第12話 奴隷②
仮面を外し、露わになった青い髪と美しくも可愛らしい顔。
それを見た奴隷の少女は驚いたようで、目を大きく見開いた。
「ご主人は女だったのか!?」
「うるせェ、男だ」
「まさか自分に匹敵する可愛さを持った人間がいるとは⋯⋯、これは油断できない」
「だから男だって! はぁ⋯⋯、まあいい。俺はリオティス。お前の名前は?」
「自分は⋯⋯別に名前なんて無いな」
「名前が無いって、どういうことだよ」
「深い意味は無い。まっ、好きなように呼んでくれればいいぞ!」
少女は相変わらず元気そうに笑っているが、リオティスにはどこか悲しそうにも見えた。
とはいえ、リオティスからしてみれば、名前が無い方が何かと都合がよかった。
名前が無ければ余計に〝物〟という意識が強まり、万が一壊れてしまっても悲しむこともない。
(⋯⋯また目の前で大切な人が死ぬのを見るのはまっぴらだ)
だからこそ少女が良いと言うのならば、無理に名前を付ける意味はない。それでもリオティスは、少女の悲しそうな目が頭から離れなかった。
「⋯⋯タロット」
「え?」
「お前の名前はタロットだ。名前があった方が都合がいいだろ」
それは先ほどの盗賊達が行っていたタロットカードから取った名前だ。特にリオティスにとって意味など無い。
だが、名前を与えられた少女は何度もその名前を呟くと、今までで一番の笑顔を見せて言った。
「タロット⋯⋯いい名前だ! ふふふ、タロットか。ふふ」
にやにや笑って耳を上下に動かしているタロットがあまりにも嬉しそうだったので、ついリオティスの口元も緩んでしまう。
それを悟られないように再び仮面を着けると、リオティスはタロットに向かって尋ねた。
「それで、お前は何か戦えるのか⋯⋯」
と、リオティスの言葉を遮るようにして背後から突然声が聞こえだす。
「テメェ!! さっきはよくも、よくもやりやがったな!」
咄嗟に振り向くと、そこには倒したはずのグーラが剣を大きく振りかざしていた。
(チッ⋯⋯、浅かったか!)
背後を取られたリオティスは短剣をグーラに向かって構える。だが、
「後はタロットに任せろ!」
タロットの叫ぶ声。
彼女は右手に着けられていた指輪を外すと、そのままグーラに向かって手を広げた。
「吹っ飛べ!!」
刹那、部屋の温度が急激に低下した。
タロットを中心とするように、空気がどんどんと冷やされていき、彼女の広げる手の前には大きな氷の塊が生まれていた。
その氷の塊は、標的のグーラに向かって勢いよく発射される。
リオティスは何とかそれを回避。
だが、グーラの方はというと突然の出来事に全く体がついていかず、正面からまともに食らってしまった。
「ぐおおおッ!?」
氷の塊にぶつかり吹き飛ぶ体。
それは扉だけではなくさらに奥の壁までぶち破って、一瞬にして見えなくなった。
「ふぅ、どうだご主人! これがタロットの魔法だ!!」
「いや、俺まで殺す気かよ!?」
「あれぐらいならご主人は避けれて当然だろ?」
「お前⋯⋯、てかそんな力があるならひとりで逃げ出せただろ」
「いや、実はこの指輪のせいで魔力が練れなくてな」
そう言ってタロットは先ほど外した指輪を拾い上げる。
一見して何の変哲もないただの指輪にしか見えないが、それがタロットの力を封じ込めていたようだ。
「奴隷として捕まった時に着けられてな。いやぁ、この指輪には困らされたものだ!」
「⋯⋯まさか魔法師だったとは。お前には何度も驚かされるよ」
「ふへへ、そんなそんなぁ」
「褒めては無いからな」
リオティスは頭を抱えながら溜息をつく。
魔法師とは、その名の通り魔法を使うことのできる者のことで、記憶者同様この世界に存在する数少ない能力者だ。特に魔法師はとある条件の元、魔法を使うため、記憶者よりも活動に制限があるのだが、汎用性は高く、戦闘にも優れていた。
(最低限戦える奴隷が欲しいと思っていたが、運が良かった)
リオティスはタロットを見ながらそう思った。
高い戦闘能力を持つ奴隷。それは、自分を裏切らずに動いてくれる貴重な駒であり、まさしくリオティスが必要としているものだった。
(俺はもう二度と傷つかない。たとえ誰かを不幸にしたとしても、この少女を利用してでも、リラの目指したヒーローになってやる。それが、今の俺に残された唯一の目的だ)
リオティスの瞳が鋭く光る。
そこには、何を失ってでも目的を達成するという強い意志が込められていた。
そんなどこか危うさを持ったリオティスに、タロットは手を伸ばす。
「これからよろしくな。ご主人!」
笑顔で差し出された手。
自分が利用されようとしているのにも関わらず、タロットからは優しさと喜びが伝わってくる。
「⋯⋯あぁ、よろしくな」
リオティスはその手を握らずに、ただ不愛想に返事をした。
タロットの手を握れば、自分の覚悟が揺らいでしまう。そう思ったのだ。
だから手は握らない。心も許さない。
何故ならリオティスが歩こうとしている道は、闇に染まらなければ到底進むことのできない茨の道なのだから。
こうして奴隷を手に入れたリオティスは、暗闇へと体を預けた。
それが正しいことなのだと信じて――。