第11話 入団試験②
「へェ、魔力で防御したか。咄嗟にしては上出来だ」
バルカンは自分の攻撃を受けても立ち上がったリオティスの様子を見て感心する。
だが、一方のリオティスは、想定外の事態に頭を悩ませていた。
(人の限界を超えた速度、そしてあの容姿。間違いねェ⋯⋯)
リオティスの目に映るのは、先ほどまでの男とは違う。バチバチと弾けるような音で空気を震わせ、黄色い閃光に身を包んだこの世界の強者だった。
「まさかお前も魔法師だったとはな」
リオティスの言葉にバルカンはニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
魔法師。
それはタロットと同じく魔法を扱うことの出来る、生まれ持った才能の持ち主のことだ。
元来、人間には魔力と呼ばれるエネルギーが眠っている。
魔力は特殊な器官より生成され、血液のように全身を巡っているものなのだが、仮に魔力をコントロール出来たとしても身に纏って防御、または殴る蹴るといった物理的な攻撃力を上げることしか出来ない。
だが、魔法師は違う。
魔法師は己に眠る魔力を練り上げることで、適した属性の魔法へと変化させることが出来るのだ。
火属性、氷属性、雷属性、風属性、光属性、闇属性。これらの六つの属性の中から適正なひとつだけを魔法師は魔法として扱える。
そして、バルカンは雷属性の魔法師。
その特徴は身体能力の大幅強化だ。だからこそ、バルカンはリオティス達の目にも留まらぬ速度で移動することが出来ていた。
バルカンは言う。
「まっ、お察しの通り俺は雷属性の魔法師だ。んで、どうする? 諦めて降参するか?」
「⋯⋯いや、それを決めるのは俺じゃない」
「?」
首を傾げるバルカンを他所に、リオティスは短剣を振り上げて走り出す。それは十分に人間離れした速度だった。
バルカンの首元に向かってリオティスは短剣を振るう。
だが、短剣は空を斬るだけ。
目の前のバルカンには傷ひとつ付いてはいない。
それでもリオティスは短剣を振るった。何度も何度も、本気で斬るつもりで振るっているのにも関わらず、やはりバルカンには当たらない。届かない。
バルカンはただ躱しているにすぎなかった。ただその速度があまりにも速すぎるのだ。
黄色い光が眩く映るだけで、リオティスの目にはバルカンの動きが全くといってもよいほど捉え切れてはいない。精々が残像を追う程度だ。
誰がどうみても勝ち目はない。
それどころか、バルカンには彼が端から勝つつもりがないように思えた。
(こいつの動きは本気だ。それは間違いねェ。なのに何だこの感じ⋯⋯)
リオティスから感じる謎の違和感にバルカンは少しだけ戸惑うが、やることに変わりはない。
バルカンは電気を帯びた足に力を籠めると、リオティスの持っている短剣を勢いよく蹴り上げた。
短剣を手放させるつもりの攻撃であったが、リオティスが離さずに握りしめていることにバルカンは少しだけ驚く。だがリオティスの体制が崩れたため、その隙にもう一度蹴りを放った。
今度は腹部に命中。
蹴りをまともに食らってしまったリオティスは後方に吹き飛ぶがダメージは無いようで、すぐ様に受け身を取って立ち上がる。
そんな一連の行動を受けて、バルカンは言った。
「お前やるな。今の蹴りも魔力でガードされたっぽいし、剣術も相当だ」
「そりゃどーも」
「でも、あくまで剣術だけだ。それだけじゃ俺どころか他の能力者達にも勝てねェぞ」
バルカンは自分でそう言いつつも、リオティスが優秀なことには気が付いていた。
(最初の蹴り、多分予想してたな。で、俺が次に腹部を狙うことも。というよりはわざと大げさに体制を崩して狙わせたって感じか。じゃなきゃ俺の蹴りに対して魔力でガードするの間に合わねェだろ)
実際バルカンの考えは正しく、リオティスは相手の行動を誘導し利用することを得意としていた。
だからこそもったいないな、とバルカンは思う。
動きや考え方がどれだけ優れていても、能力者とメモリー使いには超えることのできない壁があるのだ。今のリオティスはバルカンにとって、いつでも倒すことの出来る相手にしか映ってはいなかった。
何故ならリオティスの右手には紋章がない、とバルカンにはそう見えているのだから。
「大体お前の実力はわかった。つーわけで、ちょっと大人しくしてもらうわ」
リオティスの力量を把握したバルカンは、指を鳴らす。
「〈トール・マリン〉」
刹那、リオティスの頭上が光ったかと思うと、網目状の電撃が降り注いだ。
自身を囲む檻のような電撃。
それはリオティスをその場に留まらせるための魔法だった。
「面白い魔法だな。けど、こんなので俺を縛ったつもりかよ⋯⋯ッ!」
網目状の電撃に向かってリオティスは短剣で斬りかかる。だが、
「ぐっ」
短剣が電撃に触れたとたん、勢いよく弾かれてしまった。
「無駄だ。それは指定した対象を一定時間拘束する魔法で、数分もすれば勝手に消滅する代わりに脱出はほぼ不可能になってる。ちなみに指定するための印はさっきお前を蹴った時に仕掛けさせてもらった」
バルカンの言葉にリオティスは蹴られた腹部を見る。
そこには確かに黒い丸のような印が付けられていた。
(あの男、俺がわざと攻撃を誘ったのわかったうえで拘束するために印をつけたのか。⋯⋯どうりで蹴りが弱いはずだ)
リオティスもまたバルカンの力量を把握しつつあった。
身体能力上昇に拘束の魔法。それらを上手く絡めつつ、戦いながらも未だ底が見えないバルカンは、どうやら本当にSランク相当の実力を持っているようだ。
すると、次にバルカンはひとり動かずに震えているリコルの元へと近づいたかと思うと、冷めた視線を注いだ。
「で、お前は何してるんだ? ずっと震えるだけで何もしない。仮にアイツが同じギルドの仲間だったとしても、お前はそうして震えているのか?」
「わ、私は⋯⋯」
やはりリコルは震えるだけ。
その様子が変わらないので、バルカンは肩を落とした。
「⋯⋯ここまでだな。ひとりはメモリー使いでありながら自己中心的に戦うだけの男に、もうひとりは記憶者でありながら戦おうとしない女。これじゃあ試験は不合格だ」
「そ、そんな⋯⋯」
リコルは青ざめるが、やはり戦おうとはしない。
それをリオティスは黙って見守る。
仮に体が自由に動かせたとしても、同じようにしただろう。
何故ならば、これはリコルが言い始めたことなのだ。
元々リオティスにはギルドに入るつもりなんて微塵もない。だからこそ記憶者だということも能力で隠し、試験自体にも本気で取り組んではいなかった。
だからここで終わるのならそれでもいい。
リオティスはそう思いつつも、何故だか胸を抑える。
(何だよ、この感じ。タロットの悲しい顔を見た時と同じだ。どうしてこんなに胸が苦しいんだよ)
リオティスには、やはりわからない。
ただこのままでは試験が終わり、自分たちが〈月華の兎〉に入ることができないのは確かだ。
それでもリオティスは何もしない。そしてリコルも。
バルカンはそんな二人の中でそれぞれ動いている感情を察することもなく、無慈悲にも試験の終わりを告げようとした。その時ーー、
「⋯⋯ル」
何を言ったのか聞き取れはしなかったが、バルカンの耳には確かにリコルが何かを呟いた声がした。
振り向くバルカン。
そこには赤紫色の何かがリコルを飲み込んで大きく膨れ上がっていた。
「コロセ」
赤紫色の何かは、ただそれだけ言うと訓練室の中で暴れまわり始めた。