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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第4章 アルスとロメリア~約束~
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第16話 合同訓練⑥


 時は凡そ十分程前にまで遡るーー。


「⋯⋯凄いッスね。これは」


 リオティス達と二手に分かれたレイクは、目の前に広がる美しくも異様な光景に息を呑んだ。


 花や草木、そして巨木に至るまで。

 目に映るであろう全ての自然が凍てつく氷によって覆われていた。


 大地は凍り付き、空気は冷たく張り詰め、辺りには霜が降り積もる。

 魔獣もろとも大自然を白銀の世界に誘ったひとりの魔法師の後姿に、レイクは肺に溜め込んでいた息をようやく吐きだした。


「見るのは初めてじゃないッスけど、やっぱりタロっちの魔法はとんでもないッスね」


 レイクの吐き出した白い息が空気に馴染んで消えた時、タロットが勢いよく振り返った。


「ふふん、まぁな! タロットはご主人御墨付の大天才だからな!」


 自信満々に笑顔を振りまくタロット。

 それは、いつもと変わらぬ様子であったが、だからこそレイクは少しだけ恐怖した。


 いともたやすく魔獣と森を殺したタロットの力は、ひとりの魔法師が持っても良い許容範囲を遥かに超えていた。意のままに世界を一変させる魔法。凶器。それを、ただの可愛らしくも美しい女性が有しているのだ。レイクの背筋が凍るのも当然だった。


「本当にタロっちが味方で良かったッス」

「⋯⋯タロットは凄い。私の出番が無い」


 レイクに賛同するように同行していたルリも頷く。


 相変らずの無表情で凍り付いた世界を見渡すルリだったが、どこか詰まらなさそうにしていることをレイクは見逃さなかった。


「いつかルリっちの出番も来るッスよ。その時は頼りにしてるッス!」

「⋯⋯うん。頑張る」


 小柄なルリの頭をレイクが撫でる。

 やはり表情は変わらないながらにも、ルリはやる気を出したように拳を握ってガッツポーズを取った。


「レイクはルリの考えが分かるんだな。と、いうよりも何だか仲が良い気がする」


 一連の流れを見ていたタロットが何気なく口にした言葉。

 それは別段深い意味も無く、ただの興味から来るものだった。


「⋯⋯そう、ッスね」


 レイクはどこか寂し気にルリの頭を再び撫でた。


「⋯⋯レイク?」


 ルリもレイクの異変に気が付いたのだろう。

 不思議そうに、心配するように彼の顔を見上げた。


「何でもないッスよルリ。ただ、昔の事を思い出しただけッス」

「⋯⋯ならいい」


 優しく微笑むレイクに、ルリはそう言う他になかった。


「何か余計なことを聞いてしまったか?」

「そんなことないッスよ! それよりもタロっち。早いとこ次の魔獣を探した方がいいッス。次はどっちに行くッスか?」

「そうだな⋯⋯」


 タロットが目を瞑り耳をピクリ、と動かした。


 獣人由来の聴力。

 数キロメートル先の物音すらも判別できるタロットの耳があれば、魔獣を探すことも容易だった。だが、


「⋯⋯やられた」

「どうしたッスかタロっち?」


 突如目を開き、いつになく険しい表情を浮かばせたタロットにレイクが尋ねた。


「いつからだ。全く気が付かなかった。レイク、ルリ。戦闘態勢だ。敵が来た!」


 タロットが叫ぶ。


 瞬時に状況を理解したレイクは槍を構え、ルリも攻撃に備えて両手を広げた。


「タロっち! 敵はどこに⋯⋯」

「そう身構えなくてもいい。不意打ちなど姑息な手を使うつもりは無い」


 タロットの代わりにレイクへと返答した男の声。

 と、同時に、森の奥から()()の影が近づいて来た。


 二人の男性。

 ひとりは眼鏡を掛け、もうひとりは白いヘッドフォンを首に掛けていた。


 白いヘッドフォンの男が言う。


「俺は〝不意打ちしてもいい派〟なんだけど。ウィルドは真面目だねいつも」

「不意打ちで終わっては意味が無いだろう。フゥ」

「それもそうか」


 呑気に話しながらも歩みを進める二人は、レイクたちの真正面に堂々と立ちはだかった。


「んで、どいつが魔法師な訳?」

「あの獣人だ」

「じゃあ予定通りそっちはウィルドに任せるよ」


 フゥは再び歩き出すと、少しだけウィルドから距離を取る。


「俺の相手はメモリー使いと記憶者(メモライズ)か。お手柔らかに頼むよ」

「⋯⋯俺とルリっち二人を相手にひとりッスか。随分と強気ッスね」


 レイクが警戒するように槍をフゥへと向けた。


「いや俺だってしんどいよ実際。でも、ウィルドがそっちの魔法師とやりたいって言って聞かないんだ」


 両手を上げ、やれやれと溜息を吐くフゥ。

 彼の言動を注意しつつも、レイクは作戦の指示をタロットに仰いだ。


「どうするッスかタロっち。あの眼鏡の男は、ひとりでタロっちとやる気みたいッスけど」

「そのようだな。なら好都合だ。レイクとルリはそいつを頼む。タロットはあの眼鏡をぶっ倒す!」


 タロットが右手を広げて魔法を展開する。


 空中に生成されていく五つの太い氷柱。

 それをウィルドに向けながらタロットは強気に言い放った。


「そこのお前! お前も魔法師だな。それも()()()()()()風の魔法師だろう!」

「そうだが。魔法師なら知りえて当然のことを格好つけて叫ぶな」


 同じ魔法師との戦いに胸を高鳴らせるタロットとは打って変わり、ウィルドの反応は冷たい。見るからにやる気が削げ落ちていた。


「どうしたんだよウィルド。お前、あの魔法師とやりたがってたじゃんか」


 余りの落ち込み様に、フゥが溜まらずにウィルドへと気遣いの声を飛ばした。


「⋯⋯悪いなフゥ。予定を少し変更する」

「えっと、お前があの魔法師の相手。俺が残りを相手する。そういう予定だったよな。じゃあ、やっぱこのまま二対三でやるのか?」

「いいや。僕はその後なんて言っていた」

「確か『魔法師は十分で仕留める』。⋯⋯だったか?」

「変更だ。この程度なら⋯⋯五分で事足りる」


 ズボンのポケットに両手を入れたまま、ウィルドが淡々とそう言った。


 強気だ。

 余りにも強気で太々しい態度。

 タロットは、そのウィルドの態度が気に食わなかった。


「ふん、そうか。やれるものならやってみろ!」


 魔力を練り、タロットが魔法を放つ。


 刹那、彼女の体は突風と共に勢いよく吹き飛んだ。


「タロっち!?」


 木々を貫き森の奥へと消えたタロットを心配するレイクだったが、辺りに吹き荒れる強風に目を開けることも、自由に体を動かすことも出来なかった。


「スゲー風。流石だなウィルド」

「世事はいい。そっちは任せるぞ」

「はいよ。んじゃいってらっしゃいウィルド」


 呑気に手を振るフゥにはそれ以上応えず、ウィルドは凄まじい速度でタロットの後を追いかけた。


 風を足に纏い、空間を蹴るようにして進むウィルド。

 邪魔な木々を薙ぎ倒しながら最短最速でタロットの元へと辿り着いたウィルドだったが、彼の目に飛び込んできたのは太く大きな氷柱の先端だった。


「⋯⋯ふん」


 ウィルドは氷柱に冷めた視線を送ると、意に介さず足へと纏った魔法を再び発動させた。


 正面から放たれる氷柱。

 その氷柱に向かって真っすぐに飛ぶウィルド。


 次の瞬間には氷柱が激突し、ウィルドの頭を貫くはずだった。


「邪魔だ」


 ウィルドはただ呟く。


 刹那、氷柱がまるで意志を持つかのようにしてウィルドの体を避けたのだ。


 当たる直前に右へと逸れ、あらぬ方向に飛んでいく。

 結果、氷柱はウィルドに激突することも無く、背後の巨木へと深く突き刺さった。


 だが、ウィルドは気にしない。

 まるで、そうなって当然だと言わんばかりの態度で地面に着地すると、目前で魔法を展開するタロットへと思考を移した。


(両足でしっかりと立って僕を見ているな。足は無事か。いや、見るからに全身へのダメージが無い。手加減をしたとはいえ僕の魔法が直撃したんだ。肉も骨も一部は壊れるはず)


 実際、ウィルドはタロットの肉体を破壊するつもりで魔法を放っていた。


 強風で身体を数百メートルは吹き飛ばしたのだ。

 道中、木々や岩にも打ち付けられているはず。今こうして彼女が無傷で立ち上がり、自身に向けて魔法を構えていることがウィルドには不思議だった。


「お前、どうやって身を守った。僕の魔法は認識できていなかっただろう」

「別にどうも無い。お前の魔法が弱かっただけだ!」


 周りに氷柱を浮かばせながらも、タロットは自身の服に着いた埃や砂を手で払う。


「お前なんかじゃタロットの究極ボディに傷一つ付けられないぞ!」

「まあいい。大方魔法で身を防いだんだろう。その記憶装置(メモリア)のようにな」


 ウィルドが指摘したのは、今回の合同訓練の要でもある記憶装置(メモリア)だ。


 氷柱に紛れて浮かぶ黒い球体は、タロットの魔法によってーー氷によって包まれ守られていた。


「凄まじい強度だ。アリスのバリアじゃ確かに太刀打ちは無理だったな」

「誉めてもらえるのは悪い気がしない。だが、これはお前に吹き飛ばされながら発動させた魔法だ。タロット自身には何もしていない」

「嘘だな。僕の魔法の威力は僕が一番知っている。余程やられたのが気に食わないようだ。効いていないアピールはそのぐらいにしておけ。この後すぐに嫌でも思い知ることになるんだからな。僕との差を」


 ウィルドがついにポケットから両手を出した。

 いや、正確には出しただけ。構えるわけでも、戦闘態勢に入ったわけでもない。だが、たったそれだけで空気がガラリと変わった。


 ウィルドの全身から発せられる圧と、漲るような魔力。

 風によって物静かに揺れる草花も、まるで嵐の前の静けさを表しているようだった。


「五分⋯⋯。五分以内にお前を脱落させる。せいぜいそれまでに僕にお前の力を少しでも示してくれ」

「さっきから上から目線で気に食わないな! タロットに負けた後で後悔しても知らないぞ!!」


 鋭い睨みを利かせたタロットは右手を振り払い、空中に浮かばせていた氷柱を一斉にウィルドへと放った。


 数にして十本の氷柱。

 その全てがウィルドを襲い、貫くはずだった。


「っ⋯⋯!?」


 だが、やはり氷柱は当たらない。

 先程と同様にウィルドの体を避けるようにして、右へ左へと向きを変えていく。


(どういうことだ!? タロットは間違いなくアイツを攻撃するように魔法を使った。なのにどうして魔法が勝手に避けていくんだ⋯⋯!?)


 驚きに目を見開くタロット。

 そんな彼女へとウィルドは静かに打ち明けた。


「後悔ならしている。僕と少しは戦える奴がいる、と期待してしまった過去の自分にな」


 ウィルドが右手の指を動かすと同時に、タロットの体は強風によって打ち上げられた。


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