第4話 出会い①
スネイルが立ち去ると、リオティスの緊張は解放され、辺りは静寂に包まれた。
一体あの男は何者だったのだろうか。
そんなことを考えながらも、リオティスは残されたもうひとりの男の元に向かう。
顔を真っ青にして、怯えるようにリオティスを見るカール。彼は短剣を握りしめ近づいてくるリオティスに向かって叫んだ。
「こ、こっちに来るな! 僕ちんを誰だと思ってる! あのカール=バングデラ様だぞ!」
「知らねェよ。貴族か何かか?」
「そうだ! 僕ちんはお金持ちなんだ!」
「へぇ。で、そのお金はお前を守ってくれるのか?」
「えっ」
リオティスの言葉にカールはさらに顔を青くした。
「ま、まさか! 本気で僕ちんを殺すつもりか!? 僕ちんはあの〈六昇星〉にも多額の寄付をしてるんだぞ! 僕ちんに手を上げたらどうなるかわかっているのか!?」
「⋯⋯⋯⋯」
カールの声には耳を貸さず、リオティスは黙って歩く。
殺される。
カールは本能的にそれを理解したが、足に力が入らずに座り込んでしまう。
足がガクガクと痙攣を起こし、全身からは嫌な汗が噴き出す。
しまいには失禁でズボンを濡らし、目には涙を浮かべていた。
そんなカールを見ても、リオティスは何も思わない。ただ足元で怯える彼に向かって、短剣を構えて言った。
「今持ってる金を全部置いていくか、このまま細切れになるか。好きな方を選べ」
「ひ、ひいいぃぃっ!?」
夜の街にカールの悲鳴が木霊する。
彼は持っていた金と装身具を全て地面にバラまくと、一目散に走りだした。
再び訪れる静寂。
リオティスは仮面を外すと、
「〈ダブルピース〉」
そう言って、手に持った仮面に力を籠める。
すると仮面はたちまちにピースへと分解されていき、分解されたピースが再び集まると掌サイズの黒い球体に変わった。
その球体を懐にしまうと、丁度背後から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ご主人! 大丈夫か?」
よろよろと歩きながら、タロットが心配そうにリオティスを見る。
「あぁ、大丈夫だ。お前は?」
「大丈夫じゃない! 急にタロットを放り投げて置いてくとはどういうことだ!」
「いい酔い覚ましになったろ?」
「むぅ、まだ頭は痛いぞ。それにお尻も痛い!」
「はいはい、わかったよ。帰ったら頭撫でてやるから」
「本当か!? うへへ、だったら許す!」
何やら気持ちの悪い笑みを浮かべたタロットは、元気よく親指を立てた。
チョロいな。
リオティスはそう思ったが、気づかれると面倒だったので顔には出さなかった。
「そういえば、その女の子は誰だ? ご主人」
タロットの視線の先には、薄汚れた赤毛の少女の姿。
そこでリオティスも思い出して答えた。
「あぁ、なんか男達に襲われていたんだよ」
「ふむ、それをご主人が助けたというわけだな!」
「⋯⋯違ェよ。俺はただ食後の運動を兼ねて金を巻き上げたかっただけだ」
「ふーん」
タロットがニヤニヤと笑ってこちらを見るが、リオティスは無視して赤毛の少女に言った。
「オイ、お前もこんな時間にひとりで歩くなよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「聞いてんのか?」
リオティスの声にまるで少女は反応を示さない。
生きているのか死んでいるのか。
先ほどもそんな意志のない目でただ突っ立っていたが、今の彼女はそれとはまた違っていた。
瞳には生気が宿り、驚いた様子でリオティスを見るばかり。
何かを言おうと喉元まで言葉が出ているようだったが、少女の気は動転するばかりで一向に話しが進まない。
そんな少女を見ていると、リオティスの脳裏に昔の出来事が思い起こされた。
暗い部屋の中。死体の数々。焼けるように痛む左手。そして気を失って倒れる少女。
それらの記憶が一気に頭に浮かび、リオティスは目の前の少女が誰なのかを思い出した。
(この女、まさかあの時の⋯⋯)
見違えるように姿は変わっていたが間違いない。
リオティスは確かに目の前の少女のことを知っていた。
そのことを思い出したリオティスは、少女に背を向ける。
「⋯⋯行くぞ。タロット」
「いいのか?」
「あぁ、これ以上俺たちが関わる意味はない」
リオティスの言葉に、タロットもしぶしぶ従う。
タロットも目の前に立つ少女が何者なのかは理解していた。だが、リオティスの奴隷である彼女には逆らうことが出来ない。
だから、これで終わりのはずだった。
「あ、あの!!」
歩き出すリオティスの背中に向かって、少女は叫んだ。
聞く意味はない。
これ以上関わりたくはない。
そんなリオティスの思いとは逆に、自然と足は止まっていた。
少女は続けて言う。
「助けてくれてありがとうございます!」
「⋯⋯別に助けてない。俺は金目当てでやったことだ」
「そ、そうじゃなくて! ううん、それもなんですが! その、私のこと覚えていませんか?」
それを聞いてリオティスの鼓動が早まる。
当然、リオティスは少女のことを覚えていた。覚えていたからこそ、こうしてこの場を去ろうとしているのだ。
どう答えるべきか。
リオティスは一瞬だけ返答に悩むが、すぐ様に切り替え低い声で言った。
「⋯⋯知らないな。人違いじゃないか?」
「そ、そんなはずは⋯⋯あなたは私を助けてくれた!」
「助ける? 馬鹿言うな。そもそも俺は死神だ。お前も見てただろ? 俺は平気で人から金を奪うし、命も奪う。そんな奴が誰かを助けるわけないだろ」
「けど、私は⋯⋯」
その先の言葉をリオティスは聞くつもりがなかった。
ポツポツと、気が付けば雨が降っており、濡れるリオティスの温度が一気に冷めていく。心が凍っていく。
少女を無視して、リオティスは歩きだした。
「待ってください!」
未だに声が聞こえるが、やはりリオティスは無視する。
「お願い、待って⋯⋯」
リオティスは無視する。
「私は、私は⋯⋯」
無視する。
もうリオティスの心には何も響かない。
これで良かったんだ。
そう自分に言い聞かせるリオティスに、少女は精一杯の声で叫んだ。
「私と、ギルドに入ってください!!」
脈絡のない少女の言葉。
今まで通り無視すればよいだけのその言葉を聞いて、またもやリオティスの足は止まってしまった。
理由はわからない。
だが、今の少女からは並々ならぬ想いが伝わってくるのだ。
リオティスは振り返って少女の方を見る。
痩せこけて、裸同然のような服を着て、雨にも濡れて。
まさに風前の灯だと言うのにも関わらず、少女の目は死んではいなかった。