第12話 入団試験③
「何だよ。こいつは⋯⋯」
バルカンは目の前に突如として現れた赤紫色の塊を目の当たりにして、額に汗を滲ませた。
全長五メートルを超えるその塊はウネウネとまるで生きているのかのように動いており、今なおも成長を続けている。
イメージとしては巨大なスライムのようにバルカンには見えたが、それが凶悪で危険であることは火を見るよりも明らかであった。
今まで隅で傍観していただけのリリィも事態の深刻さには気が付いたようで、すぐ様にバルカンの元へと近づいて尋ねる。
「オイ、バカルカン! これはどういうことだ!?」
「知らねェよ。ただ恐らくは能力の暴走だな。⋯⋯だからリコルは戦おうとはしなかったのか。クソっ」
試験官でありながらも、リコルの暴走を事前に察知できなかった自分に嫌気がさす。
(⋯⋯これは面倒くせェなんて言ってられないな)
辺りに噴出される液体は間違いなく有毒。
このまま放っておけば被害は大きくなる一方だ。
そこでバルカンはリリィに指示を出す。
「あいつは俺が何とかする。お前はこのギルドに居る人間全員を非難させろ」
「なっ、バカ言うな! 貴様ひとりでどうにかなるものか!? それに中には新人が居るのだろう? それって⋯⋯」
不安そうにリリィはバルカンを見たがその表情は冷たく、覚悟を決めた様子だった。
「そういうことだ。まっ、汚れ役ぐらい任せてくれよ」
「⋯⋯わかった。無理だけはするなよ」
それだけ言い残すと、リリィはその場を後にした。
残されたバルカンは、呆然と巨大な毒の塊を見つめる。
「さぁてと、一体どうしたもんかね」
毒の塊は動きが遅く、毒液をバラまいているだけであったが、少しずつ訓練室の扉に向かっていた。
訓練室はメモライトから作られているため毒で溶ける心配はなかったが、外に出ればそうもいっていられない。間違いなく〈日輪の獅子〉は崩壊するだろう。
(それどころか最悪何人も死ぬな。つっても毒には触れねェし、魔法を使えばリコルが死ぬ。⋯⋯やっぱ殺すしか方法はないのか!?)
バルカンの頭に浮かぶ最悪の解決策。
それを察したリリィは汲んでくれたが、出来ればリコルも救いたいというのがバルカンの本音であった。
だが時間も掛けてはいられないため、今すぐにでも決断をしなくてはならない。
「クソっ!」
バルカンが意を決して魔法を放とうとした時、背後から声をかけられた。
「⋯⋯俺のこと無視すんなよ」
振り向くと、そこには拘束から解放されたリオティスの姿があった。
「あっ⋯⋯」
「やっぱ俺のこと忘れてたろ、お前」
「いやぁ、悪い悪い。ちょっとテンパっちまって。そんじゃま、お前も避難しとけや。ここは俺がどうにかすっからよ」
バルカンはそう言って手で払うようにして非難を仰ぐが、リオティスは無視して毒の塊へと歩き出す。
「なっ!? お前何してんだ!」
慌ててリオティスを止めようとするバルカン。
だが、そんな彼に向かってリオティスはうんざりするように溜息を吐いた。
「なんだよ、俺忙しいんだけど」
「忙しいって、今の状況わかってるのか!?」
「リコルが暴走したんだろ? 見たらわかる」
「なら危険だってこともわかるだろ! あの毒に触れたらタダじゃすまない⋯⋯」
と、バルカンがその先を言う前に、リオティスは自身の左手に巻かれていた包帯を解いた。
露になった肌は不気味に変色しており、それを見たバルカンは唾を飲み込んだ。
「それ、まさかリコルの毒か?」
「あぁ、前にいろいろあってな。あの毒の危険性は理解してるつもりだ」
「だったら猶更わからねェな。あの毒が怖くねェのかよ」
「逆だ。俺は毒に触れたからこそ、大丈夫だってわかるんだよ」
リオティスは左手と、放出されている毒を見比べながら続ける。
「あの毒に触ってこれだけで済んでるんだ。きっとリコルが俺の腕に付着した毒を無意識に弱めたんだろ。つまり、アイツは能力をコントロール出来るってことだ」
「⋯⋯本気か?」
「あぁ、つーかこのままだと試験の続き出来ねェだろ?」
当然のようにリオティスは言った。
その目には恐怖なんて微塵もなく、リコルを殺すことも考えてはいない。寧ろ、信じているようにすらバルカンには見えた。
だからこそ、自然とバルカンには笑みが零れる。
「ククッ、カハハハ!!」
「⋯⋯何だよ急に。気味悪ィな」
「いや、悪い。お前案外良い奴なんだな」
「はぁ!? 何でそうなるんだよ!」
「だってあれ見たら誰だってビビるだろ。それをお前当たり前のように助けようとしやがって。ククッ」
バルカンがあまりにも可笑しそうに笑うので、リオティスは恥ずかしさが込み上げてきた。
だが確かに、どうして自分がこうも簡単にリコルを助けようなどと思ったのかはわからなかった。
今まで偽善を振りまいてきたくせに、今更どうしようというのか。それでもリオティスの足はリコルを助けるために動き始める。
その様子を見ていたバルカンは、彼がまるでヒーローのように思えた。
不器用で優しいヒーロー。
そんな絵本の世界に居るようなくだらない存在こそが、今のリコルを救えるのかもしれない。だからーー、
「そんじゃまっ、賭けてみますか。可愛いヒーロー様に」
バルカンはひとり呟くと、魔法を発動させてリオティスの援護に徹した。
「ヤバそうな攻撃が来たら俺が相殺してやる。お前はどうにかしてリコルを助けろ!」
「当たり前だッ!」
リオティスは短剣を握りしめてリコルを包んでいる毒の塊に向かって走り出す。
メモリーを使用した時のリオティスの身体能力であれば、わずかな時間でリコルの元へは辿り着くだろう。だが、相手もそう大人しくはしてくれないらしい。
毒の塊はリオティスに気が付くと、一斉に毒液を放出した。
まるで毒の弾丸。
そんな赤紫色の液体がリオティスに襲い掛かる。
「〈アク・ローアイト〉」
刹那、毒液が全て電撃によって消滅した。
リオティスが一瞬振り返ると、バルカンがしたり顔で右手を広げていた。
その顔が気に食わなかったが、ともかく無事に毒の塊へと近づくことのできたリオティスは、リコルの位置を見つけ出そうと観察する。だがどの位置にリコルが居るのかがわからない。
(二年前の暴走よりも何倍もデカくなってやがる。これじゃどこにいるかなんて⋯⋯ん?)
リオティスの目に映ったのは、赤い光。
それに見覚えのあったリオティスは、勢いよくその場所に左手を突っ込んだ。
毒に浸食された左手が悲鳴を上げる。
その激痛は二年前とは比べようもないほど鋭く、腕が溶けていくような感覚に襲われた。
それでもリオティスは腕を抜かない。
リコルを信じてただ真っすぐに叫んだ。
「手を握れ! リコル!!」
反応はない。
だが、リオティスはやはり諦めない。
「お前が始めたことだろ! お前がなりたいって言ったことだろ! だったら掴めよ。今度はお前が掴む番だ! 誰かを助けたいんだろ? なら俺を助けろ! お前しかいないんだ。お前が能力を制御するしかないんだ! 誰かの助けを待つんじゃねェ。お前が助けるんだ! お前が俺を助けるんだ!!」
リオティスの叫びに毒の塊は突然動きを止めた。
リコルが戦っている。
己の中の自分と懸命に戦っている。
それを感じ取ったリオティスは、さらに腕を伸ばした。
「勝て、リコル! お前はヒーローになるんだろ!!」
笑ってしまうような幼稚な言葉。
だが、それを聞いていたバルカンはもう笑ってはいなかった。
そしてリオティスの左手を誰かが掴んでーー。