第2話 同期①
「⋯⋯ってことがあって宿屋が燃えちゃったんですよ。はは、こんなことってあるんですね」
「いや、笑い事じゃなくね?」
バルカンは何故か笑っているリコルに向かってツッコミを入れる。
そんな二人のやり取りを、リオティスはただ眺めているだけだった。
昨晩、リオティス達の借りていた宿屋で火事が起きた。
その原因は死神を名乗る謎の人物によるものであったが、説明をしても信じてもらえるわけもなかったので、結局リオティスは何も言わず、ただの火事として処理された。
幸いにも死傷者はいなかったが、建物がほぼ燃えてしまったため被害は大きい。もしもタロットが居なければそれだけではすんでいなかっただろう。
そういった経緯を、今しがたリコルがバルカンに説明しているところだった。
「まぁ、ともかくお前らが無事でよかったよ。それに今日から住み込みで働いてもらうし、寝床には困らねェだろ」
「住み込み⋯⋯」
リコルが絶望の表情で周りを見る。
〈月華の兎〉のギルドは昨日見たようにボロボロだ。
今は何やら屋根の修理をしているようだったが、昨日は雨漏りすらしていた。そんなギルドで過ごすことを想像しただけでリコルはぞっとした。
「べ、別に大丈夫ですよ? 毎日朝には来ますし、他の宿で私たちは泊まるので⋯⋯ね、リオティスさん?」
リコルは助けを求めるようにしてリオティスを見るが、
「いや、そもそもお前金ないだろ。ずっと俺に払わせるつもりかよ」
と、そんな正論を返されてしまう。
確かにリコルは今まで貧民街で過ごしていたため、当然お金なんて持ってはいない。ここ何日かは食費や宿代を含めて全てリオティスが払っていたのだ。
そのことを思い出してリコルは項垂れた。
「そうでした⋯⋯」
「つーわけでリコル。お前は金が溜まるまでここで暮らせ。俺は宿で寝る」
「ご主人、タロットも一緒だよな?」
「それだとリコルが可哀そうだろ? そういうわけでお前も残れ」
「そんな、あんまりだぞご主人!!」
タロットが煩く抗議する。
それをリオティスは無視したが、そんな彼にバルカンが言った。
「何言ってんだ、お前もここで暮らすんだよ。それがこのギルドのルールだ」
「はぁ!? こんなボロギルドに住めるわけねェだろ!!」
「嫌ならお前クビな」
「ぐっ⋯⋯」
ギルドマスターであるバルカンがそう言うのならば、リオティスに逆らうことは出来ない。
しぶしぶ頷くと、リコルとタロットがニヤニヤと意地の悪い笑顔を近づけてきた。
「残念でしたねリオティスさん。これで一日中一緒です!」
「そういうことだご主人。じゃあさっそく部屋を見に行こう。といってもきっと部屋も少ないだろうしタロットたちと一緒な部屋だろうな。ふっふっふ、もしかしたらベッドも一緒に寝なきゃかもなぁ」
「えっ、ズルいです! そしたら私がリオティスさんと一緒に寝ます!!」
「なら先に部屋にたどり着いた者がご主人と一緒に寝るというのはどうだ?」
「わかりました! それじゃあ位置について、よーい⋯⋯ドン!」
などと騒いだあげくに勝手に競争を始めるリコルとタロット。
二人は勢いよく走りだそうとしたが、バルカンが足を引っかける。当然、二人は激しく転がっていった。
そんな二人を見つめながらバルカンはリオティスに尋ねる。
「いつもこんなんなのか、こいつら」
「あぁ」
「⋯⋯大変だな。お前」
同情するようにバルカンはリオティスを見たが、すぐさまに転がっているリコルとタロットに言った。
「オイ、バカ二人。遊んでる暇ないぞ。さっさとついてこい」
「え? どこに行くんですか?」
「隣の〈日輪の獅子〉だ。そこにもう全員いる」
「全員?」
リコルが不思議に思い首を傾げるが、そういえばと周りを見渡す。
「あっ、確かにロメリアさん居ませんね」
「それだけじゃねェさ」
と、バルカンは外へ出るための扉へと手を掛ける。
「とりあえず来いよ。お前らの同期を紹介してやる」
そう言ってバルカンは〈月華の兎〉のギルドを後にした。
◇◇◇◇◇◇
バルカンに連れられてリオティス達は〈月華の兎〉の隣に聳え立っている、〈日輪の獅子〉のギルドへと入って行く。
リオティスがここに来るのは昨日の試験に続き二回目。
相変わらずSランクのギルドだというのにも関わらず、中に居た〈日輪の獅子〉の団員達は快く訓練場へと通してくれた。
そしていよいよ訓練場に入ろうとしたその時、扉の前に怒りを露にした〈日輪の獅子〉のギルドマスターであるリリィが仁王立ちでバルカンを睨んでいた。
「⋯⋯来たなバカルカン。貴様どういうつもりだ!」
「よっ、リリィ。相変わらず元気そうだな。じゃ、そこどいてくれや」
「断る!! 貴様、昨日自分が何を私に言ったか覚えているのか!?」
「ん? 何のことだ?」
「貴様昨日訓練室を貸してやる代わりに私とデート⋯⋯じゃなく、会いに来ると約束しただろう!?」
「あぁ、それか。だから来ただろ」
「そうじゃない!! 貴様だけを呼んだんだ! なのにどうしてあんな大勢連れてくるんだ!?」
リリィは怒号をまき散らしながら訓練室を指さす。どうやら既に何人か先客が来ているようだった。
それにバルカンは面倒くさそうに頭を掻く。
「いいだろ別に。本当は来るのも面倒くせェから残るつもりだったのに、わざわざ来てやったんだ。ほら、あいつらが待ってるんだしどいてくれ」
「ぐむむむ⋯⋯」
謝る気などさらさら無いかのように言い放つバルカンに、リリィはさらに睨みを利かせる。
(むぅ、せっかくバルカンとデート出来ると思ったのに! どうして私はこうも運がないのだ。いや、そもそも女として見られていないのか? 服装もオシャレにしたというのに⋯⋯)
リリィはそう思いつつも自身の服を見た。
普段の下着姿同然の動きやすい服装とは違い、ミモレ丈のフレアスカートにベージュブルゾンを羽織った大人らしい服装。それはバルカンのためにわざわざ用意した物だった。
(やっぱりこんな服私には似合わない。⋯⋯今日のことはもう忘れよう)
リリィは深く溜息を吐いた。
そんな彼女を無視してバルカンは訓練室へと向かう。だが、扉を開けて入る直前にバルカンは振り向いて言った。
「そういやその服いいな。たまにはお前もそんなの着るのな」
「なっ⋯⋯!」
突然のことに驚くリリィ。
一気に顔が赤くなって頬も緩むが、その時には既にバルカン達は訓練室へと入っていた。
訓練室の中は相変わらず何もなく真っ白だ。
昨日リコルの暴走によって毒液が放出された方の部屋は、既に彼女の能力によって毒が撤去されていたが、念のためにと今は封鎖されている。
つまり、今リオティスが立っているのはもうひとつの訓練室の方なのだが、それでも見る限り作りは全く同じのようだった。
その部屋に入ったバルカンは堂々と手を広げる。
「さぁ、ここにいるのがお前らと同じ時期に入ったギルドの仲間たち。〈月華の兎〉の団員だ!」
バルカンの言葉にリオティスは部屋にいる複数の男女を見た。だがーー、
「うおりゃあああああッ!! さぁ、次は誰がボクの相手ですか!? どこからでも来てください!」
「いやぁ、強いッスねフィトっち。俺じゃ勝てないッスよ」
「ふん、なら次は私が相手ね。せいぜい楽しませなさい!」
「望むところです!!」
などと言って戦いを始める者や、
「ロメリアちゃん、今度俺とデートしない? 君のような可憐な女性にピッタリな良い店を見つけたんだ。それとこれ、君への花束。俺の気持ちとして受け取ってくれ」
「い、いや、その⋯⋯」
「ははは、恥ずかしがらなくってもいいさ。大丈夫、ロメリアちゃんの気持ちはわかっている。俺が格好良すぎて緊張してるんだろ?」
「いや、違います」
などと何故かロメリアを口説いて困らせている者に、
「⋯⋯もぐもぐ」
と、部屋の隅っこでひとり山のようなお菓子を食べている者。
リオティスの目に映ったのはそんなバラバラでまとまりなんて一切ない、ふざけた連中の姿だった