第5話 出会い②
「⋯⋯何で俺がお前とギルドに入る話になる。頭おかしいんじゃないか?」
当然の疑問を投げかけるリオティスに対し、少女は自身の右手の甲を見せつける。そこには記憶者の紋章が描かれていた。
「私は記憶者なんですけど、でもそんな自分が嫌で仕方がなかった。誰かを傷つけるばかりの力で、呪いのようにも思ってました。それは今も変わりません」
「⋯⋯⋯⋯」
「こんな力なんてなければよかった。何度もそう思いました。けど、ある日私を助けてくれた人の姿を見て、私もそんな風になりたいって思ったんです。さっそうと現れて誰かを救う。そんなヒーローに!」
少女の声は次第に大きくなっていく。
その目は先ほどまでとはまるで違い、希望と夢に輝いていた。
「だからお願いします。私が胸を張ってひとりで歩けるようになるまで、一緒にギルドで働いてくれませんか!」
「⋯⋯意味不明だな。俺が何でお前のためにギルドに入らなきゃならない。俺はお前の言うヒーローでも何でもないんだぞ」
「あなたがそう言うならきっと人違いなんです。けど、さっきの戦うあなたの姿を見て、私は自分が何になりたいのかを思い出せたんです! だからあなたとなら私は前に進める気がするんです! それに、お礼ならできます」
少女はそう言うと、ボロボロになった服のポケットからとある物を取り出してリオティスに見せた。
それは、赤色に輝く大きな宝石が付いたペンダントだった。
「もしもギルドに一緒に入ってくれたなら、これをあげます。お金が欲しいって言ってましたよね?」
「それは⋯⋯メモライトか? しかも希少なレッドメモライトーー」
リオティスは少女の取り出した宝石を見て、驚きの声をあげた。
メモライトとは、迷宮の中でしか採掘できない特殊な鉱石のことだ。メモライトには強大なエネルギーが眠っており、そのエネルギーによってこの世界は回っている。
以前、リオティスが〝ネスト〟の中で使用した発光性の高い鉱石もメモライトの一部だった。
そして、少女が持っているのはメモライトの中でも希少で、蓄えられたエネルギー量が多いレッドメモライト。それもあれだけ大きな物は滅多にお目にかかれないだろう。
売れば死ぬまでお金に困る必要は無くなるだろう。
そんな宝石を貧民街の少女が持っているわけもなく、まず間違いなく偽物だ。だが、リオティスにはそうは見えなかった。
真剣な少女の表情。
そして、メモライト自体の輝きも本物に思えた。
すると、隣で黙って話を聞いていたタロットがリオティスに耳打ちをする。
「鼓動の音からして嘘は言ってないと思うぞ」
「⋯⋯だろうな」
タロットの言葉にリオティスは頷く。
兎の獣人であるタロットの聴力は、相手の鼓動の音までも判別できる。それにより相手が嘘を吐いているかもわかるのだ。
つまりあのメモライトは本物。
そして貧民街で暮らす少女が売ることもなく、肌身離さず持っていたということは、それだけ彼女にとっては大切な物ということだった。
それを今、少女は手放そうとしている。
目の前の不審な男に対し、希望を見出したかのように熱意を向けている。
(どうしてだ。何がそこまで彼女を駆り立てる?)
リオティスにはわからない。
三年前にギルドを追放され、愛する人を失った彼にとって、もはやギルドは苦しみの対象でしかなかった。
裏切られ、嵌められ、罵られ、そして死ぬ。
そこには希望と呼べる物はなく、待っているのは絶望だけ。それをリオティスは痛いほど知っていた。
だからわからない。
何故そのような環境に、大切な物を捨ててまで少女が身を置こうとしているのか。自分を頼ろうとしているのか。
だからこそ、リオティスは少女に問いかけた。
「そのメモライトを貰えるとして、お前はそうまでして何故ギルドに入りたいんだ? 記憶者だからって無理に入る必要はない。それにギルドは迷宮探索や魔獣の討伐をしなきゃならない。死ぬかもしれないんだぞ? なのにどうしてお前はギルドに拘るんだ!」
「⋯⋯⋯⋯」
リオティスの言葉に少女は少しだけ考えるように顎に手を当てた。
そして何かを決意したかと思うと、少女は真っすぐにリオティスの方を見て答えた。
「それは、私がそうしたいと思っているからです」
少女ははっきりとそう言った。
まるで迷いなんてないかのように。
「私は私が好きだと思えるように生きたい。さっきまでの私は死んでいたんです。もう何もかもに絶望して、友達まで失って。けど、あなたが私を救ってくれた。夢を思い出させてくれた! あなたにとっては些細なことかもしれない。それでも、私はあなたと一緒にギルドに入りたいんです。私は⋯⋯ヒーローになりたいんです!」
「っ⋯⋯!」
眩しいほどの輝きを放つ少女。
それは宝石なんて霞んで見えるほど純粋で、温かい。その輝きをリオティスは昔見たことがあった。
笑ってヒーローになりたいと言ったリラの姿。
そんなリラと少女の姿が重なって見えたのだ。
リラは本気でヒーローになりたいと思っていた。そして、それはこの少女も同様だ。
本気で何かになりたい、何かをしたい。
いつしかリオティスが失っていたその光を、彼女は持っていた。
(⋯⋯俺もギルドに入れば何かを見つけられるのか? こいつのように、リラのようになれるのか?)
考えてみるが、やはりわからない。
だが、それでもリオティスは賭けてみたいと思った。信じてみたいと思った。
「だからお願いです。私とギルドに入ってください!!」
「⋯⋯リオティス」
「え?」
「俺の名前だ。これから暫く一緒に行動するんだから、名前ぐらい知っとけよ」
「それって⋯⋯!」
少女は目を見開き、嬉しそうにリオティスを見る。
その表情がやはりどこかリラに似ていて調子が狂いそうになるが、リオティスはごまかす様に外方を向いた。
「勘違いするな。俺はお前のメモライトが欲しいだけ。お前がひとりでもギルドで戦えるようになったらすぐに抜けるからな」
「はい! よろしくお願いします!!」
「ふっふっふ、ご主人はツンデレだなぁ」
横で笑うタロットが鬱陶しく感じたので、とりあえずリオティスは彼女の頭を叩いた。
「痛い! 何するんだご主人!!」
「うるせェ。お前がふざけるからだ」
「ははは、仲がいいんですね」
「どこがだ!!」
リオティスが否定するように声を荒げる。
それを見て少女は楽しそうに笑った。
「私はリコル=ラジアータです。そちらの兎さんは?」
「タロットだ! よろしくなリコル!」
「はい、よろしくお願いします!」
夜更けだというのにも関わらず、二人は楽しそうだった。
そんな彼女たちを見つめながら、リオティスの中には今までにない感情が芽生えていた。
擽ったいような、気持ちがいいような。
リオティスにはそれが何なのかはわからなかったが、悪い気分でもなかった。
(俺がギルドに、か⋯⋯)
夜空を見上げると、綺麗な月が三人を照らしていた。