エピローグ 三年後
想いは受け継がれ、記憶は力となる。
そんな、誰もが当たり前に知っている世の理が俺は大嫌いだった。
リラが死んだ今でもそれは変わらない。
彼女の想いを受け継いだというのにも関わらず、俺の心にはぽっかりと大きな穴が空いていた。
いくら愛を知ろうとも、いくら記憶を持っていようとも、時がたてば薄れるばかり。リラの笑顔も声も段々と霞んでいく。
何故なら、俺の隣に君はもういないのだから。
「た、助けてくれ!?」
目の前で泣き叫び、懇願する男の顔。
俺はそれを見下ろしながら、未だにリラのことばかり考え続けている。
リラが生きろと言った。
だから俺は生きている。
リラがヒーローになりたいと言った。
だから俺はこうして悪党に短剣を向けている。
そこには俺自身の感情なんて何もない。ただそうするべきだという謎の使命感に囚われているだけだ。
人を斬って斬って斬り続けて。
何度もそうしていくうちに、気が付くと俺は何も感じなくなっていた。
恐怖に染まる顔も、泣きじゃくる顔も、許してと懇願する顔も、どいつもこいつも最後には同じ顔をする。それにもう俺は見飽きてしまった。
だから、今目の前にいる男を見ても何とも思わない。ただ使命を全うするだけだ。
「や、やめろぉっ!?」
男の声を無視して、俺は短剣を振り下ろす。
真っ赤な血が飛ぶ。
そんな返り血に濡れても、やはり俺は何も感じなかった。
動かなくなった男を見下ろして、俺は短剣をしまう。
役目を終えて振り返ると、そこには白銀の髪を揺らす美しい少女が立っていた。
「⋯⋯終わったんだな。ご主人」
いつも通りにタロットは俺にそう聞いた。
「あぁ。これで終わりだ」
俺もいつも通りにそう言った。
その言葉を聞いて、タロットは悲しそうな目をして俺を見る。彼女が何を言いたいのかはわかっていた。
こんなことに一体何の意味があるんだ?
きっとそう言いたいのだろう。
リラを失って、〈花の楽園〉を出て早三年。三年間俺はタロットと共にあらゆる組織を潰してきた。
金を奪う者、薬物を売りまく者、人を殺めた者。
そんな奴らの蔓延る組織を潰していき、俺は〝死神〟と恐れられながらもヒーローのようになろうとした。
だが、それは正義感からしていることではない。
偽善。いや、それ以下か。
俺がしていることは、もはや目の前で倒れている男となんら変わりはないのだ。
だから、タロットの思うようにこの行為に意味など無い。無いとわかってはいるが、俺にもどうすることもできない。
俺は生きている意味を失った。
あの日、迷宮内の〝ネスト〟に落とされてリラを失い、何もかもに絶望した。
リラの隣に居たい。
たったそれだけの生きる希望が無くなり、俺は何をすればいいのかわからなくなった。
その結果がこれだ。
何の意味もない偽善の行動。だが、それ以外の生きる理由がなく、俺はくだらないとわかっていても続ける他に道が無かった。
今や俺は、リラの想いに動かされているだけの人形に過ぎないのかもしれない。
タロットの視線を受けながらも、俺は逃げ出すようにその場を去った。
何も言わない俺の後ろを、タロットもまた黙ってついてくる。
タロットにはこの三年間、俺の傍でずっと戦ってもらっていた。そうすることが彼女の願いであり、奴隷としての役目だ。
だが、最近のタロットはよく悲しい表情をするようになった。
まるで俺を心配するかのような顔。
だが、俺にはどうでもいいことだった。
タロットは奴隷だ。
だから、俺の言うことだけを聞いてさえいればいい。そのはずなのに――、
「クソっ」
俺は何故か痛む胸を押さえる。
どうしてタロットの顔を見ると胸が痛むのかわからない。わからないからこそ怒りが込み上げてくる。
俺はそんな謎の感情に支配された中、それでも前を歩き続けた。
――なぁ、リラ。俺は本当にこれでよかったのかな。
自分の胸に聞いてみたが、答えは返ってこなかった。
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