第14話 合同訓練④
大自然の中。
一頭の鹿が全身を躍動させ駆けていた。
金属のような鈍い輝きを放つ黒い肉体はゴツゴツとした鉱石を幾つも纏い、頭から生える枝分かれした角は鋭利で、まるでよく砥がれた刃物のようだ。
誰であろうとも一目見て魔獣と気が付く。
そんな異質な容姿をした鹿は力強く大地を踏みしめ、俊敏な動きで森林を移動していた。が、突如としてその動きは止まることとなる。
「⋯⋯!?」
麻痺したかのように全身を小刻むに震わせる魔獣は、脚を動かすことも出来ずに硬直してしまう。
完全停止した魔獣。
その首元を目掛けて剣戟が振り下ろされた。
宙を舞う魔獣の頭が地面に落ちると同時に、斬られたことを理解したかのように、静止していた体がバタリと倒れた。
「これで三体目ね。アルスのお陰でかなり順調だわ」
剣を鞘に戻し、ティアナが振り返る。
「今魔獣が止まったのも貴方の能力でしょう?」
「そうだとも! どうだい? 俺の美しい立ち回りと能力にティアナちゃんも惚れ直したんじゃないかい?」
「別にそんなことは」
「照れなくてもいいさ。それにしてもやっぱりティアナちゃんの剣術は凄いな。いやさ! ティアナちゃん自身が美しすぎるってのもそうなんだけど!」
何やらひとりで興奮するアルスを当然のように無視し、リオティスがティアナに歩み寄る。
「そういや、今使ったのは人工のメモリーだよな。前のは壊れたし、新しいのか?」
「ええ。ディザイアからの支給品よ。大した代物じゃないわ」
「ふーん」
聞いておきながらも興味なさげに屈んだリオティスを、ティアナが不服そうに睨む。それをリオティスは知ってか知らずか気にする素振りも無く、魔獣の足裏に着いた一枚の呪符を眺めた。
「これも便利だな。こういう能力が居てくれるとかなり助かる」
「だろだろ!? いやー、俺って案外優秀だったりすんのかな」
照れるように頭の後ろに手を当てるアルスに対し、図に乗らせるのも癪だな、と考え、リオティスはわざとらしく続けた。
「けど、結局お前の能力すぐバレてたな。そのせいでタロットの攻撃も止められたし」
「うっ⋯⋯いやぁ~ハハハ。それはもう相手が流石というか。やっぱ〈六昇星〉の団員は違うというか」
先ほどとは違う歯切れの悪い言葉に、リオティスも溜飲を下げる。
だが、〈日輪の獅子〉の団員が予想以上に手強く優秀であることもまた事実だった。
不測の事態。情報不足。パニック。
様々な要因で思考も動きも制限されるべき中、〈日輪の獅子〉の団員達は的確な行動を取った。唯一その行動を目の当たりにしたタロットから話を聞くに、相当場数を踏んでいるようだ
「本当に良かったのかしら。二手に分かれてしまって」
ティアナの口から出た不安。
彼女もまた〈日輪の獅子〉の実力を理解しつつあった。だからこそ、今の状況にも内心喜びに徹することが出来ていなかった。
タロットの先制攻撃が成功した後すぐに、〈月華の兎〉の団員達は一度合流して作戦を立て直した。
人数の有利。
これを生かすために二手に分かれることにしたのだ。
タロットとレイクとルリ。
そして、残ったリオティスとアルスとティアナとフィト。
この二つにチームを分け、それぞれで魔獣を討伐していく。これが〈月華の兎〉の出した合同訓練で勝つための答えだった。
「相手の人数五人に対して、私たちは七人。二手に分かれて接敵したとしても、相手だって全員まとまって行動している可能性は低い。基本は戦闘でも人数の有利が取れる。なら、二手に分かれて効率よく魔獣を倒した方が良い。そう言ったのはリオティス、貴方よね?」
「別に間違ったことは言ってないだろ?」
「それはそうなのだけれども⋯⋯」
ティアナが言い淀む。
彼女が何を思い、警戒しているのかはリオティスにも大体だが予想は出来ていた。
「数的有利が覆される程の実力差があるかもしれない、だろ? 下手すりゃ相手は全員記憶者だからな。ただ全員で行動してる間に、相手が分散して魔獣を狩り出したらせっかくの人数有利も意味ないだろ」
「そのことですが!」
ティアナとリオティスの会話に割り込むようにして、大声が森林内に響き渡った。
リオティスの真後ろに聳える一本の木。
ガサガサと葉の擦れる音がしたかと思うと、木の上からフィトが身軽な動きで地面に着地した。
「どうして君のような屑が指揮をとっているのですか! ボクは納得いきません!」
「別にそんなつもりはねェよ。ただ事実を言ってるだけだ。さっきも言ったが、別に間違ったこともしてないだろ?」
「それが余計に気に食わないんです!」
隠そうともしない苛立ちのままアルスへと近づくフィト。
彼女の後姿を見つめながら、リオティスが隣に立つティアナの耳元へと顔を近づけた。
「⋯⋯なぁティアナ。アイツ何であんなに機嫌が悪いんだ?」
「そのままの意味でしょう? リオティスが気に食わないのよ」
「本当にそれだけか?」
「あとは⋯⋯あっ、そういえばチームを分ける時に文句を言っていたわね。レイクと一緒に行きたいって」
「そんなことも言ってたな」
思い出したかのように頷くリオティスだったが、結局のところフィトがレイクと共に行動したい理由は分からなかった。
十分程前。
リオティスが二手に分かれて行動することを提案した際、〈日輪の獅子〉の団員と直接戦うことも想定し、実力も均等となるようにしていた。
三人で行動することとなるレイクのチームには、無詠唱の広範囲魔法を得意とするタロットに、記憶者であるルリを同行させる。戦闘能力だけで言えば〈月華の兎〉の上澄みだ。少人数を補って余りあるだけの力が二人にはある。
「チーム分けも妥当だと思うんだがな」
「そうね。寧ろフィトがレイクの方に行ってしまったら、今度はこっちが相当厳しくなるものね」
「⋯⋯そうなんだが。俺を見て言うなよ」
まるで足手まといだと言わんばかりのティアナの視線に、リオティスは肩を竦めた。
「まぁいい。それでお漏らし野郎。敵の姿は見つけたのかよ」
「木の上から見渡した限り見つけられませんでしたよ。一応はアルスの呪符でも探しましたが、流石に警戒されてますね。もう殆どの呪符が剥がされてます」
フィトは手に握りしめていた一枚の呪符をアルスに手渡す。
「それに見てくださいよ。残ってる呪符も鳥さん達のせいで全然です」
「どれどれ⋯⋯って、マジじゃん! 俺の仕掛けた呪符の前に鳥が居座ってる! こりゃ邪魔で何も見えないな」
フィトから受け取った呪符を額に張り付けたアルスは、脳に送られてくる複数の景色に驚愕した。
「やっぱ魔獣以外にも、この森は動物多いんだよなぁ。それにしたってこう何羽も都合よく視界を遮るもんかな?」
「お前の仕掛けた場所が悪かったんだろ」
「そうなのかも。でもなぁ〝眼〟の呪符は見えてなんぼだし。基本は分かりやすい場所にしか仕掛けらんないんだよ」
眉をひそめたアルスは、諦めたように呪符を外すと指を鳴らした。すると、瞬く間に呪符が消滅する。
「でもさ、近くに〈日輪の獅子〉が居ないのは間違いないだろうし、今の内バンバン魔獣を倒してこうぜ!」
「そうだな。どうせ他に気になったことも無かったんだろ?」
念のために、と再度フィトにリオティスが確認する。
「無いですよ別に。強いて言うなら、北側の方角に迷宮が見えたことぐらいですね」
「迷宮⋯⋯やっぱりな」
周りに広がる大自然。
この生気溢れる空間を目の当たりにした時から、リオティスは迷宮の存在を意識していた。
迷宮が出現した場所には自然のエネルギーが集まる。
それは、以前攻略した迷宮からしても間違いはない。
そして、ここは〈日輪の獅子〉の言わば実験場のようなものだ。魔獣は勿論、迷宮についても何らかの研究や調査を行っていたとしても何ら違和感は無い。
「流石に攻略はされてるんだろうがな。それでもこれだけの自然が発生するんだから、やっぱ迷宮は異質だ」
「迷宮を個人で管理する〈日輪の獅子〉の技術も凄まじいわね。⋯⋯私、少しだけ見に行きたいかも」
「馬鹿言うなよ。今は訓練の真っ最中だーー」
「ダメだ! 迷宮だけは絶対に!!」
リオティスを遮るように、アルスが叫んだ。
集まる視線。
目に映ったアルスの表情は真剣でありながらも、どこか顔色も悪く、何かに怯えているようにも見えた。
「えっと、アルス?」
「ハッーー。あっ、いや、だってリオティスも言ってただろティアナちゃん。今は訓練中なんだし、それに〈日輪の獅子〉が管理している迷宮を勝手に見るわけにもいかないし! ほら、その、色々マズイからさ!」
意見としては全うであるものの、様子が明らかにおかしい。
いや、今回だけではない。アルスはこのフクシア島に来た時から、その存在を聞いた時から、行動も言葉も表情も何もかもが不自然だった。
「アルス。やっぱりお前」
リオティスが言及しようとアルスに詰め寄った。その刹那ーー、
「っ⋯⋯!」
突如としてリオティスは体の向きを百八十度転換させると、瞬時に腰から引き抜いた短剣を宙へと向けた。
ギィン。
と、金属がぶつかり合う振動が空気を震わせる。
「うーわマジぃ? 防いじゃうわけ今の」
リオティスの短剣を上から斬りつける長く鋭利な鉤爪。
煌びやかな宝石が散りばめられた熊手のような武器を両手の甲に装着した女性は、リオティスが攻撃を受け止めたことに驚きつつも、冷静に距離を取るように後方へと飛び退いた。
しなやかに地面へと着地した女性は、手甲鉤を構え、疑うように目を細める。
「完全な不意打ちだったんだけど。どうして気が付いたわけ?」
「⋯⋯気にすんな。勘みてェなもんだ」
「ふーん。教えてくれないんだ。いいや別に。どうせ、そこの記憶者の能力か何かでしょ? 何も問題ナシ」
女性は準備運動をするかのように手首をプラプラと軽く振るうと、楽し気にリオティス達へと笑みを向ける。
「アンタらはウチひとりで十分。これ以上面目潰されちゃ堪んないし、サクッと終わらせんねッ!!」
〈月華の兎〉へと真っ向から勝負を挑み走り出したデビラに、ティアナもアルスもフィトすらも反応が遅れ、緊張から全身を強張らせた。
ーーただ、ひとりだけ。
リオティスだけはデビラの特攻に対し、彼女と同じように笑みを浮かべていた。




