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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第2章 アンジュ~始まり~
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プロローグ 友達


 私がその少女と出会ったのは雨の降る夜だった。


 貧民街で暮らしていた私には、両親もいなければ友達もいない。所謂一匹狼というやつだ。そうやってもう何年もひとりで生き抜いてきた。


 それは今後も変わらない。

 そう思っていた私の前に、あの少女は現れた。


 ゴミを漁る薄汚れた少女。

 彼女は背後に立つ私には気が付いてはいないようで、一心不乱にゴミの中から食べられそうな物を探していた。


 貧民街にはよくある光景だ。

 だが、目の前の少女にはある違和感があった。


 汚れた赤い髪に、布切れのような服装。それらはまさしく貧民街で生きる負け犬達となんら変わりなかったが、その瞳だけは違っていた。


 まるで、いくつもの地獄をくぐり抜けてきたような闇を宿した瞳で、それは少女の目にしてはとても悲しく見えた。


 当然、貧民街で暮らすような奴にはそれ相応の過去があるのだろう。けれど少女はそういった屑共とは違う、本当の地獄を味わったかのような凄みがあった。


 そんな少女に魅入られて私が歩み寄ったのは、もしかしたら彼女と昔の自分を重ねてしまったからなのかもしれない。


「オイ、大丈夫かよあんた。風邪ひいちまうぞ」

「⋯⋯⋯⋯」


 少女が振り向く。


 何かを言うわけでもなく、ただじっとこちらを見ている。


 私は警戒して身構えている少女へとゆっくりと近づいた。


「そんな警戒すんなって。あんた名前は?」

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯チッ、何だよ。人がせっかく助けてやろうってのにだんまりかよ。ハイハイ、そうですかそうですか。なら邪魔者は消えますよーだ」


 やっぱり似合わないことをするものじゃない。


 どうせこんな貧民街で暮らす奴にろくな人間はいない。そもそも助けること自体がおかしいんだ。


 私だってその日その日の生活に手一杯で、今更誰かを気に掛ける余裕なんてない。


 そう考えなおした私が立ち去ろうとした時、背後の少女がお腹を鳴らした。


 振り返って見ると、少女は苦しそうにお腹を押さえていた。


 きっと、ろくにご飯も食べていないのだろう。

 このままでは今日の夜を乗り越えられるかも怪しかった。


(って、私の知ったこっちゃないな。あんな奴死んでも誰も悲しまないだろ)


 私はやはり無視を決め込む。

 他人に関わっている余裕などこれっぽっちもないのだ。


 だが、少女の目が頭から消えてくれない。

 あの寂しそうな、悲しそうな、辛そうな表情が忘れられないのだ。


「⋯⋯クソっ」


 私は再び少女の方へと向かう。


 そして、少女の手を掴むと無理やり引っ張った。


「来い!」

「⋯⋯っ」


 少女は怯えるようにして私を見るが、抵抗する力も残っていないようで、されるがままに歩き出す。


 そんな少女を連れて、私は自分の住処へと戻ってきた。


 誰が何のために作ったのかもわからない汚い小屋。

 そこへ少女を押し込んで、私は毛布を投げつけた。


「ほら、さっさと拭きな。今食い物持ってきてやるからよ」

「⋯⋯⋯⋯」


 相変わらず少女は喋らない。

 ただ無言で毛布に包まっている。


 どうしてこんな奴を助けたんだか。

 未だに私は自分の行動に意味を見いだせていなかったが、ここまで連れてきたなら仕方がない。私はパサパサのパンを取り出すと、少女に手渡した。


「食いな。腹減ってたんだろ?」

「⋯⋯⋯⋯」


 少女は頷く。


「なら食え。遠慮すんなよ。どうせもう捨てるつもりだったんだ」


 私はそう言ったが、それは嘘だった。


 このパンは命からがら盗んだ物で、私からすれば貴重な食糧だ。当然、見ず知らずの少女に渡していいものじゃない。


(ホント、何で私はこんなことを⋯⋯)


 私がそんな風に頭を抱えていると、少女は勢いよくパンに噛り付いた。


 もぐもぐと、味わうようにして少女はパンを食べる。

 すると、その目から涙を流し始めた。


 突然のことに私は驚くが、それだけ辛い日々を送っていたのだろう。そう思い、深くは言及しなかった。


「んじゃ、今日はここに泊まってきな。汚いが我慢しろよ」

「⋯⋯ル」

「え?」

「⋯⋯リコル。私の名前はリコルです」


 怯えるように少女は言う。


 どうやら未だ心は許してはくれていないようだったが、何故だか私はそれだけで嬉しかった。


「リコルか。いい名前じゃないか。ちなみに私はアンジュな! まっ、取り敢えず今日は眠いしさっさと寝ようぜ」

「⋯⋯はい」


 リコルは静かに頷くと、私の隣で眠り始めた。


 これが私とリコルの出会い。

 その日から私たちは行動を共にし、どんな時でも離れることは無かった。


 繋がりを持たないようにしていたけれど、気が付くとリコルは私には無くてはならない存在になっていたし、きっとリコルも同じだ。


 だから、きっとこんな幸せな日々がずっと続くんだと思っていた。


 あの日、リコルの右手にあった紋章を見るまではーー。


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