第3話 同期②
訓練室に広がる異様な光景。
それを見つめながらリオティスはバルカンに尋ねる。
「⋯⋯何だよ、あいつら」
「だからお前たちの同期だよ。俺のギルド〈月華の兎〉が〈六昇星〉から脱退してからはずっとロメリアと二人で運営してきたんだがな、ここ一週間でお前らを含めて八人が入団を希望してきたんだよ」
「一週間で八人?」
リオティスは不思議に思い首を傾げた。
このギルド〈月華の兎〉はバルカンの言ったように二年前に〈六昇星〉を脱退しており、そこからズルズルとランクを下げていった。
今では最底辺のCランクギルドになっており、さらには怪しい噂のせいで入団希望者がいない状況が続いた。
そんな時にたったの一週間で八人もの入団希望者が現れたのだ。
入団したリオティスが言うのもおかしなことではあるが、疑うなと言う方が無理な話だった。
「それ、流石に怪しくないか?」
「まぁ、それは俺も思うんだが。入団試験や軽い面接をしたかぎりマジで〈月華の兎〉に入団しに来たっぽいんだよな。しかも全員が出身もバラバラで示し合わせたわけでもない。もはや運命みたいなもんなのかね」
「運命、ね⋯⋯」
その言葉にリオティスはリコルと出会った時のことを思い出していた。
二年前に助けたリコルが〈月華の兎〉に保護されたことがきっかけで彼女はこのギルドに入団することを決めた。
そして偶然にも再開したリオティスとリコル。
その結果リオティスもこうして二度と入るわけがないと考えていたギルドへと入団することになったのだ。
それこそまさに運命。
だからこそ、リオティスはバルカンの言葉も強ち間違いではないのかもしれないと思った。
すると、バルカンが思い出したかのように言う。
「そういえばこいつらの共通点として全員が十七歳だったな。仮にこの偶然に理由を付けるとしたらそれが原因なのかもな」
「⋯⋯十七歳。それって確かギルドに入るための最低年齢だったか?」
「あぁ、ディザイアが定めたルールのひとつとして十七歳未満はギルドに入ることが出来ないようになってる。つまりこいつらは十七歳になったからこうして今年〈月華の兎〉に入団しに来たんだろ。と言っても時期が同じっていうのはやはり偶然以外の何物でもないんだろうがな」
バルカンは苦笑いを浮かべる。
彼自身、未だこの状況を整理しきれていないのだろう。
バルカンの言ったようにギルドは十七歳未満は入団出来ないように定められている。
こうして見ると確かに訓練室にいる男女は全員若いため、集まったのにはディザイアが定めた年齢による制限もある程度関係しているのかもしれない。実際、リコルも歳は十七歳だった。
「ともかく適当に挨拶しとけ。今後一緒に行動する仲間になるんだからな」
バルカンのその言葉にリオティスは顔を顰める。
「⋯⋯馴れ合いは苦手だ」
「そう言うなって。悪い奴らじゃねェし、お前も気に入るよ」
「だといいんだが」
乗り気ではないリオティスだったが、そうも言ってられない。
仕方なくタロットとリコルを連れて、取り敢えずは中央に座っている男の方へと歩き出す。
男は疲れたように座りながら目の前で繰り広げられている戦闘訓練を眺めていたが、リオティス達が近づくと気が付いたらしくゆっくりと立ち上がった。
「見ない顔ッスね。もしかしてバルカンさんの言っていた入団者ッスか?」
「⋯⋯あぁ」
「やっぱり! いやぁ挨拶が遅れてしまって申し訳ないッス!」
男は何故だか目を輝かせると嬉しそうにリオティスへと手を伸ばした。
「俺はレイクって言うッス! これから同じ〈月華の兎〉の仲間としてよろしくッス!」
「⋯⋯⋯⋯」
元気よく差し出された手。
それを訝しみながらリオティスは男の容姿を見た。
百八十センチを超えるような長身。それに比例するかのように手足も長い。加えて身長ほどありそうな槍をレイクは握っていたが、怪しさや危険な匂いは全くなく寧ろ好青年のように見えた。
常に明るい雰囲気を身に纏っており、敵意など微塵も感じられない。だからこそ、人間を常に疑ってしまうリオティスでも接しやすく思えた。
だが、やはりリオティスは手を握らない。
ただ様子を伺うようにして言う。
「俺はリオティスだ。で、こっちがタロットとリコルだ」
「うむ、よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
リオティスの言葉にタロットとリコルも挨拶をする。
それをレイクは笑ってよろしく、と握手を交わしたが、タロットが身に着けていた首輪を見て眉を寄せた。
「それ、もしかして隷属の首輪ッスか? ってことは⋯⋯」
「あぁ、タロットは俺の奴隷だ」
別に隠す必要もなかったため、リオティスは堂々と言った。
だが、奴隷を持ち歩いていると聞けば、少なからず嫌悪感を抱くのが普通だ。実際入団試験を受けに〈月華の兎〉を訪れた際にも、そのことでティアナという同じ入団を希望していた女性と問題を起こしてしまっていた。
だからこそ目の前のレイクも何かしら反応を示すだろう。
そう高を括っていたリオティスに対して、レイクは面白そうに笑った。
「じゃあやっぱりこれが隷属の首輪なんスね! 初めて見たッスけど、結構格好いいッスね! あっ、でもかなり重さもありそうッス」
「変な奴だなお前。首輪よりも、奴隷を買っていること自体にはなんとも思わないのか?」
「まぁ確かに普通なら奴隷を買う人はどうかと思うんスけど、なんか悪い人に見えないんスよね。奴隷だって言うのに服や身なりも綺麗ッス。だから、きっとわけでもあるんスよね?」
当然のようにレイクはそう言った。
奴隷を買って連れているリオティスを見て悪い人ではない、と。
彼は本気でそう思っているらしく、真っすぐにそう言われてしまったリオティスは反応に困り固まってしまった。
それをタロットとリコルが笑って見ているが、彼女たちもレイクの親しみの良さに好印象を持ったようだった。
「わかっているじゃないかレイク! ご主人はこう見えて良い奴だから是非仲良くしてやってくれ!」
「そうなんですよ、レイクさん! リオティスさんは凄い人なんです!」
「はは、そこまで二人が言うってことはやっぱり俺の見立てに間違いなかったってことッスね。俺も皆とは仲良くしたいッスからこれからもよろしくッス!」
レイクはそう言って再びリオティスへと手を伸ばした。
その手をやはり握ることを躊躇うリオティス。
だが、奴隷を買っている自分と本気で仲良くしようと考えているレイクの姿を見て、少しは信じてみても良いと思えた。
そこでリオティスはレイクの手を握るために手を伸ばそうとする。その時ーー、
「オイオイ、何抜け駆けしてるんだよレイク! 俺にもその女の子と話させろって」
と、そんな声がリオティスの動きを止めた。
そして声の方向から来たのは先ほどまでロメリアを口説いていた男で、彼はレイクを押しのけるとリオティスの差し出そうとしていた手を握って膝をついた。
「俺はアルスって言うんだ。君も入団者だろ? 君みたいな可愛い女性とは出会ったことが無い。もしよかったらこれから俺と一緒にお茶でもしないかい?」
そう言ってリオティスにウインクを決めるアルス。
そんな彼をリオティスは思いっきり蹴り飛ばした。
「俺は男だ! このナルシスト野郎がァッ!!」
「げふん!?」
吹っ飛ぶアルス。
それをリオティスは睨みつけながら大きく溜息を吐いた。