第8話 リオティスVS魔獣
空高くから降ってきた魔獣は、一目にして危険であることをリオティスに知らせた。
全長は凡そ五メートルほどで、大きさだけであれば中型の魔獣だ。
だが、その全身を覆っている大きく鋭い針の山は、ギラギラと殺意を振りまいていた。
四足歩行であることは辛うじて見て取れたが、全身が隈なく棘で埋め尽くされているため、目も見えなければ前後ろすらわからない。それほどまで目の前に立つ魔獣の容姿は異常であった。
「見たことがない魔獣だな。つーかどうして魔獣が降ってくるんだよ」
リオティスは魔獣を警戒しつつも、再び頭上を見上げた。
先ほどまで三つばかりあった〝ネスト〟は幻だったかのように姿を消していた。
だが、もちろん幻ではないことはリオティスもわかっている。なんせ目の前にはその〝ネスト〟から生み落ちた魔獣が佇んでいるのだから。
あまりにも情報が少なく、自分がどう行動すればよいのかリオティスは未だ掴めていない。ただでさえ迷宮以外で〝ネスト〟が観測されたことは一度だってないのだ。
(どうする? あの魔獣を放っておけば間違いなく死人が出る。とはいえ迂闊に動いていいのか? 俺はどうすれば⋯⋯)
と、リオティスが考えていると、自分の手を誰かが掴んだ。
リオティスが見ると、そこには震えているアンジュの姿。
彼女も何が起きたのかわからないようで、恐怖に顔を青くしている。
そんなアンジュを見て、リオティスから迷いは消えた。
「オイ、アンジュ。悪いが少しの間どいていてくれ」
「え? アンタまさか⋯⋯」
「まっ、そういうことだ。死にたくなかったら俺より前に出るんじゃないぜ」
それだけ言うと、リオティスはアンジュの手を振りほどいた。
彼女は未だ不安げに震えてはいたが、リオティスを止めるほどの勇気もなく言われたとおりに彼の背に隠れるように移動する。
これでともかくアンジュは大丈夫だろう。
問題は目の前で何をするでもなく立っている魔獣の存在だった。
(空から降ってきてから微動だにしない⋯⋯相変わらず魔獣はわからねェな。けどやるなら今の内か?)
魔獣を観察しつつもリオティスは短剣を構える。
針の山に埋もれたような容姿の魔獣はやはり動かないが、このままお互い硬直状態というわけにもいかない。
そこでリオティスは一瞬にして魔獣へと詰め寄った。
メモリーの力を引き出すことによって得られる人間の限界を超えた速度。
それによって加速した身体を感じながらも、リオティスは魔獣の頭上へと跳躍した。
ギラギラと殺意を振りまく鋭い棘が天へと伸びている。
そんな魔獣の背中を見下ろしながらもリオティスは攻撃を繰り出せるポイントを探す。
すると、リオティスの僅かな殺気を感知したのか、魔獣の背中から無数の棘が放出された。
「っ⋯⋯!」
咄嗟に反応したリオティスは短剣を振るって棘を弾いていく。
そのまま地面へと着地したリオティスに対し、魔獣が咆哮を放った。
「ギィガァァッ!!」
耳にキーンと鳴り響くような高音。
あまりの不快音に耳を塞ぎたくなるが、リオティスは耐え忍ぶ。だが魔獣の攻撃は止まず、再びリオティスに向かって体に生えた鋼のような棘を飛ばした。
リオティスも短剣で弾きつつも棘を回避するが、その威力は凄まじく、外れた棘は地面へと深く突き刺さっている。
どの棘も長さは一メートルほどで、握り拳大の太さを有していた。
(体を覆い隠すようなあの無数の棘を飛ばして攻撃する魔獣か。棘を飛ばした部分からは一瞬にして棘が再生しているようだし、持久戦は分が悪いな。と言っても近づくこともできねェ)
リオティスは自身の握っている短剣へと目を落とす。
この短剣はナイフのように刃が短いため、あれだけの棘に囲まれた魔獣の肉に突き刺すにはリーチがあまりにも短すぎた。さらには未だ試験で負った傷も完治しているわけではなく、棘を弾くだけで精一杯というのがリオティスの本音であった。
つまり短剣では相性が悪い。
と、なればリオティスに残された手段は一つしかなかった。
リオティスは右手を広げると呟いた。
「〈ダブルピース〉」
刹那、リオティスの右手から黒色のピースが生み出されると、空中で集まり合って黒い刀剣を創り出した。
そんな黒色のピースで創り上げた刀剣を、リオティスは魔獣に向かって放つ。
真っすぐに魔獣へと向かう刀剣。
その速度は凄まじく、並みの生物ならば容易に貫けるであろう威力を持っていた。
だが、魔獣は丸くなるように身を固めると、防御の体制を取る。
まるで無謀にも見える行動にリオティスは勝利を確信したが、刀剣は魔獣を覆う棘とぶつかり合うと粉々に砕けてしまい、黒色のピースへと還元されるとそのまま消滅してしまった。
「マジか。どんだけ固いんだよ、その棘」
想定外の事態にリオティスも苦笑いを浮かべる。
リオティスの〈ダブルピース〉で創り出した物質は、彼の望む通りに生み出せる代わりに、理解出来ている物しか生み出せないという欠点もあった。
例えば機械のような精密な物は作れないし、生物のような複雑な物も作れない。
今回リオティスが創造した刀剣も、あくまでどこにでもあるようなシンプルな構造の物であるため、それ以上の硬度を持つ物に対しては今回のように砕けてしまうことも少なくはなかった。
ともかくリオティスの能力で創造できる物質の硬度を、あの魔獣は遥かに凌駕していることになる。とはいえ短剣の相性も悪い。まさに勝利は絶望的であった。
だが、リオティスの余裕は消えない。
彼はこうなることも予測していたのだ。
「まっ、だからって俺の勝ちに変わりないけどな」
リオティスがそう言って指を鳴らすと、先ほど魔獣が放って地面に突き刺さっていた棘の数々がピースへと分解されていく。
「お前の攻撃を躱している時に既に触らせてもらった。俺の〈ダブルピース〉は生物を分解することは出来ない。けど、お前が飛ばしたこの棘はもう生物じゃない⋯⋯ならもう俺の物だ」
すると、分解されたピースが集まり合ったかと思うと、先ほどのように刀剣へと再構築された。
だが、この刀剣は先ほどの黒いピースで創り上げた物とは違い、魔獣の棘から作られた物だ。つまり硬度はあの魔獣を守る棘と同等ということになる。
そんな刀剣を魔獣に向かってリオティスは勢いよく放った。
「貫けェッ!!」
リオティスの叫びと共に刀剣は魔獣の体を貫いた。
魔獣を覆っていた棘を吹き飛ばし、守られていた肉体を貫通したのだ。
「ギギャアァァッ!?」
魔獣の断末魔が鳴り響く。
貫通した体からは血を吹き出し、苦しそうにのたうち回る魔獣は、いくつかの建物にぶつかった後で動かなくなった。
静まり返る空間。
リオティスは一度ふぅっ、と息を吐いた後で、後ろにいたアンジュの方を振り向いた。
「終わったぜ。お前怪我とかしてねェよな?」
「⋯⋯⋯⋯」
「あ? どうかしたか?」
「⋯⋯嘘吐き」
「は?」
「この嘘吐きが!!」
アンジュは激高を飛ばしリオティスの顔面を殴った。
そんな彼女は怒りに震えている。
「今の能力、アンタ記憶者だったのかよ! クソ、知ってたら絶対に誘うわけなかったのに」
「お前⋯⋯」
「アンタなんかさっきの魔獣に殺されればよかったんだ! 言ったはずだよな。私は記憶者が大嫌いだって!!」
怒りのあまりか、それとも動揺のせいかなのか。
アンジュは目に涙を貯めながらも、持っていたリンゴをリオティスに投げつけた。
「こんなものいらねェ! 助けてもらったとも思わねェ。どうせアンタも偽善者だったんだろ!? もう二度と私の前に現れるんじゃねェぞ!!」
そう言うとアンジュは貧民街の方へと走り去っていった。
残されたリオティスは殴られた頬に手を触れる。
痛みはそこまで無かったが、何故だか胸には棘に刺されたような痛みが広がっていた。
リオティスの能力について少しだけ補足。
機械や生物が創造不可なのは、リオティスがそれらの物質を隅々まで理解出来ていないからです。機械ならば簡単な物であれば創造可能かもしれませんし、生物に関してはまず不可能です。ただ、逆に言えばリオティスが理解さえしていればどんな物も創造は可能ということです。