第6話 落ちこぼれのギルド①
それは二年前のことだった。
帝都モントレイサに流れ着いたリオティスとタロットは、相も変わらず偽善を振りまいていた。
片っ端から悪名轟く組織を潰していくことで死神の名が帝都中に知られつつあった時、リオティスはとあるギルドを潰そうとしていた。
裏ギルド。
組織に加盟せずに違法にギルドを運営し、人身売買や薬物を捌く闇の存在。
そんなギルドの情報を手にしたリオティスは、場所を突き止めて今まさに突入をしようとしていた。
だが、扉の奥から聞こえてくるのは男達の悲鳴。
まるで地獄の業火に焼かれているかの如く、男達はのたうち回り苦しんでいた。
中で一体何が起きているのだろうか。
リオティスが警戒しながら入るのを躊躇っていると、突如として音が止んだ。
打って変わり不気味な静寂が訪れたが、リオティスはタロットと共に扉を開けて部屋の中に足を踏み入れた。
目に映ったのは悲惨な光景。
何人もの男性が床に倒れ、体には赤紫色にうねる謎の液体が付着している。
男たちは既に絶命しているようで、どの顔も白目を剥いて口を大きく開いており、よほどの苦しみと痛みが襲ったのだと理解できた。
「これは一体⋯⋯」
と、そこでリオティスはある物を見た。
倒れる男達の奥で、赤紫色に輝く丸い液体の塊。
それは、まるで生きているかのように脈打っており、液体の中にはひとりの少女が居た。
目を瞑り、苦しそうな表情を浮かべる少女。
リオティスが警戒しながらも近づくと、彼女の目がうっすらとだが開いた。
「助けて⋯⋯」
少女がそう言ったようにリオティスには聞こえた。
刹那、リオティスは自身の左手を赤紫色の液体へと躊躇せず突っ込み、助けを求めて伸ばされる少女の手を掴んだ。
どうしてそのような行動をしたのか自分でもわからなかった。ただ気が付くと、勝手に左手が動いていたのだ。
赤紫色の液体に触れると、激痛がリオティスを襲った。
何本もの鋭い針に刺されているかのような痛みと、炎が広がっていくような熱さ。
そんな耐え難い痛みを受けながらも、リオティスは少女の手を離さなかった。
そして少女を液体から引っ張り出すと、赤紫色の何かは崩れて消えた。
リオティスは助けた少女を見る。
息も絶え絶えで、目も虚ろ。
きっと今にでも気を失って倒れてしまうだろう。
それでも少女は何かを言おうとしている。
懸命に口を動かし、目を見開こうとしている。
「ご主人! 誰かがこっちに向かってくる足音がするぞ。それも大勢だ!」
タロットの言葉に、リオティスは助けた少女を優しく地面に寝かせた。
「きっとどこぞのギルドが俺のことを察知して向かってるんだろ。さっさと逃げるか」
「でも、その子はいいのか?」
「問題ない。ギルドが保護するだろ。⋯⋯俺なんかじゃ彼女を助けることはできない」
そう言って、リオティスは少女を置いてこの場を去った。
これが二年も前の出来事。
そしてリコルと初めて出会った時のことだった。
◇◇◇◇◇◇
「⋯⋯⋯⋯」
リオティスは借りている安い宿屋の一室で、固いベッドに腰を下ろして自身の左手を見つめていた。
包帯でグルグルに巻かれた左手は、二年前リコルを助けた時から変わらない。
すぐに処置を行った結果、左手が動かなくなる事態にはならなかったが、包帯の下には痣が残り、日の下に晒すと焼けるような痛みが襲う。
これが見ず知らずの少女を助けた代償だった。
(あの時助けたリコルとこうして再開して、ギルドに入ることになるなんて。ホント、どんな運命だよ)
まるで神様の悪戯だ。
だが、二年前の出来事をリオティスはリコルに語るつもりはなかった。
(リコルも勘づいているようだったが、俺が否定した段階で諦めたはずだ)
いくらリコルがそうだと思っていても、リオティスが認めなければどうしようもない。幸い、彼女自身も記憶が曖昧になっているようで、断言できない様子だった。
当然、リオティスが頑なに過去を語らないようにしているのには理由がある。
リオティスはリラを失ってから、繋がりを持たないようにしていた。
繋がりは鎖であり呪いだ。繋がりを持ってしまえば人は裏切られた時に傷つき、失った時に悲しむ。そんな思いをリオティスはもう二度と味わいたくなかったのだ。
だからこそ、一緒に行動しているタロットも奴隷として置いておき、あくまで物として扱っている。
それはリコルも同様で、過去を認めれば繋がりとなってしまう。その繋がりを作りたくないがために、リオティスは嘘を吐いたのだ。
(リコルは仲間でもなんでもない。ただ俺が利用しているだけの他人。それだけだ)
リオティスが自分に言い聞かせていると、個室の扉をコンコン、と誰かが叩いた。
「ご主人。入ってもいいか?」
「あぁ」
ぶっきらぼうにリオティスが応えると、ガチャリと扉を開けてタロットが入ってきた。その後ろには隠れるようにしてリコルが立っている。
「何隠れてるんだよ。早くこっちに来い」
「は、はい⋯⋯」
渋々タロットから離れて前に出るリコル。その姿は先ほどとはまるで違っていた。
泥が付いて汚れていた髪の毛はサラサラになっており、宝石のように輝く赤色が美しい。肌も汚れを落とし、服装までも清潔な白いワンピースで着飾っていた。
「ど、どうですか?」
恥ずかしそうに頬を赤らめたリコルが、リオティスに尋ねる。
「まぁ、いいんじゃないか?」
「ご主人、もっと気の利いたことは言えないのか? せっかくタロットも頑張ったのに!」
「い、いいんです。タロットさん。可愛くない私が悪いんです⋯⋯」
「いや、リコルは可愛い! それはタロットが保証する! 悪いのはご主人だ。ホント、女心がわかってないな、ご主人は」
グチグチとタロットが煩いので、リオティスはうんざりするように溜息を吐いた。
「わかったよ。可愛いぞ、リコル。凄く似合っている」
「⋯⋯っ、ほ、ホントですか!」
リオティスの言葉を聞いてリコルは喜んでいるが、タロットが勝ち誇った笑みを浮かべているのが気に食わなかった。
また面倒な絡み方を思いついたな、とリオティスはタロットを睨んだが、そのことをとやかく言及する方が疲れると判断し話題を変える。
「⋯⋯で、何しに来たんだ? まさかこれだけの理由じゃないだろ?」
「は、はい。その、私たちが入るギルドについて話をしたくて」
リコルはリオティスの顔色を窺うようにしてそう言った。
身だしなみも一新したというのにも関わらず、先ほどリオティスを誘った熱意はどこへいったのやら。彼女のおどおどした性格はそう変わらないらしかった。
「なるほどな。で、どこのギルドに入るつもりなんだ?」
ただでさえディアティール帝国はギルドの国と言われているのだ。
ギルドの数も多く、選ぶのが容易ではないとリオティスも考えていたのだが、リコルには既に心に決めたギルドがあるようだった。
「はい。私は〈月華の兎〉に入ろうと思ってるんです」
「「は?」」
リコルの言葉に、リオティスとタロットは同時に驚きの声を上げた。
何故ならば彼女の言った〈月華の兎〉と呼ばれるギルドは、良い噂を聞かないような落ちこぼれのギルドだったからだ。