第6話 盗人
「⋯⋯で、どうしてボクが君みたいな屑と一緒に街中を歩いているんですかね」
「⋯⋯俺が聞きてェよ」
「⋯⋯もぐもぐ」
街の中心で途方に暮れるフィトとリオティス。
そして、その後ろにはひとりの少女が興味なさげに食べ物を頬張っていた。
リオティスたちがどうしてこのような状況に置かれているのかと問えば、間違いなく原因はバルカンであろう。
〈日輪の獅子〉のギルドで暴れまわったフィトに、のらりくらりとそれを躱していたリオティスだったが、止めに入ってきたバルカンによって外に追い出されてしまった。
理由としては頭を冷やしてこいというのが半分で、もう半分は悪ふざけであった。
そもそも、フィトとリオティスが決闘を始める前に止めるのがバルカンの役目だ。だというのにも関わらず、リオティスが助けを求めて見た時には、止めるどころか笑って様子を伺っていた。つまり最初からバルカンの暇つぶしとして利用されていたのだ。
(あのクソ野郎、絶対この気まずい状況を作って遊んでるだけだろ。⋯⋯マジで覚えてろよ)
リオティスはそう決意するが、そこでひとりついてきた少女の方を見た。
百五十センチにも満たない身長に、幼い容姿と何を考えているのかわからないような無表情。彼女も〈月華の兎〉に最近入団した新人であったが、リオティスにはとても十七歳には見えなかった。
「オイ、お前何で来たんだ?」
「⋯⋯バルカンの命令。二人の様子を後で報告しろと言われた」
「あのクソ野郎⋯⋯」
リオティスは頭を抱えた。
どうやらバルカンはどうしてもリオティスとフィトの関係を楽しみたいらしい。
「オイ、お漏らし野郎。これ俺たちバルカンに嵌められてるぞ」
「そのようですね⋯⋯って、だからお漏らし野郎はやめろ! ぶっ飛ばすぞ!?」
「⋯⋯二人は街中で人目も気にせずじゃれ合っている、と」
いがみ合う二人を他所に、少女は何やらメモを走らせる。
このままではあることないことバルカンに伝えられるのは明白だった。
そこでリオティスは落ち着かせるようにフィトを宥めた。
「取り合えずここは休戦だ。このままじゃバルカンの思うつぼだ」
「むぅ、わかりました。どうやらバルカンさんがボクたちで遊ぼうとしているようなのはわかりますし、気に食わないですがここは協力です」
フィトは少しだけ不満を持っているようだったが、しぶしぶリオティスと距離を置くと、少女の方へと歩み寄る。
「ルリ、お腹空いてないですか? よかったらボクが甘いもの奢りますよ」
「⋯⋯っ! 甘いもの!!」
ルリと呼ばれた少女は、フィトの言葉に目を輝かせると涎を垂らしだす。
「⋯⋯食べる」
「じゃあ決まりですね。さっ、あっちに美味しい店があるのでボクと一緒に行きましょう!」
急かすようにフィトはルリの手を握って歩き始める。
すると、一瞬だけリオティスの方を振り向くと口を動かした。
(ボクがルリを引き付けるので、君は適当に時間を潰してから帰ってください!)
そういった意味を含めたフィトの表情を見て、リオティスも彼女が何を伝えたいのかは大体理解することが出来た。
遠くへと歩いていくフィトたちとは反対方向へとリオティスも歩き出す。
「⋯⋯いや、何やってんだろ。俺」
うんざりするように空を見上げるリオティスだったが、広がる美しい青空を見て、もうどうでもよく感じた。
◇◇◇◇◇◇
暫くリオティスが目的も無く歩いていると、ガラリと街の雰囲気が変わったことに気が付いた。
先ほどまでフィトたちと居たのは帝都モントレイサの中心部で、様々なギルドや店が建ち並び、人々の笑い声が絶えない賑やかな場所だった。
だが、今リオティスが居る場所には人が全く居ないというわけでもないが、中心街と比べれば圧倒的に人気は少なく、ギルドや店もあまり建ってはいなかった。
(そうか、ここらはすぐ隣に貧民街があるエリアか。懐かしいな、そういえばリコルと出会ったのもこの辺りだったか)
リオティスが思い出すのは一週間以上も前の出来事。
夜の更けた街で、斬り殺されそうだったリコルを助けたのが全ての始まりだった。ギルドに入り、煩い仲間たちに囲まれる生活。その全てがここから始まったのだ。
(そういやリコルも元々は貧民街で暮らしていたんだよな⋯⋯って、ん?)
物思いにふけっていたリオティスだったが、ふと視界の端に映った少女へと興味が移る。
少女はボロボロな布を羽織っており、怪しげにチラチラと周りを警戒していた。
何をしているのだろうか、とリオティスが思っていると、少女は屋台の前を通ると並んでいたリンゴをすれ違い様に盗んでいった。
まさに早業。
よく観察していなくては気が付くことが出来ないだろう。それほどまでに少女の技術は凄まじかった。
(よっしゃ! もーらいっと)
少女は笑みを浮かべながらその場を後にしようとする。だがその時、ふいに力が抜けると手に持っていたリンゴを落としてしまった。
しまった、と少女が思った時には既に遅く、一部始終を見ていた店主に腕を掴まれてしまう。
「このガキが! 俺の商品を盗もうとしやがって!!」
「ぐっ、離せよ! このクソジジイ!」
「ちっ、口の方も生意気だな。お前貧民街のガキだろ! いいか、盗人は昔から腕を斬るのが掟だ」
店主はそう言うと、大きな包丁を取り出して少女へと向けた。
それを見て少女は顔を青ざめる。
「なっ!? 冗談だろ! そんなことして許されると思ってんのかよ!!」
「それはこっちのセリフだ! 大体貧民街のガキひとりどうなろうと誰も何とも思わないんだよ!」
「うっ、わ、悪かったって! だからやめろよ!」
身の危険を感じた少女はジタバタと暴れだすが、大の大人に力で敵うわけもない。
店主は彼女の右腕を強く押さえつけると、包丁を振り上げた。その時ーー、
「オイ、子供相手に物騒だな。放してやれよ」
割って入ったリオティスはそう言うと、店主に向かって大金の入った小袋を見せた。
「このお金でそいつのリンゴを買う。だから放してやれ」
「なっ、その大金!? ほ、本当に買うのか?」
「そう言ってるだろ」
「ぐ、ううむ」
大金を見せられては店主も黙るほかない。
寧ろたった一個のリンゴで大金を手に入れることが出来るのだ。これほど上手い話もないだろう。
少女を手放した店主は、リオティスから大金を受け取ると笑顔で頭を下げた。
「またいつでもお越しください!!」
そんな店主への興味はリオティスには一切なく、少女を連れてすぐ様に店を後にした。
店が遠く見えなくなったところでリオティスは少女にリンゴを手渡す。
「ほらよ、今度はもうあんな危険なことすんなよ」
「⋯⋯礼は言わなねェからな」
少女は態度を一貫させてそう言ったが、内心は申し訳ない気持ちで一杯だった。
その証拠にも少女はリオティスの顔色を窺って尋ねる。
「けど、その、よかったのかよ。あんな大金出して」
「あ? なんのことだ?」
とぼけるように笑うリオティス。
彼は懐から小袋を取り出すと少女に中身を見せる。そこには、先ほどリンゴを買って失ったはずの大金が入っていた。
「なっ!? 何でアンタその金を!」
「バレないようにすり替えたんだよ。あのオヤジが持ってる袋にはリンゴ一個分の金と小石が詰まってる。俺がお前を助けるために大金払うわけねェだろ」
平然と言ってのけるリオティス。
だが、間近で見ていた少女からしても、彼がいつお金をすり替えたのか全くわからなかった。
「そういうわけだ。だから気にするな。リンゴ一個ぐらいくれてやる」
「ちょ、ま、待てよ!!」
さっそうと立ち去ろうとするリオティスを止めるようにして少女が前に出る。
その目は驚きと希望に満ちていた。
「アンタさ、私のパートナーになってくれよ!」
少女が言い放ったのは、そんな突拍子も無い言葉だった。