第13話 ガールズトーク
リオティスが苦悩していたその頃、もう一つの部屋でも賑やかな声が響き渡っていた。
「ご主人のいいところ三十二個目は、料理を食べるのが綺麗なところだ! あの可愛らしい性格なのに箸の持ち方や食べ方が綺麗というギャップもいいのだ!」
「そうなんですよ! リオティスさんって意外と繊細ですもんね。そこがまた素敵で⋯⋯」
「いや、何の話を延々と続けているんですか」
先ほどから二人して熱く語っているタロットとリコルに、冷静なツッコミをフィトが入れた。
「あんな屑野郎の話なんてやめた方がいいですよ」
「ご主人は屑じゃないぞ! 確かに接し方は独特だが、根は優しいんだぞ」
「そうですよ! リオティスさんはとっても素敵な人なんです!」
「うわ、既に洗脳済みなんですね⋯⋯あんな男のどこがいいのかわかりませんよ。ティアナもそう思わないですか?」
フィトは顔を引きつらせながらも、同じ理解者であるはずのティアナへと投げかける。
彼女はフィトの隣で布団の上に転がっていたのだが、何やら苦しそうな表情で何度も寝返りを打っていた。
「⋯⋯そうね。あんな屑は死ねばいいと思うわ。奴隷を買うなんて最低よ。確かに顔は可愛いけど、だからって調子に乗りすぎよ」
「ですよね! それにしてもティアナさっきからどうしたんですか? やけに寝苦しそうですけど」
「私ベッド以外で寝たことないから⋯⋯」
少しだけ恥ずかしそうに言うティアナ。
そんな彼女にタロットが興味深そうに反応する。
「ティアナは貴族かなんかなのか?」
「どうしてそう思うのかしら?」
「今の発言もそうだが、どこかタロットたちと雰囲気が違うと思っていたしな。それにこういった場に慣れていないようにも見える。何よりその剣も相当高価なものだろう?」
タロットが指さしたのは、ティアナの隣に置いてある白銀の剣。
それは確かに一般の人間が買えるような代物ではなく、彼女が普段から使用している人工のメモリーと比べても、扱いが大分違うようにタロットには思えた。
タロットの言葉にティアナは暗く険しい表情を覗かせると、隣に置いてあった剣にそっと手を触れさせて言った。
「意外と鋭いのね、貴方。けど貴族と言うには少し違うのかもしれないわね。今はそういう認識でいいけど、これ以上の詮索はしない方が貴方の身のためよ」
ティアナの温度の低い声。
それによって部屋の中に重い空気が流れた。
恐らくティアナが只者でないことはタロットたちにも理解できたが、どうやら簡単には触れてはいけないほどの過去があるらしい。
そこでタロットは場の空気を変えるためにも、努めて笑顔を作り話題を反らした。
「ちなみになんだが、お前たちは気になる異性がいたりしないのか? タロットは当然ご主人一択だがな!」
「あっ、ズルいですよ! 私もリオティスさん一筋です!!」
リコルが乗り気になって対抗心を燃やすが、フィトは何やら良くない流れを察知して気配を殺した。だが、当然タロットが見逃すはずもなく尋ねだす。
「それでフィトはどうなんだ? やっぱりご主人が一番だよな?」
「うっ、やっぱりボクにもきますよね⋯⋯けどボクはあんな屑に興味無いんで。そもそもまだ日も浅いのに気になる異性もクソもないですよ」
「そう言わないでくださいよ! じゃあせめて話やすい人ぐらいの感覚でもいいんで教えてください!」
タロットに続いてリコルも興味津々で身を乗り出した。
この歳の女性は色恋沙汰に興味があるようで、もはやこの流れを変えるだけの方法をフィトは思いつかなかった。
当然フィトもそういった異性への興味を持ってはいたが、彼女が〈月華の兎〉に入団したのはそんな甘酸っぱい青春を送るためではなく、もっとどす黒い理由があった。
そのため話すことなど何も無かったのだが、逃れる術も持っていなかったため、仕方なく口を開いた。
「そうですね、強いて言うならレイクですかね。彼は気さくで優しいですし、それにボクの憧れの人に雰囲気が似ているんですよね。一緒に居ると心が温かくなるというか、安心できます」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
フィトの話を聞いて、タロットとリコルの二人はニマニマと不気味な笑みを浮かべながらフィトのことを見ていた。
その表情を見てフィトは自分が何を言ったのかを理解して、突然顔を赤らめた。
「い、いや、別に深い意味はないですからね! 好きとかって意味じゃないですからね!?」
「聞きましたタロットさん。フィトさんはレイクさんのような人がタイプなんですって!」
「うむ、確かにレイクはいいやつだからな! それにしても意外な気はするな。フィトがレイクのことが好きだとは⋯⋯」
「だから違うって言ってますよね!? あぁもう! だからこういう話は嫌だったんですよ!!」
「わかってますってフィトさん」
「そうだそうだ。タロットたちはちゃんとわかってるからな」
「だったらそのニヤニヤ顔やめてくださいよ!!」
言葉とは裏腹に未だ笑っている二人に、フィトは恥ずかしくなって枕に顔を沈めた。
気が付けばタロットとリコルのせいで、テンションが可笑しくなっていたらしい。
フィトは自分の軽はずみな発言を後悔した。
すると、今度はティアナへと標的を変えたタロットが尋ねる。
「じゃあ次はティアナだな。お前は誰が好きなんだ?」
「残念だけど私は本当に異性になんか興味ないわ」
「ズルいですよティアナ! ボクだってこんな目に会ってるんですから、ちゃんと白状してください!!」
「そう言われても本当にいないもの。それに男は皆ゴミ屑ばかりだから微塵も興味ないわ」
堂々と言い放つティアナだったが、その発言にリコルがポツリと言葉を漏らした。
「それってつまり女性が好きってことですか?」
「なっ!? ち、違うわよ!! そういう意味じゃ決してないわ!」
「なるほど⋯⋯ティアナは女好きだったんだな。道理でその美貌で男っ気が無いはずだ」
「けど私ティアナさんみたいに綺麗な人ならいいかなぁって思えますよ。あっ、もちろん私が好きなのはリオティスさんなのでお断りしますが」
「だから違うって言っているでしょう!? それにどうして私が振られたみたいになっているのよ!」
「諦めましょうティアナ。あの頭ピンクさんたちには何言っても無意味ですから」
フィトが同情の眼差しでティアナの方を見た。
どうやら彼女はもう諦めが付いたらしい。
一方未だ納得のいっていなかったティアナは、ぎゃーぎゃーと反論を並べていくがタロットたちの耳には届かない。
タロットはティアナを無視して最後に残ったルリへと言葉を投げかけた。
「じゃあ最後はルリだな。お前は好きな人いるのか?」
「⋯⋯私の好きな人は決まってる」
相変わらずの無表情で答えるルリ。
だがだからこそルリが好意を寄せている相手への興味が一気に膨れ上がっていく。
先ほどまで顔を赤らめていたフィトも、騒ぎ立てていたティアナも、いつの間にか固唾を飲んでルリの次の言葉に耳を傾けていた。
そんな注目の集まる中、ついにルリの口が開かれた。
「⋯⋯私が好きな人はバルカン。だって言うこと聞いたらお菓子をくれるから」
「それ、バルカンさんじゃなくてただお菓子が好きなんじゃ⋯⋯」
余りにもズレた考えについリコルがそう言うが、周りの女性も同じ考えならしく呆れ顔を見せていた。