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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第4章 アルスとロメリア~約束~
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第17話 合同訓練⑦


 突如として巻き上がった突風に腹部を打たれ、タロットが上空へと飛ばされた。


 ウィルドの魔法だ。

 魔力の込められた強風と、身体に伝わる痛みによって嫌でも思い知らされる。


 だが、理解したのは魔法に触れたからこそ。

 タロットには、いつウィルドが魔法を放ったのかも、その軌跡や起こりすらも感じ取れなかった。


「ぐっ、この⋯⋯!」


 得体の知れない不気味さと、その正体を見極めることの出来ない無力さを振り払うようにして、タロットは三度氷柱をウィルドに向けて放った。


 雨のように降り注ぐ氷柱。

 避けることなどは到底不可能な絶望を前にして、ウィルドはつい溜息を零した。


「一芸だけか。いい加減学べ」


 退屈を吐き出すようにウィルドの口から出た言葉通り、彼に向かって降り注いだ氷柱はいとも簡単に逸れてしまう。


 ウィルドを綺麗に避け、無意味に地面に刺さり続ける氷柱をタロットは注意深く観察する。


(なるほど、風か! タロットの魔法をアイツは風の力で弾いているんだ!)


 集中し、凝視することでようやく気が付いた事実。

 それは、ウィルドの全身を守るようにして流れる風の魔法だった。


 ウィルドは常に魔法を発動させ、自身に近づくあらゆる物質を風の流れで動かしていた。タロットの魔法もその限りではなく、風の流れに阻まれた結果、まるで自ら避けているように見えていたのだ。


「タネは割れたな! なら、これでどうだ!」


 タロットは氷柱の生成を中断すると、右手のひらをウィルドに向けた。


 急激に低下する気温。

 辺りが薄っすらと白く輝いて見えるや否や、ウィルドが立っていた地面から氷塊が出現した。


 地面から五メートル程の高さにまで昇る氷の塊はまるで山のようで、一瞬にしてウィルドを閉じ込めてしまう。


「タロットも無詠唱(それ)は得意だ! どうだ? 一瞬の出来事で何も出来なかっただろ?」


 氷に包まれ身動きが取れないであろうウィルドに向かって、タロットが勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


 氷柱の魔法とは別格の、タロットが得意とする広範囲攻撃。

 彼女の意図した場所を一瞬にして氷漬けにするこの魔法は、ウィルドの魔法同様に詠唱の必要は無く、溜めや予備動作も殆どないため、まず回避することは不可能だ。


「油断大敵だな!」

「そうでもないさ」


 無傷で地面に着地したタロットの真後ろで、ウィルドが応えた。


 咄嗟に振り向くタロット。

 だが、それよりも早くにウィルドは魔法を発動させていた。


 予備動作も詠唱も無い完璧なる早業。

 吹き荒れる突風はタロットの全身を余すことなく打ち付けた。


「ぐはっ⋯⋯!」


 無様に地面を転がるタロットは苦しそうに歯を食いしばりつつも、ゆっくりと立ち上がる。


「痛い、まるで近距離で滅茶苦茶に殴られたみたいだ」

「⋯⋯痛い、だと?」


 腕を回し、肩を手で押さえ、首を鳴らすタロットに、ウィルドは意味が分からないと困惑の表情を浮かべた。


(痛いで済むはずがない。奴は僕の魔法が⋯⋯()()の流れが見えていない。防御も当然間に合っていない。何故ほぼ無傷なんだ?)


 ウィルドとタロットの間には埋まることの無い圧倒的な実力差がある。


 魔法師として彼女の数段上を行くウィルドにとって、この戦いの結末は端から決まっており、やる気を持って臨め、という方が無理な話だった。


 タロットの魔法を初めて間近で見た時、ウィルドは激しく絶望していた。


 弱く、拙く、脆い。

 欠点だらけのタロットの魔法に、退屈な未来が決定づけられてしまったのだ。


 その未来はやはり変わらないのだろう。

 今もこうしてタロットと戦いながらも、ウィルドは彼女の魔法に何ら興味を持つことが出来てはいなかった。


 だが、とある違和感がウィルドに付き纏う。


 圧倒的な出力を有する自身の魔法が直撃しても尚、無傷で戦い続けるタロットの姿。これだけ広範囲な無詠唱魔法を使い続けて全く底の見えない魔力量。そしてーー、


「何故、あそこまで()()がざわついているんだ⋯⋯?」


 ウィルドの目に映るタロットの周りには、ぼんやりと輝く青い光の玉が浮かんでいる。


 ふわりふわり、と。

 まるで綿が舞うように、雪が降るように、幾つもの小さな光がタロットに従うようにして密集していた。


「本来、魔法師は精霊に愛される者のことを言う。だが、お前のそれは愛というよりはまるで支配だな」

「精霊? 愛? 支配? 意味不明だな。悪いがくだらんお喋りをするつもりは無いッ!!」


 ウィルドが始めた会話を無理やり終わらせると、タロットは力任せに魔法を放った。


 地面を凍らせ、任意の対象を瞬間的に氷塊に閉じ込めるあの魔法だ。


 発生も早い。起こりも無い。

 予め魔法が放たれる瞬間を予知していなくては到底回避できないタロットの魔法を、それでもウィルドはいとも簡単に避けてしまう。


 足に風の魔法を纏わせ、強風を利用して俊敏に動くウィルドは、次々に放たれる一撃必殺の氷塊を避け続けていく。


 表情は至って涼し気だ。

 当たる気配など微塵も感じられない。

 その動きは、まるで何処にいつ魔法がやってくるのかを知っているかのようだった


「なら、これでどうだァッ!!」


 痺れを切らしたタロットが両手を高々と上げる。


 両手に込められていく魔力。

 タロットは存分に力を溜めた両手を勢いよく振り下ろすと、地面に向かって力強く突いた。


 刹那、辺り一帯の森林が余すことなく凍り付く。


 先ほど見せた全てを白銀の世界に誘う超広範囲魔法だ。


 パキパキ、と氷の割れる音。

 そして、自身の荒い呼吸音だけがタロットの耳を震わせた。


「ハァ、ハァ、ハァ⋯⋯これで」

「これで終わりか?」


 タロットに続けるようにして、またしても背後からウィルドの声が聞こえた。


 力無く、絶望するようにゆっくりと振り向くと、そこにはやはり無傷のままのウィルドが立っていた。


「⋯⋯どうしてだ」

「何故魔法を避けることが出来たのか、という意味だろ? 簡単だ。僕とお前とでは見えている景色が違う。お前は精霊とその色から属性を判断することしか出来ていない。僕は違う。マナの流れを完璧に読み取り、お前がどのような魔法を、いつ、どこに放とうとしているのかが分かる」

「また、それか」


 ウィルドの説明を、もはやタロットは理解するつもりも無かった。


「意味不明な言葉ばかりだ。ハァ、頭が痛くなる」

「何を言っている? 知っているはずだろう。魔法師として魔法を使う以上、知識は必要になる。知識無くしては、いくら才能があろうとも魔法は使えない」


 それは余りにも当たり前のことだった。


 魔法師はその名の通り魔法を使う才能を持つ者のことを言う。

 だが、魔法師といえど、生まれてから直ぐに魔法を扱うことが出来るのかというと勿論違う。


 知識を増やし、魔法の原理を理解し、何年もの並々ならぬ努力と研鑽を積み重ねてようやく魔法を使うことができるのだ。


「お前はどこでどうやって魔法を身に着けた? 師匠は? そこで学んだはずだろ」

「何を言っているのかサッパリだな。タロットに師などいない。魔法なんて使いたい時に、使いたいように使えばいい。それだけだ」

「⋯⋯本気で言っているのか?」


 有り得ない。

 そう続けようとしたウィルドの言葉が喉に詰まる。


 何故なら目の前に立つひとりの魔法師の表情が、とても嘘を吐いているようには見えなかったからだ。


(コイツは独学で魔法を身に着けたというのか? 知識も無く魔法を今まで使っていたのか? あれだけの魔法を、広範囲で、さらには無詠唱で? おかしいとは思っていた。無詠唱のできる魔法師が、マナの流れを読めないはずがない。そして、これだけの魔法を使っても尚底が見えない魔力量。もしもコイツが知識を得て、僕と同じ世界に入ることが出来たならば⋯⋯)


 ゴクリ、とウィルドが喉を鳴らした。


 興奮と緊張から首には汗が伝い、驚きと高揚感から口角が自然と上がる。


「ふっ、なるほどな。面白い。実に面白い」

「どうした? 頭大丈夫か?」


 突如として笑い出したウィルドに、タロットが怪訝な視線を向ける。


「悪い。平気だ。ところでお前、名前は?」

「⋯⋯タロット」

「タロットか。よし、タロット。僕がお前を導いてやろう。そのためにもまずは、この〝お遊び〟を終わらせることにしよう」


 ウィルドが眼鏡をクイっ、と押さえて位置を戻すと同時に、タロットを激しい眩暈が襲った。


「ぐっ、うぅ、おえぇぇッ」


 頭を押さえ、タロットが膝を付く。

 顔色はどんどんと青色に染まり、胸から押し上げてくる吐き気に堪らず嘔吐してしまう。


「手荒で悪いな。最悪の気分だろ?」

「ぅぅ⋯⋯一体、何を」

「安心しろ毒じゃない。そもそも気が付いているとは思うが、僕は記憶者(メモライズ)じゃない。これは魔法師の力だ」


 自身の右手の甲を見せつけ、紋章が描かれていないことをアピールしたウィルドは、倒れて動けないタロットをただ真っすぐに見下ろす。


「マナ酔いだ。過剰に他属性のマナを無理やり供給されるとこうなる。まぁ、今は理解する必要ないがな」

「酔う⋯⋯?」


 そこでタロットは思い出す。


 今回の〈日輪の獅子(ソルネメア)〉との合同訓練にあたりフクシア島まで長い船旅をしてきたが、その時タロットは全く同じ症状を起こしていた。


「これ、は⋯⋯船の」

「船? あぁそうか。お前らは船でここまで来たのか。ならそうだな。海上は特に精霊が多く密度も高い。精霊との繋がりを制御できない魔法師では、同じようにマナ酔いが起きるだろう」


 ひとり納得するように頷くウィルドを他所に、タロットは意味を理解するまでも無く段々と意識が遠のいていく。


 魔法の持続も困難となり、記憶装置(メモリア)を守っていた氷が剥がれ落ちてしまう。


「しゃべりすぎた。約束の五分だ。続きはこの後にでもしよう。お前はまだまだ強くなる。だが、今回は僕の勝ちだ」


 ウィルドは静かに屈むと、魔力の流れさえも断ち切れて地面に落ちた記憶装置(メモリア)へと手を伸ばした。


 冷たくなった金属にウィルドの指が触れると、頑丈な記憶装置(メモリア)がいとも簡単に砕け散った。


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