第11話 世界二位のギルド②
「ケェ! このチョコレートんめェなァ。どこで買ったんだァ、チビィ」
「⋯⋯私のおすすめのお店。今度連れてってあげる」
「約束だぞォ。絶対ェ連れてけよォ。絶対だかんなァ!」
「⋯⋯うん。それにしてもルフスも話がわかる。このお菓子の良さに気が付くなんて」
「そういうチビもやるじゃねェかァ。俺のダチにさせてやるよォ。ケケェ!」
先ほどまでの殺伐とした空気はどこへ行ったのやら。楽しそうに話をするルフスとルリを見て、リオティスは困惑の表情を浮かべていた。
「⋯⋯どうなってんだコレ。何であいつ等あんなに打ち解けてるんだよ」
「ボクが知るわけないでしょう。あぁ、もうなんか腕の痛みと疲労と次々入ってくる情報のせいで限界です。もう考えるのも面倒くさいです。というわけでボクはもう知りません。勝手にやってください」
投げやりにフィトはそう言うと、乗っていたシャボン玉に顔を沈める。
「寝るのはいいがまた漏らすなよ」
「だから漏らしては⋯⋯はぁ、もういいです。とにかくボクは寝ます。激ねむです。後はよろしくお願いします」
茶化すリオティスに怒る気力も無いようで、フィトはぐったりと横たわったまま動かなくなった。
どうやら相当に疲労が溜まっているらしい。
仕方なくリオティスはフィトをそっとそのままにしておくが、目の前に生まれた新たな問題に対しては何一つとして解決はしていなかった。
(どうすんだこの状況。もう帰ってもいいか⋯⋯)
頭を悩ますリオティス。
そんな彼を他所に、ルフスとルリは相変わらず談笑をしていた。
このままでは埒が明かない。
決心したリオティスが、ルフスに向かって言葉を投げかけようとしたその時、
「やっと見つけましたよ団長。勝手に飛び出すのホント勘弁してくださいよ」
聞こえてきたのは男の声。
リオティスが振り向くと、そこには疲れたように肩で息をする若い男の姿があった。
女性のような長い髪をひとつに纏めて背中に垂らし、黒いスーツを身に纏う。どこか几帳面に思える容姿や雰囲気とは裏腹に、彼の細い糸目からは感情が読み取れず不気味さを醸し出していた。
特に腰に差している一本の刀剣。それは刀身が長く、とても振り回せるような代物ではなかったが、飾りというわけでもなく、男にはそれを扱えるだけの実力が備わっているようだった。
男はルフスの元へと近づくと、うんざりするように続ける。
「勝手な行動は慎んでください。貴方はSランクギルドの団長なんですよ?」
「分かってんだよォ、そんぐらい。お前はいつも気にしすぎなんだよ、ウィスター」
「それだけの立場ということを自覚してください。それで、魔獣は討伐されたのですよね?」
ウィスターと呼ばれた細目の男は、怪訝そうにルフスに尋ねた。
「あぁ、喰ってやったぜェ。つってもクソ不味かったがなァ」
「ハァ、やっぱり⋯⋯」
自慢げに答えたルフスとは打って変わり、ウィスターの表情からは落胆が色濃く見えた。
「あれだけ魔獣は喰うなと言いましたよね? 魔獣の死体が無ければどうやって貴方が倒したことを証明するのですか」
「こんだけ観衆がいんだろォがァ。証拠はいくらでも出してくれるだろォ」
「そういうわけにもいきませんよ。魔獣の死体は上に報告するには絶対必要なんです! せっかくポイントを稼げるチャンスだったというのに⋯⋯」
見るからに落ち込むウィスターを慰めるように、ルフスは手に持つ小さな菓子を差し出した。
「元気出せやァ。ほら、この菓子食わせてやっからよォ」
「いりません! 全く貴方という人は⋯⋯ちなみに他に魔獣はいないのですか? それを倒せれば証拠になるのですが」
「そういやァ、俺がここに来る前に魔獣の気配がひとつ消えたなァ。他のギルドが狩ったんじゃねェかァ?」
ルフスがそう言うと、先ほどまでお菓子について語り合っていたルリが、
「⋯⋯それ多分私とフィトが倒した。死体ならあの角を曲がった先にある」
と、言った。
それにルフスが眉を狭めてルリの顔を見る。
「嘘の味はしねェなァ。まさかチビが魔獣を倒してたとはなァ。お前どこの所属だァ?」
「⋯⋯私たち三人は〈月華の兎〉の団員」
ルリがそう答えると、一瞬辺りが静まり返った。
時が止まったかのような静寂。
刹那、今度は周りの人間たちが一斉に笑い出した。
「ぶふっ! 聞いたかよ〈月華の兎〉だとよ! マジありえねェって!!」
「ぎゃははは! あんな〈落ちた星〉で働くなんて頭可笑しいんじゃねェか!?」
「傑作だ! あぁ腹痛ェ!」
全員が汚い笑い声を上げて、リオティスたちに罵声を浴びせる。
何がそこまで可笑しいのか。
リオティスにも大体理解することはできたが、それにしても酷い態度だ。
〈月華の兎〉には〈六昇星〉を脱退してからは多くの黒い噂が立っていた。その真偽は不明であったが、ディアティール帝国に暮らす人々の印象は、差こそあれど大体は同じだ。
ディザイアを裏切った最低最悪のギルド。
国民がそう思うのも仕方がないことだ。当然、リオティスも受け入れているつもりだったが、胸から湧き上がってくる感情は予想外の物だった。
(なんだこのモヤモヤは。まさかバカにされて怒っているのか俺は?)
自分の感情が分からない。
あんなふざけた仲間に囲まれて、ボロボロのギルドに住まわされて。人々に笑われるのも当然だ。だが、それでもリオティスの感情は怒りに満ちていたのだ。
リオティスが自身の感情の意味を探っていた時、今まで静かだったルフスが怒鳴り声を上げた。
「黙れやァ屑共がァ!!」
響く怒号。
それに周りは一瞬にして静かになり、人々にも再び緊張が走る。
「お前らにこいつらを笑う権利があんのかよォ。この場に居て魔獣を倒さなかったお前らにその権利があるのかよォ! ギルドの国が聞いて呆れるなァ! 俺は弱いやつが吠えてんのが一番ムカつくんだよォッ!!」
ルフスの怒りに人々は何も言い返せるはずもなく、ただ息を殺して震えることしかできなかった。
その様子を見て、ふんっとルフスは鼻を鳴らすと、ルリに視線を戻した。
「お前等の倒した魔獣は俺が回収させてもらうぜェ。まぁ安心しろやァ、俺から上にお前らの手柄として報告しといてやっからよォ。それとそこの青髪ィ!」
「あ?」
突然呼ばれてつい反応したリオティス。
そんな彼に向かって、ルフスは口から鋭い歯を覗かせた。
「お前のことはチビに免じて許してやるがァ、今度からは喧嘩を売る相手はよく考えるんだなァ。オイ、行くぞウィスター!」
「ちょっ、待ってくださいよ!」
踵を返して歩き出すルフスを追いかけるようにして、ウィスターも慌てて走り出す。
何とか隣まで追いついたウィスターは、周りには聞こえない声でルフスに耳打ちをした。
「⋯⋯それで本当にこの先にいる魔獣を〈月華の兎〉の手柄にするのですか?」
「どういう意味だァ?」
「いえ、このまま黙ってその魔獣を私たちの手柄にするというのはどうでしょう。実際〈月華の兎〉ごときどうとでもなります。それよりも、私たちのギルドの今後を考えた方が⋯⋯」
と、ウィスターの声を遮るようにして、ルフスが彼のことを睨んだ。
「そんな嘘を吐くわけねェだろォがァ。俺が嘘を嫌ってることぐらい知ってるよなァ?」
有無を言わさないような鋭い視線。
それにウィスターも諦めるように肩を落とした。
「冗談ですよ。団長がそうするというなら私は従うまでです」
「ケェ! 不味い嘘吐きやがって。まぁいい、それよりも最近妙な事件が多すぎるなァ」
「⋯⋯といいますと?」
「知ってるだろォ。死神の事件に記憶者狩り。そして今回の魔獣⋯⋯全てが繋がっているとは思わねェがァ、近々〈六昇星〉が招集される気がするぜェ。そん時はお前も一緒に来いよォ」
「えっ、まさかあの濃い面子と会わないといけないんですか!? ⋯⋯それはちょっと気が重いですね」
想像するだけであからさまに嫌だという態度を示すウィスター。そんな彼には目もくれず、ルフスはニヤリと笑っていた。
(〈月華の兎〉⋯⋯ついに動き出したかァ。こいつァ次の昇星戦が楽しみだなァ⋯⋯!)
魔獣によって崩壊した街中で、ルフスただひとりだけが、未来に向かって確かな希望を胸に宿していた。




