第3話 死神VSスネイル
リオティスは受け止めた剣を弾き返す。
後ずさりをして剣を構えるスネイル。彼は警戒するようにリオティスを見た。
黒い仮面を身に着け、短剣を持つ男。
その容姿には覚えがあった。
「貴様、まさか噂の死神か?」
「さぁ? どうかな」
「⋯⋯まぁいい。斬りあえばわかることだッ!」
刹那、スネイルの体がブレたように見えると、いつの間にかリオティスの懐に飛び込んでいた。
「なっ!?」
油断はしていなかった。
だが、ここで自分が相手の力量を見誤ったことに、リオティスは気が付いた。
瞬時に短剣でスネイルの剣を受ける。
先ほどよりも重い一撃。
まるで腕が吹き飛ぶのではないかと思えるほどの衝撃を受けて、リオティスは一歩身を引こうとする。
それをスネイルは許さない。
読んでいたとばかりに間合いを離さず、再び剣を振るった。
一撃、二撃、三撃とスネイルの剣戟は止まることを知らない。
その全てをリオティスは捌いていくが、加速する剣は重みを増していき、徐々に押されていく。
(こいつ⋯⋯!)
焦りがリオティスに見えた時、右足の重心がほんの少しだけ偏ったのをスネイルは見逃さなかった。
ここ一番の加速。
目にも留まらぬその一撃は、今のリオティスには避けることができない。そんな確信がスネイルにはあった。だがーー、
「っ⋯⋯!?」
リオティスはその一撃を薄皮一枚で躱したのだ。
さらには、既にリオティスは攻撃の体制に入っている。
大きな一撃を振り終わり、生まれた確かな隙。それをリオティスは狙っていた。
(こいつ、今までの動きが全速ではなかったのか! そしてわざと重心を偏らせ俺に攻撃をさせた。その後に生まれる隙をつくために⋯⋯!)
スネイルがそのことに気が付いた時にはもう遅く、リオティスの短剣が首元にまで迫っていた。
ーー捉えた!
リオティスがそう思い短剣を振るうと、そこには誰もいなかった。
一瞬、何が起きたのかリオティスはわからなかったが、数メートル先に移動しているスネイルを見て頭を回す。
(奴も手を抜いていた? それもあるかもしれないが、一瞬にしてあそこまで移動することは出来ない。と、なればやはりアレか⋯⋯)
リオティスはそこで最初にスネイルに詰められた時のことを思い出す。
力量を見誤ったとはいえ、油断をせずに構えていたリオティスの懐に瞬時に入り込んだスネイル。その時リオティスは、彼の右手の甲にチラリと見えたある物に気を取られたのだ。
それは黒く禍々しい紋章。
つまりスネイルも記憶者だったのだ。
今の瞬間移動もスネイルの能力だとすれば辻褄は合う。だが、そうでなくとも今のたった少しの斬りあいで、リオティスは彼の実力が本物であることを見抜いていた。
(最初の紋章も恐らくわざと俺に見せたんだろう。そして、その意表をついたんだ。剣術の腕だけじゃない。こいつ、戦い慣れてやがる)
剣の実力、身体能力、判断能力。
その全てがリオティスが今までにあったどの人間よりも優れていた。そして、それはスネイルも同様に感じ取っていた。
「貴様、強いな。その女に対しての攻撃を防いだ時点で薄々感じていたが、俺とまともにやりあえる奴は久しぶりだ」
「そりゃどーも。けどあんたは弱いなぁ。あとちょっとでも能力が遅かったら死んでたぜ?」
「ふっ、強がるなよ。お前は確かに強い。だが記憶者じゃない時点で俺には勝てない」
スネイルはそう言って、リオティスの右手を指さした。そこには記憶者の証である紋章が描かれてはいなかった。
確かにリオティスが記憶者でなければ、リラのメモリーだけで戦ったとしてスネイルに勝てるわけがない。
リラのメモリーは歴戦の記憶を保存している。
代々と受け継がれてきたメモリーには記憶が眠っており、今までの使い手達の経験が蓄積され、その記憶を呼び覚ますことでリオティスは戦っていた。
だからこそ右利きのリオティスは、記憶に従って左手で短剣を使い、今まで剣術を習っていなかったのにも関わらずに一流の剣戟を放つことが出来ていたのだ。
だが、それは剣術のみの話。
いくら剣を振るうのが上手くても、能力を持った相手に対し、メモリーのみで勝てるわけがなかった。
当然、スネイルもそれを理解している。理解しているからこそ余裕があるのだ。
そして、その余裕はリオティスが望んで作り出したものだった。
(奴は俺の右手を見て紋章が無いことを知った。それが嘘だとも知らずにな)
リオティスは仮面の奥でほくそ笑む。
彼の能力〈ダブルピース〉は触れた物質をピースに分解し、好きなように再構築できる。だが、それとは別に右手のひらから具現化できる黒色のピースは、リオティスの好きな物質を創り出すいわば〈創造〉の能力だ。
その黒いピースで肌を創造し自身の右手の甲に埋め込めば、紋章を消して普通の人間と変わりないように見せることだって出来る。
これは罠だ。
紋章でしか記憶者を判断できないこの世界のルールを利用した罠。その罠にスネイルはまんまと引っかかったのだ。
リオティスは不敵な笑みを浮かべて、
「強がりだと思うなら試してみろよ」
と言った。
それに対してスネイルは、剣を構えるだけで動こうとはしない。明らかに何かを警戒している。
少しの間の硬直。
そんな状況にしびれを切らしたカールがスネイルに向かって言う。
「オイ、何してんだよ! はやくこの仮面野郎を殺せよ!」
「煩いぞ豚野郎! 貴様は黙っていろ」
「ブヒっ!? ぶ、豚野郎?」
豹変したスネイルの声に、カールは意味が分からずに顔を真っ青にしている。
それが面白くってリオティスは笑った。
「ははは、漏れてるぞ本音が。やっぱり俺が怖いんだろう?」
「⋯⋯いいだろう。乗ってやる。貴様のその挑発に」
まさに一触即発の空気。
今にもスネイルは本気で掛かってくるだろう。だが、その寸前に状況は一変した。
「これは⋯⋯氷?」
スネイルが周りを見渡すと、そこには自分を囲む氷柱の数々。冷たく尖ったその氷柱の先端は、全てが彼に向けられていた。
リオティスも何が起きたのかを理解し、自分が走ってきた方向を振り向く。
そこには置いてきたタロットが、動けないながらも指を向けて懸命にスネイルを睨みつけていた。
『ご主人に手を出したら、タロットが許さない』
声は聞こえないながらも、リオティスにはタロットがそう言っているように思えた。
氷柱に囲まれて、スネイルは肩の力を抜く。
「なるほど、これがお前の切り札か。氷属性の魔法師⋯⋯いいカードを持っていたな。そうでなければ貴様はここで死んでいた」
スネイルは剣を鞘に納め、リオティスに背を向けた。
「じゃあな、豚野郎。契約はここまでだ」
「な、なんだよ!? お前には大金を払ってるんだぞ!」
「その金の契約はお前を守ること。そして、それはこの瞬間に破綻した」
それだけ言うと、スネイルはカールを無視して歩き出した。
「オイ、いいのか? 俺はお前の背中にこの氷を落とせるんだぜ?」
リオティスの挑発。
だが、その挑発には乗らずスネイルは笑った。
「遊びはここまでだ。夜更けとは言え、こんな道端で目立ちたくはない。それにーー」
刹那、周りに浮かんでいた氷柱が一斉に砕け散る。
「見逃すのは俺の方だ。今度会ったときは気を付けろ。お前のその性格が命取りだ」
そんな言葉を残し、スネイルは闇に消えた。
負けてなんかいない。
そう思うリオティスとは別に、ほっとした自分がいることに気が付く。
「あぁ、覚えておくよ」
リオティスのその言葉は、もうスネイルには聞こえてはいなかった。