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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第4章 アルスとロメリア~約束~
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第12話 合同訓練②


 森林地帯南部、訓練用のテントにてーー。


「お前よく食欲湧くな」

「いいじゃないですか! だってお腹が空いたんですもん。今は甘い物が欲しい気分なんですぅ!」


 バルカンの呆れかえったような笑みを否定するかのように、ロメリアは皿に並べられたクッキーを次々に口へ頬張っていく。


 つい一時間前まで、産まれたての小鹿のように震えていた人物と同じとは到底思えない。

 人騒がせな奴だな、とバルカンは思いつつも、ロメリアの普段と変わりない幸せそうな表情を見て、元気が何よりか、と視線を戻して正面を向いた。


 巨大なモニター画面。

 そこに映し出されているのは訓練の場でもある森林地帯であり、各所複数設置された監視用の記憶装置(メモリア)からリアルタイムで映像が送られていた。


「流石の設備だな。これなら訓練の様子が手に取るように分かる」

「元々は魔獣を監視するための物なのだがな。それにしても良かったのかバカルカン。初日の訓練をこのような団体戦にして」


 モニターを操作していたリリィが手を止め、チラリとバルカンを一瞥する。


「んー、負けるのが嫌なのか?」

「バカを言え。私が言っているのは貴様の部下達のことだ。ハッキリ言うが、万が一にも勝ち目はないぞ」


 挑発でも無く事実。

 リリィは至極当然のようにそう言い放った。


 今回の訓練を行うにあたり、リリィとバルカンは以前より話し合いを進めていた。日程の打ち合わせ、場所、訓練の内容。少ない時間の中ではあったものの、全ては順調に決められていった。ただひとつ、初日の訓練を除いてはーー。


「貴様がどうしても団体戦が良いと言ったから私もこうして場所を提供したわけだが、本当にどういうつもりだ? まさか負けても経験を積めればそれでよいと?」

「もしそうだと言ったら?」

「呆れてものも言えんな。負けて当然という思考。勝つ気が端から無い。そういう奴はギルドでは生き残れない」


 リリィの語気が強まる。

 だが、彼女の言う分は最もであった。


 常に上を見据える者だけが成長する。強くなれる。特に生死と常に隣り合わせであるギルドでは、それは余りにも重要過ぎた。


 だからこそ、リリィは不振に思う。

 バルカンは二年前まで〈六昇星(セクスタント)〉の一位に君臨するギルドのギルドマスターだった。性格はともかく、強さという一点においては今のリリィでも敵わないだろう。そんな男が負けて当然、などというつもりで訓練を行うなど、にわかには信じられなかった。


「⋯⋯何が目的だ」

「目的も何も鍛えるためだろ。ただ、今のアイツ等にはこれが一番手っ取り早いと思ってな」

「本当にそれだけか?」

「疑いすぎだろ。たかが訓練だぞ? オイ、お前からも言ってやってくれや。えーっと、名前何ていったか」


 未だ訝しむように此方を見るリリィを無視し、バルカンはひとりの女性へと尋ねた。


 アホ毛の目立つミントグリーンの髪に、オドオドと弱弱しい雰囲気を身に纏う女性。彼女とは初対面であったが、リリィが言うには〈日輪の獅子(ソルネメア)〉のサブマスターを任されているらしかった。⋯⋯とてもそのような器があるとは思えないが。


 バルカンのどこか疑うような視線に気が付いたのか、女性がさらに緊張するのが伝わる。


「わ、私は! ロエ=サーナティオとももも申しますぅ! そ、その、すみません!」

「いや謝る必要は無いが。で、お前はどう思うんだ?」

「えっ、ええっと、その⋯⋯なんの話ですか?」

「俺らの訓練。なーんかリリィの奴が怪しんでるんでね。副団長の意見を聞こうかと」

「わ、わわわ私の意見なんて、そそそんな偉そうな!? 私はダンゴムシ以下なのでぇ⋯⋯その、お気になさらず!」


 ロエは顔色を変えると、バルカンの追求から逃げるように身を縮こませた。


 その様子を、バルカンは半眼で見つめる。


「⋯⋯これで副団長が務まるとは到底思えないが」

「実際務まってはいないがな」

「うぅ」


 リリィの追い打ちにロエは顔を突っ伏し泣き始めた。


 そんな彼女を見ながら、とはいえ、とリリィは付け加える。


「私がロエを副団長に任命したのは記憶者(メモライズ)として秀でているからだ。コイツの能力は私のギルドに必要不可欠だからな」

「お前がそこまで言うのは相当だな」


 リリィは己に厳しく他にも厳しい。

 それは、全て強さを求めた結果であることをバルカンは知っている。


 そんなリリィが能力のみでロエを副団長の座に座らせているのだ。それほどに強力な能力をロエが有しているのだろう。


「さて、無駄話はこのぐらにしよう。そろそろ訓練を開始せねば」


 リリィが再びモニターを操作し始める。

 準備を整え、彼女がいざ訓練開始の合図をしようとした時、


「そうえいば、ひとつだけお前勘違いしてるぜ」


 バルカンがそう言った。


「何のことだ?」

「勝つ気が端から無いって言ったよな? 悪いが、アイツ等はそこまで落ちぶれちゃいない。まぁ見てろよ。案外、俺の部下共もやる時はやるんでね」


 どこか自慢げな表情のバルカンは、期待の眼差しをモニターへと向けた。


◇◇◇◇◇◇


「さて、そろそろか」


 腕時計を見下ろし時刻を確認したウィルドは、疲れたように首を手で摩る。


 指定された場所へと〈日輪の獅子(ソルネメア)〉の団員達は既に移動を完了しており、後はリリィからの訓練開始の合図を待つばかりだった。


「少し予定よりも遅れているようだな。何かあったか?」

「さぁね。でもルテアが来るのも遅かったし、フツーに押してんじゃない?」


 先ほどから時間を何度も気にするウィルドに対し、デビラは相変らず呑気に自身の爪を手入れする。


「⋯⋯オイ、デビラ。多少は緊張感を持て」

「えー、だって緊張する要素ゼロだしぃ。つーか、ウチだけに言わないでよ」


 爪にフゥ、と軽く息を吹きかけた後で、デビラは周りを見るように促した。


「今日も可愛いねアリス。食べちゃいたいぐらいだ」

「か、揶揄うのはおやめくださいましゼルス様!」

「ふふ、照れちゃって」


 と、やはり人目を気にせず二人だけの世界を作り出すゼルスとアリス。


「⋯⋯ふふ~ん」


 と、鼻歌を交えながらヘッドフォンを身に着けゲームを楽しむフゥ。


 いつ訓練が開始されてもおかしくは無い状況の中、ウィルドの周りを囲う団員達にはまるで緊張感が足りていなかった。


「ハァ、全く。これだから苦手なんだよお前らは」

「個性的だもんねウチら。ウィルドもさ、真面目な性格やめたら? 疲れるっしょ」

「疲れるも何もギルドとして当然のことしか僕はしていない。有り得ない話だが、万が一にもこの中からひとりでも脱落者を出してみろ。団長に何と言われるか」


 ウィルドが腕に装着された記憶装置(メモリア)に魔力を流すと、彼の足元に転がっていた黒い球体が浮上する。


 ゆったりと宙を泳ぐように動き出した球体に向かって、ウィルドは手を伸ばした。


「この記憶装置(メモリア)が破壊されると脱落。そういう話だったが、お前たちがこれを守り切れるかは甚だ疑問だ」

「流石にそれは無いって。ウィルド、アンタだって負けるわけ無いって言ってたじゃん」

「僕がいる限りはね。だが、お前らの場合自ら誤って記憶装置(メモリア)を破壊してしまった、などという馬鹿げた事態になりかねない」

「大丈夫だって⋯⋯とは言えないかも確かに。特にアレは」


 そこでデビラとウィルドはひとりの団員の方を見た。


 猫獣人のニャルン。

 彼女は普段から大雑把で破天荒な性格であったが、今の様子はそれ以上だった。


 茶色い毛並みを逆立て、大きく瞳孔を開き、口元からはギザギザと鋭く尖る歯を覗かせている。圧倒的な興奮状態。もはや、今のニャルンを止めることはウィルドでも不可能だろう。


「ニャッハハハ! 高ぶってきたニャア!」


 開始の合図を待たずして、今にも敵陣地へと走り出してしまいそうなニャルンに、ウィルドは頭を抱えた。


「どうして一番やる気を出してはいけない奴があんなことになっているんだ」

「なーんか、〈月華の兎(ルナミラージ)〉にイケメンが居ることをゼルスから聞いたみたいでさ。そしたらあんな感じ。どうする? あの状態のニャルンは多分手加減できないよ?」

「仕方ない。今回はニャルンひとりに任せるか」


 こうなってしまった以上は仕方がない。

 ウィルドは〈月華の兎(ルナミラージ)〉に同情しながらも、無駄に手加減をして戦う必要が無くなったことに安心した。その時だった。


『ザザーー。遅くなって申し訳ない。それでは今より〈日輪の獅子(ソルネメア)〉と〈月華の兎(ルナミラージ)〉の合同訓練を開始する!』


 耳に装着していたイヤーカフ型の記憶装置(メモリア)からリリィの音声が流れる。と、同時に森林地帯に大きなブザー音が鳴り響いた。


「どうやら開始らしいな」

「だね」


 ウィルドとデビラは興味なさげに空を見上げる。

 何故ならば、もう彼らが行うべきことは何一つとして無いのだ。全てはニャルンひとりで事足りる。他の団員達も口には出さずとも同じ意見だった。


「ニャハハハハ!! 最高だニャ! 今のニャルンちゃんは誰にも負けないのニャァ!」


 高らかな笑い声。

 ニャルンは全身に駆け巡る力を感じながらも、走り出すべく更なる力を足へと籠めた。


「さぁ、イケメン共! ニャルンちゃんが今行くニャァッ!!」


 刹那、ニャルンの頬を掠めるようにして、何かが飛来した。


 目にも止まらぬ速度。

 そして、次に耳に聞こえてくるバキン、という機械が破壊されたかのような音。


 ニャルンが反射的に後ろを振り向くと、そこには真横に浮かばせていたはずの自身の記憶装置(メモリア)が無残な姿で転がっていた。


 黒い球体のど真ん中を射抜くようにして、分厚く鋭い氷柱が貫通していたのだ。


 魔力を流しても微動だにしない記憶装置(メモリア)

 何が起きたのか呆然とするニャルンの耳元へと、再びリリィの声が聞こえだす。


『⋯⋯メ、記憶装置(メモリア)破壊確認! 〈日輪の獅子(ソルネメア)〉所属ニャルン。脱落!』

「ハニャア⋯⋯?」


 先ほどまでの勢いを完全に無くし、ニャルンの口からはそんな間の抜けた声が漏れていた。


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