第7話 勧誘
「アンタさ、私のパートナーになってくれよ!」
そんな少女の言葉にリオティスは顔を顰めた。
「ナンパかよ。悪いがガキには興味ねェんだよ」
「私はガキじゃねェ! 昨日十六歳になったばかりの大人だ!!」
「やっぱガキじゃねェかよ」
何故その年齢で大人だと言い張れたのか甚だ疑問だったが、リオティスは少女を無視して歩き出そうとする。だが、少女はリオティスの手を掴むと懇願をし始めた。
「待ってくれって! なぁいいだろ? あんたの腕と私がいれば一儲け出来るって!」
「いや俺にメリットないだろ、それ」
「そんなことないって! もしも私とパートナーになってくれたら⋯⋯」
と、少女は掴んでいたリオティスの手を自身の胸に押し付けた。
「いくらでも揉んでいいんだぜ? それに夜はもっと激しいこともさせてやれる」
「⋯⋯⋯⋯」
「へへ、どうやら私の胸に頭が一杯って感じだな。やっぱ男はちょろい⋯⋯ってあだだだだ!?」
余裕を持っていた少女の表情が激痛で歪む。
それはリオティスが少女の足を思いっきり踏んだからだった。
「アンタ何すんだよ!? こちとらか弱い乙女だぞ!!」
「乙女は自分から胸を揉ませようとしねェんだよクソビッチ。そうやって生き抜いてきたんだろうが、俺には通じないからな」
「ちっ、詰まらねェ男だな」
少女は相手が悪いことを悟ったのか、投げやりな態度で掴んでいたリオティスの手を払った。
そして次に神妙な面持ちをすると、涙を浮かべて語りだす。
「私、小さいころに両親に捨てられてさ。そっから常にひとりで生きていたんだ。さっきの盗みだって本当はしたくなかったんだ。けど仕方ないだろ! そうしなきゃ私は生きられないんだ。誰も私に手を差し伸べてはくれないし⋯⋯」
「そうか。じゃあ俺は忙しいしこれで」
「ちょっとは話を聞けや!?」
少女の話など聞く耳も持たず、リオティスはズカズカと歩いていく。
そんな彼の足に少女は掴まると、引きずられながらも言う。
「頼むって! 私を助けてくれよ!」
「さっき助けただろ。それに嘘話で同情を誘うようなガキと一緒にいるつもりはない」
「⋯⋯バレてたか」
少女は可愛く舌を出すと、諦めたように立ち上がって溜息を吐いた。
「はぁ、やっぱ仲間を作るのは難しいなぁ。アンタとなら上手くやれると思ったのに」
「どう考えたら俺がお前のパートナーになると思ったんだよ」
「そりゃ私を助けてくれたしな。それにアンタ記憶者じゃないだろ?」
少女はリオティスの右手を指さす。
当然、リオティスは記憶者だったが、その能力で紋章を常に隠しているため、彼女には記憶者とは思われていない。
リオティスも能力を明かすつもりは毛頭無かったので、適当に話を合わせることにした。
「そうだが。記憶者の方がお前も助かるんじゃないか?」
「そんなわけないだろ。記憶者なんて全員死ねばいい」
確かな憎悪が籠った少女の声。
それは、今までのような嘘で塗り固められた演技とは違い、本気で憎んでいるようにリオティスには見えた。
「記憶者は私の家族を殺して人生をめちゃくちゃにしやがったんだ。正義のためには必要な犠牲だの抜かしてたが、そんなわけあるかよ! じゃあ何で私たち貧民街の人間を救わねェんだよ。手を指し伸ばさねェんだよ! ギルドだか何だか知らないけど、アイツ等はただ自分の力に酔ってるだけの偽善者だ。⋯⋯だから私は絶対に記憶者とギルドを許さない」
「⋯⋯⋯⋯」
リオティスはただ少女の言葉を黙って聞いていた。
彼女の過去にどのようなことがあったのかリオティスには想像も出来なかったが、そもそも理解できるとは口にしづらい程の憎しみと悲しみを感じた。
すると、少女はハッとしたように我に返ると、無理矢理に笑顔を作って言う。
「悪ィ悪ィ、つい熱くなっちまった。まっ、もちろん演技だけどね」
「へぇー」
「な、なんだよその顔は?」
「別に。つーかお前ずっと貧民街にひとりで生きてたのか?」
「⋯⋯一応最近までは仲間がひとり居たけど。まぁ、そのいろいろあってな。と、いうわけであんたが私の新しいパートナーってことでどう?」
「だからダメに決まってんだろ。いい加減諦めろ」
「ぐぅ、ケチ」
少女は口を尖らせるが、リオティスの態度は変わらない。
それを見てようやく少女も諦めが付いたらしい。
一度大きく項垂れると、次の瞬間にはリオティスに手を伸ばしていた。
「アンタを仲間にするのは諦めるよ。けどここで会ったのも何かの縁。せめて握手でもして別れようや。私はアンジュって言うんだ。アンタは?」
「⋯⋯リオティス。って今更互いに名前を知っても意味ないだろ」
「そうでもないって」
不敵に笑うアンジュ。
彼女は無理矢理にリオティスの右手を自身の両手で包むと、上目遣いで見つめる。
「これで私たちは他人から知り合いにグレードアップだ。というわけで、困ってる知り合いのアンジュちゃんに少しだけお金を恵んではくれないかい?」
「⋯⋯そういうことか。お前の神経の図太さには感服するよ」
「こちとら何年貧民街で生きてると思ってんだよ。お金恵んでもらえるまで絶対ェ離さないからな!」
「わかったわかった、俺の負けだ。駄賃やるから大人しく帰れよ」
「よっしゃ! さっすがリオティスの兄貴! 話がわかってらっしゃる」
「誰が兄貴だ。⋯⋯はぁ、全く」
リオティスは仕方なくお金の入った小袋を取り出す。
リコルに続いてどうしてこうも貧民街の子供に絡まれるのだろうか、とリオティスは頭を抱えるが、これも勝手に助けてしまった自分の自業自得なのだと諦めることにした。
「ほら、ちょっとだが受け取れ。そして二度と俺の前に現れるなよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「ん? どうした?」
リオティスの声に反応しないアンジュ。
彼女はリオティスのことは眼中には無いようで、遥か上の方を驚くように見つめていた。
「なんだよ、アレ」
アンジュから零れたその言葉に、リオティスも上空を見上げる。
雲一つない真っ青な美しい空。
だが、その空には似つかない異様な光景が広がっていた。
青い紙の上に墨汁を垂らしたかのように三つの黒色の点が浮かぶ。
それはリオティスがよく知っている物だった。
「嘘だろ⋯⋯あれは〝ネスト〟!?」
目の前に広がるありえない光景にリオティスは大きく目を見開いた。
〝ネスト〟とは迷宮の中にしか存在しない魔獣の巣窟だ。
以前リオティスがライラックに突き落とされたのも〝ネスト〟だったが、それと同じ物が上空に出現していた。
前代未聞の事態に、リオティスもどうしてよいのかわからずに身を固めてしまう。
すると、上空に浮かぶ〝ネスト〟の内、リオティスたちの丁度真上に位置している黒い穴の中から一体の生き物が生み出された。
遥か上空から生み落ちたその生き物は、激しい音を立ててリオティスたちの前に現れた。
衝撃に耐えられず割れた地面と辺りに舞う砂埃。
そんな中から現れたのは本来地上には存在してはならぬ怪物、魔獣だった。