮探索だよ。今後依頼に応じて迷宮へ行ったり魔獣と戦ったりもするからな。この前みたいな事件がまたいつ起きるのかもわからねェし、今の内慣れさせておこうと思ってな。と、いうわけで先にお前等は迷宮に向かっておいてくれ。場所はルリに伝えてある」
「⋯⋯まかせて」
バルカンが指さす先ではルリが無表情で親指を立てている。
その手にはペロペロキャンディーを持っており、どうやらお菓子を条件にルリはバルカンの指示を聞いているようだった。
(バルカンの奴、この間ともいいルリを完全に手懐けてやがる⋯⋯)
リオティスは二人の様子に以前のフィトと共に遊ばれた出来事を思い出してしまい、不安を感じていた。
とはいえ迷宮探索をすること自体はリオティスも賛成であった。
〈月華の兎〉に入団してからというものの、多少の訓練を行うばかりで一向にギルドらしいことをしていなかったのだ。
それは他の入団者たちも同様のようで、興味津々に話を始めた。
「いいッスね、迷宮探索! ようやくギルドっぽいことが出来るんスね!」
「だな。ようやく俺の華麗な戦闘を女の子たちに見せれるってわけだな!」
「ふん、まぁ少しは楽しめそうね」
「私も迷宮に行くの初めてなので楽しみです! けどちょっと怖くもありますね⋯⋯」
「安心しろリコル! タロットたちにはご主人が付いているのだからな!」
などと全員が一斉に迷宮への期待に胸を膨らませる。
だが、ひとりだけその輪に入れていなかったフィトが不貞腐れたように言う。
「で、何でボクだけお留守番なのですか!? ボクだって迷宮に行きたいです! 魔獣をぶっ殺したいです!!」
「わがまま言うなよ。お前折れた腕まだ治ってないだろ」
「関係ありません! ボクには燃え滾るように熱い心があるので大丈夫です!」
「不安しかねェよ⋯⋯オイ、ロメリア。この脳筋女をちゃんと見張っておけよ」
「まっかせてください! それじゃあフィトちゃんは私と一緒にお留守番しましょうね」
「うぅ⋯⋯嫌です。ボクも迷宮に行きたいぃ」
ロメリアがあやすようにフィトの頭を撫でるが、当の本人は未だ諦めきれていないようで、ジタバタと駄々をこねている。
その様子にバルカンも呆れていたが、彼がどうにか止めようとする前に、ロメリアが勢いよく傍の机に拳を振り下ろした。
「いい加減に静かにしろ!! 言うこと聞かねェならぶっ飛ばすぞ!!」
「は、え、えぇ!? ロメリアさんが怖いです!!」
「⋯⋯え? あっ、私ったらつい! ごめんなさいフィトちゃん、ケガしてないですか?」
「いや、その⋯⋯すいません。ボクが悪かったです。お留守番するので許してください」
ロメリアのあまりの豹変ぶりにフィトは顔面を青くさせながら大人しく椅子へと腰を下ろした。
周りの入団者たちも驚いていたようだったが、リオティスとリコルとタロットは一度ロメリアのもう一つの人格を見ていたので、そこまでの驚きは無かった。
(それにしても普段温厚な人ほど怒ると怖いって本当なんだな。俺も気を付けるか⋯⋯)
リオティスがそんな風に考えていると、ふと隣に立っていたアルスへと視線が移動した。
彼もロメリアの変わりように驚いていたが、その反応は他とは違っていた。
恐怖の感情など一切なく、寧ろどこか懐かしいような、嬉しいような、そして悲しいような複雑な表情を覗かせている。そんなアルスの今までとは全く違う表情に、リオティスは謎の違和感を持った。
「オイ、どうかしたのか?」
「⋯⋯⋯⋯リ」
「ん? オイ聞いてんのかよ」
「えっ、あぁ悪い悪い。ちょっと驚いちゃってさ」
「そりゃ最初は驚くだろうが、なんかお前変じゃなかったか?」
「そうか? いや、実は俺結構強気な女の子もタイプでさ! ああいうロメリアちゃんもまた素敵だよなぁ。天使と悪魔を兼ねそろえたまさに最強って感じ! 鞭とか持ったら似合うだろうなぁ」
ぐへへへと、気味が悪い笑みを浮かべるアルス。
どうやら今までの彼に戻ったようだが、やはりリオティスにはあの表情が気になった。
とはいえアルス本人が話そうとしないならば、こちらから無理に聞く必要もないだろう。
そこでリオティスは気を取り直してバルカンへと尋ねた。
「それで、何でお前は一緒に行かないんだよ」
「ちょっと今から用事があってな。つってもそんな時間掛からねェし、俺が来るまで迷宮の近くで待っててくれや。それとも何だ? 俺が常に一緒じゃねェと寂しいのか?」
「そんなわけあるか」
「ククッ、冗談だ。そんじゃ俺はさっそく行ってくるし、ルリはちゃんと道案内しろよ。そんでロメリアとフィトは留守番よろしく」
「⋯⋯まかせて」
「はい! ちゃんとフィトちゃんは私が見ておきます!」
「⋯⋯みんな、気を付けてください」
お菓子を頬張るルリと、何故だか楽しそうなロメリア。そして未だ怯えて元気のないフィトが返事をするのを確認すると、バルカンはギルドから出ていった。
残された入団者たちもルリの案内の元、ギルドを後にしようとする。だが、
「あっ、ちょっと待ってくださいッス!」
「どうかしたのか?」
「ちょっと部屋に忘れ物したッス! 数分だけ待っててもらっていいスか?」
レイクがどこか申し訳なさそうにそう言うが、それぐらいどうということもなかった。
皆がレイクに対して頷くと、彼は慌てて二階への階段を駆け上がっていく。
その様子を見つめながら、リオティスはぼんやりと考え事をしていた。
(迷宮に入るのはリラを失ったあの日以来、か)
リオティスがそのことを思い出すと、少しだけ手が震えた。
(大丈夫だ。あんな出来事は二度と起きやしない。俺も前に進む時が来たんだ)
再び目を開けたリオティス。
彼の目にはタロットと楽しそうに話すリコルの姿があった。
そう、自分はもうひとりではないのだ。
そのことに気が付いたリオティスの手は、もう震えてはいなかった