第7話 落ちこぼれのギルド②
リコルの言った〈月華の兎〉というギルドの名。それを考えるだけでリオティスは頭が痛くなった。
その様子を見たリコルが不安げに尋ねる。
「ど、どうかしましたか?」
「⋯⋯いや、お前何でよりによって〈月華の兎〉に入りたいんだよ」
「えっと、昔〈月華の兎〉に保護されたことがあって⋯⋯。その、あれですよね! 〈月華の兎〉は〈六昇星〉のひとつだから、入団が難しいってことですよね?」
「お前、もしかして知らないのか?」
リオティスの疑問にリコルは首を傾げるだけ。
そんな彼女にリオティスは言う。
「〈月華の兎〉はもう〈六昇星〉じゃないぞ」
「えっ!?」
驚くリコルの表情を見てリオティスはやはりな、と思った。
「やっぱ知らなかったのか。じゃなきゃ〈月華の兎〉に入りたいなんて言うわけがない」
「で、でも、一体どうして!?」
「それを説明するにはまずギルドについて話さなきゃだな。お前はギルドについてどれだけ知ってるんだ?」
「そ、それはその、ギルドは迷宮を攻略したり、魔獣と戦うことを生業としている団体ってことぐらいしか⋯⋯」
「⋯⋯お前その知識でよくギルドに入りたいとか言ったよな」
「うぅ⋯⋯」
リコルが恥ずかしそうに下を向く。
とはいえ、彼女の知識は決して間違っているというわけでもなかった。
ギルドは迷宮と魔獣。その二つの問題を解決するために生まれたのだ。
「ギルドが生まれたのは数百年以上も前のことだ。昔のディアティール帝国の王が、迷宮と魔獣をどうにかするために作ったそうだが、最初は名前が違っていたらしい」
「名前、ですか?」
「あぁ。その名は〈ディザイア〉。それが始まりだったそうで、今ではギルドをまとめる組織の名前となった」
それがギルドの始まり。
ディザイアは迷宮と魔獣の問題を解決するために生まれた組織だったが、今では国を動かせるほどの力を持っている。ディザイアの元でギルドは運営されており、それに加盟せずにギルドと名乗って働いている団体は裏ギルドと呼ばれ違法とされた。
そのため今では世界各国がディザイアに加盟しており、まさに世界最大の組織と言えるだろう。
「要するにギルドをまとめているさらにデカい組織がディザイアってわけだ」
「な、なるほど⋯⋯」
「で、ディザイアはギルドを動かすためにも様々な規則を作ったわけだが、その中でも重要なのがランクだ。それぐらいは言えるよな?」
「はい! 確か下からCランク、Bランク、Aランク、Sランクですよね?」
リコルの言葉にリオティスは頷く。
「そうだ。そのランクは年に二回更新されて、その時の活動の内容や成績によって分けられる。ランクによって仕事の内容や報酬も違ってくるし、当然知名度も違う。中には有名になりたいからとギルドに入るような奴もいるぐらいだ」
ランクというのはそれだけ重要なことだった。
強さと地位の証明。
高ランクのギルドになるとうことは、まさしく人生で勝つことに等しい。
リオティスが以前所属していたギルド〈花の楽園〉も、ゼアノスが団長だった頃はAランクのギルドとして有名だった。
ギルドの内およそ半分がCランクとされているため、Aランクになるということはそれだけ難しいことでもある。
「そして、そんなギルドの頂点にいるのがSランクだ。成績によって常に変動するランクの中で、唯一その数が固定とされている最強の六つのギルド。それが〈六昇星〉だ」
それを聞いたリコルが尋ねる。
「でも、私を保護してくれた〈月華の兎〉も、確かに〈六昇星〉だったはずです」
「それは二年前の話だ。どんな問題があったのかは知らないが、〈月華の兎〉は突然〈六昇星〉から外された。今ではすっかり落ちぶれて、確かCランクのギルドだったはずだ」
「そんな⋯⋯」
リコルはショックを受けて項垂れた。
恐らくリコルが〈月華の兎〉に保護されたというのは、リオティスが左手を犠牲にして助けたあの夜のことだろう。それならば時期的にも彼女が〈月華の兎〉を〈六昇星〉だと思っていたことも説明が付く。
だがそれはもう二年も前のこと。
〈月華の兎〉が〈六昇星〉を脱退したことは、当時も世界中で話題となっていた。
長年不動だった〈六昇星〉の入れ替わり。それは世界のパワーバランスを動かしたと言えるほどの大事件だ。
(けど、リコルはそのことを知らなかった。こいつが貧民街で暮らしていることに関係しているのか?)
リオティスはそのことを疑問に思ったが、今はどうでもいいことだ。
問題はどこのギルドに入るのか。
そして、その決定権はあくまでリコルにあった。
「で、どうする? 他のギルドにするか?」
リオティスが尋ねると、リコルは考えるようにして目を瞑った。
そして何分も悩み抜いた結果、意を決してリコルは目を見開いた。
「私はそれでも〈月華の兎〉に入りたいです!」
強い意志が宿った目。
それは先ほどリオティスをギルドに誘った時に見せた目と同じだった。
「そうか。なら〈月華の兎〉で決まりだな」
「はい! ありがとうございます!」
安心したように笑うリコル。
だが、その隣ではタロットが眉間に皺を寄せながら、深刻な表情を覗かせていた。
「どうした? タロット」
「⋯⋯いや、その、一応聞くが、ルナミラージというのはギルドの名前であってるんだよな?」
「そうだが」
「ぐむむむ、意地の悪い名前だ。でもせっかくご主人がギルドに入ろうと考えているのだし、タロットが我慢すればいいだけだな。いやそれにしてもーー」
などと、ひとりで頭を抱えているタロットに、リオティスは疑問の目を向ける。
「何か嫌な理由でもあんのか?」
「無いと言えば嘘になるが、まぁ些細なことだし問題ないぞ」
「ふーん、どっちにしろお前に拒否権は無いけどな」
「ひどい!!」
騒がしくタロットが喚く。
だが、その割には先ほどの険しい表情も晴れ、どこか嬉しそうだった。
すると、突然リコルが立ち上がったかと思うと、
「ではさっそく明日入団を希望しに行きましょう!」
なんて言い出した。
それにタロットも、おぉっと気合を入れて拳を天に突き出しているが、リオティスは冷めた視線を二人に注いだ。
「バカ言うな。もう朝になるんだぞ。それと、お前は今までろくに飯も食ってなかったんだろ。せめて一週間は休め」
「うっ⋯⋯それはそうですけど」
「じゃあ一週間は三人でいっぱい食べていっぱい遊ぶぞ! ではリコル。さっそくトランプで遊ぶぞ!」
「えっと、私トランプしたことないんですけど⋯⋯大丈夫ですかね?」
「当然だ、タロットに任せておけ! さっ、ご主人も準備しろ!」
「朝になるって言ったよな!?」
「じゃあ勝った奴はご主人と寝れるということで」
「わかりました! 絶対負けませんよ!!」
「その勢いだ! じゃあまず先行はタロットが⋯⋯」
「誰か俺の話を聞けェッ!!」
リオティスの叫び声が部屋に響く。
結局その日、リオティスが安らかな眠りを手に入れることはなかった。