第4話 同期③
「すまん、マジで女の子だと思った⋯⋯」
リオティスに蹴り飛ばされたアルス。
彼は何とか立ち上がると、状況を理解したらしく頭を下げた。
「流石に俺も男には興味ないんでね。まっ、許してくれ。今度可愛い女の子紹介すっからさ」
「うるせェ。二度と近づくな。話しかけるな」
「そう怒んなって。にしてもお前マジで可愛いな。なんならそこらの女の子よりも可愛いぜ? ⋯⋯案外ありかもな」
「また蹴り飛ばすぞ。そして死ね」
「うっは、冗談だって! でもそのゴミを見るような目、たまんないね。ヤバい、目覚めそう」
何やら興奮しながら涎を垂らすアルスを見て、リオティスは本気で身の危険を感じた。
アルスは一見して顔立ちも整っており、背丈もレイクと同じぐらいはある。恐らく女性から好感を持たれることも多いのだろう。
だが、それは見た目だけの話。
中身は手当たり次第に女性に手を出して遊ぶような屑野郎で、リオティスのような男でさえ見た目が可愛ければよいといった風に捉えているのだ。当然、リオティスからしてみれば気が気ではなかった。
そんなアルスに対して皆が不快感を抱くとばかりリオティスは思っていたが、何故だかタロットとリコルは楽しそうに会話をし始める。
「ふっふっふ、ご主人の可愛さに目を付けるとはお前やるな。特別にご主人を愛する会に入れてやってもいいぞ! ちなみに会員はタロットとリコルだけだがな」
「マジ? ってことはその会に入れば君たちと話放題ってわけか。いいね! 入らせてもらおうかな」
「よく言った! ではさっそく今晩ご主人について熱い討論を繰り広げようではないか。なぁ、リコル?」
「そうですね。ここはアルスさんのお手並みを拝見させてもらいましょうか」
「何かよくわかんねェけど、俺とお話したいってことかな? ふはっ、全くモテる男は辛いねェ。またしても子猫ちゃんたちのハートを射抜いてしまったようだ。本当に罪な男だぜ」
「「いやそれは違う」」
「え?」
などとふざけた会話が飛び交っていく。
「⋯⋯何で俺の近くにはこんなバカしかいないんだよ」
「ははは、いいじゃないッスか。それだけ愛されているってことッスよ、リオっちは」
リオティスの隣に立っていたレイクが笑いながらそう言った。その表情は本当に楽しそうだ。
「別に愛されてなくてもいいんだがな。てかそのリオっちって何だよ」
「あっ、これはあだ名ッスよ。俺、一刻も早く皆と仲良くなりたいッスから! もしかして嫌ッスか?」
「⋯⋯別に。あいつらと比べたら可愛いもんだよ。呼び方の一つや二つぐらい」
「へへ、なら良かったッス」
安心したようにレイクは笑った。
どうやら今のところ〈月華の兎〉の中では彼が一番まとものようだ。
すると、自分に向けて殺気が放たれていることにリオティスは気が付いた。
すぐ様に殺気が放たれている方を見ると、そこには先ほどまで煩く戦闘訓練を行っていた二人の内のひとりが鋭い視線を向けていた。
「君が奴隷を連れて歩いているっていうゴミ屑野郎ですか?」
「そうだが、なんかようか?」
「決まっています。ボクと勝負をしろ!!」
「はぁ?」
突拍子もなくリオティスに向かって言い放つ小柄の男。
男は水色のフードを深く被っており、しっかりと顔を見ることは出来なかったが、隙間から覗ける鋭い眼光から本気で怒っていることはリオティスにも伝わった。
これはまた面倒なことになったな。
そうリオティスが思っていると、男の後ろからひとりの女性が背中を押すように言った。
「まさか逃げるつもりはないわよね?」
「お前、入団試験の時に居た奴か」
「お前じゃなくてティアナよ。まっ、でも覚えて無くてもいいわ。どうせ今からあなたはこのフィトにボコボコにされてこのギルドから出ていくのだから」
長く黒い髪をかき上げながら、ティアナは胸を反らした。
彼女はリオティス達が〈月華の兎〉の入団試験をした際に一緒に試験を受けた女性だ。ここに彼女が居るということは、どうやら無事に試験を合格したようだった。
「というわけでボクと戦ってもらいます。負けたらその奴隷を開放してこのギルドから出ていってください!」
「はぁ、なんだよそれ」
リオティスは疲れたように項垂れる。
当然彼女たちにそんな決定権が無いことはリオティスにもわかっている。つまり、このような争いごとを起こしても疲れるだけで何の意味もないのだ。
そこでリオティスは助けを求めるようにしてバルカンの方を見た。
だが、一方のバルカンはニヤニヤと笑いながら手を振るだけだった。
(あのクソ野郎、この状況を楽しんでやがる⋯⋯)
どうやらもうリオティスに選択肢はないようだ。
仕方なくリオティスが条件を飲もうとしたした時、レイクが慌てて止めに入った。
「ちょ、落ち着くッスよ。ティアナっちもフィトっちも何考えているんスか!?」
「何って、この屑は〈月華の兎〉に相応しくないから追い出すんですよ」
「ダメッスよ! そもそもリオっちは悪い人じゃないッス! そうですよねタロっち?」
「ん? まぁ別に戦ってもいいんじゃないか? どうせこのままではらちが明かないだろう?」
「けど⋯⋯!」
と、レイクが反論するよりも先に、タロットは当然のように言った。
「それにご主人は誰にも負けない。だから大丈夫だ」
まるで疑うそぶりを一切見せず、タロットはリオティスを真っすぐに見る。
そんな彼女の視線を受けながら、リオティスはうんざりするように溜息を吐いた。
「仕方ねェな。そんじゃちょっと付き合ってやるよ」
「ふっ、ようやく観念したようですね。これで思う存分君をぶっ飛ばせます」
そう言ってフィトと呼ばれたフードを被った小柄な男は、リオティスに向かって拳を構えた。
「勝敗は戦闘不能に相手をさせた方が勝ちでいいですね?」
「なんでもいい。さっさと始めろ」
リオティスは取り敢えず短剣を左手で握ったが、やる気何てこれっぽっちも無かった。
当然だ。
これほどまでに無駄な戦いは無いのだから。
だが、目の前のフィトはやる気満々というように拳を構えている。
その姿を見て、リオティスは少しだけ不思議に思った。
(あいつの右手、紋章が描かれていないってことは記憶者じゃないってことか。だが武器を持ってるようにも見えない。⋯⋯どうやって戦うつもりだ?)
リオティスの疑問を他所に、フィトは言う。
「ボクの名前はフィト=ルドベキアです。別に覚える必要はありませんが」
「覚える必要がないなら言うなよ。俺を追い出すつもりなんだろ?」
「そうですが、戦うときに名前を名乗る。それがルドベキア流ですッ!」
刹那、リオティスの目の前からフィトの姿が消える。
一瞬の出来事に何が起きたのかわからないリオティスだったが、そんな彼のすぐ下で声が聞こえた。
「出力二十五パーセント⋯⋯〈激破〉!!」
「⋯⋯!」
リオティスの懐に潜り込んでいたフィトの打撃。
それを許してしまったリオティスは腹部にめり込む拳を味わいながら吹っ飛ばされた。