第11話 合同訓練①
合同訓練の開始が予告されていた時間に指定された場所へと戻ってきたリオティス達であったが、そこに待っていたのはリリィでもバルカンでもなく見知らぬ人物だった。
狐の耳を伸ばす獣人の少年。歳は十代前半ぐらいだろうか。二重のパチリとした大きな瞳と油色の髪が特徴的なその少年は、誰も居ない森林の中で、汗を滝のように流しながら腕立てを行なっていた。
「⋯⋯百三十一、百三十二、百三十三」
「何アレ」
「俺に聞くなよ」
異様な光景を目の当たりにし、堪らずティアナが耳打ちをする。だが、当然リオティスが知る由も無かった。
「ほっとくか。どうせもうすぐでリリィさんかバルカンが来るんだろ」
眠たげにリオティスが口を大きく開け欠伸をした時、続けざまにティアナが肩を叩いた。
「⋯⋯ねぇリオティス。アレ」
聞いただけでも呆れていることが伝わるような声。
嫌な予感からつい目を逸らしたくなるが、仕方なくリオティスはティアナの視線の先を見つめた。
「⋯⋯百五十三、百五十四、百五十五」
「うおおお!! ボクも負けません!!」
腕立てをする少年の真横に、馬鹿がひとり増えている。
全力で負けじと腕立てをし始めたフィトに対し、リオティスはもう何も見たくはないというように目を閉じ、目頭を指で強く押さえつけた。
「もういい。俺は絶対にツッコまないからな。絶対に」
「⋯⋯レイク。ゴー」
「えぇ、俺ッスか? いや、まぁ、ルリがそう言うなら行くッスけども」
まるで指揮官かのようにビシッ、と指を差したルリに従いレイクは歩き出すと、腕立てを行う二人を何とか説得して止めさせた。
「いやぁ、ごめんなさい! 僕は集中しちゃうとこうガッてなって、周りとかバッてなっちゃうんですよ!」
「激分かります!」
少年の何やら要領の掴めない台詞に対し、唯一フィトだけが激しく同意した。
「うむ。タロットにはサッパリ分からん。ご主人、通訳を頼む」
「いいかタロット。右が脳筋一号、左が脳筋二号だ。アイツ等は筋肉で会話してるんだよ。つまり俺たち普通の人間に理解することは不可能だ。⋯⋯聞き流せ」
「なるほど! 了解だご主人!」
などと、此方もまた意味不明な会話を繰り広げるリオティスとタロット。現状を見て、これでは埒が明かないと悟ったティアナが、面倒な役回りを買って出た。
「⋯⋯それで、貴方は誰なのかしら?」
「申し遅れました! 僕はルテア=グロリオ。お姉ちゃんに命令されて皆さんの訓練を補助しにやってきました!」
「だとは思ったわ」
大方の見当はティアナにもついていた。
リリィと同じ狐獣人であり、このグロリオ家が所有する土地に入ってこられているのだ。目の前の少年がグロリオの血を引く者であることは一目瞭然だった。
「まだ幼いのに立派ね」
「ハイ! 僕もお姉ちゃんのように格好良いギルドマスターになりたいので! ただ、まだまだ力不足で。今回も僕の準備が遅いせいで皆さんにはご迷惑をおかけしましたし」
はにかんだように笑うルテアは、足元に置いていた黒いアタッシュケースを開いた。
ケースは二つ。
ひとつには複数個の腕輪が入っており、もうひとつには腕輪と同じ数だけの小さな黒い球体が入っている。ルテアはひとつ目のケースから腕輪を取り出すと、それをリオティス達ひとりひとりに手渡していく。
「これは今回使用する特殊な記憶装置です! 皆さんは腕に装着してください!」
「こうか?」
リオティスが自身の腕に記憶装置を着ける。
多少重さを感じはするが、動きが制限されることは無く、不自由なく腕を振るうことが出来た。
「オッケーです! じゃあ次にその腕輪に魔力を流し込んでみてください! そりゃもうガツンと!」
元気一杯。
拳を天高くに突き上げるルテアを微笑ましく感じながらも、それぞれの団員が記憶装置に魔力を流し込んでいく。
「⋯⋯別に何も起こらないな」
リオティスが故障かと腕に着けられた記憶装置を不思議に見下ろすと同時に、二つ目のケースに保管されていた黒い球体がひとりでに浮かび上がった。
黒い光沢を放つ球体は大きさにして拳三つ分程で、ツルリとした表面には複数のボタンやレンズのような物が取り付けられていた。
「これは〈日輪の獅子〉で独自に開発している遠隔操作が可能な記憶装置です! 腕輪の魔力に反応して起動し、好きなように動かすことの出来る優れ物なんですよ! 試しに魔力を流しながら頭に動きをイメージしてみてください!」
ルテアに言われるがまま、リオティスは半信半疑で頭に動きを描いてみる。
すると、宙に浮かぶ七つの球体の内のひとつがリオティスに近づいたかと思うと、クルクルと彼の周りを飛び回り始めた。
「マジかよ。凄いな」
「本当にな! 凄すぎだろ!」
リオティスに続くようにしてアルスが記憶装置を動かし歓喜の声を上げる。周りを見れば、他の仲間たちも各々様々な動きで球体を操っていた。
「流石です! 皆さん!」
「ちょっと待ってください! ボクのだけ全く動かないんですが!」
フィトが苛立ちのままに大地を足で踏み鳴らす。彼女の睨みつける先には、宙に浮かんだまま微動だにしない球体があった。
「どういうことですか!? 不良品ですか!!」
「そんなわけは⋯⋯。あっ、ちなみにどういう動きをイメージしてます?」
「巨大化させてレーザーを撃ちまくってます!」
「すみません僕の説明不足で! その記憶装置はあくまで簡単な動きしか出来ません!」
「なるほど。つまりボクの天才的な頭脳にこの機械がついてこれないというわけですか」
「そういうことです! ちなみに僕も初めて動かそうとした時は全く同じことをイメージしてお姉ちゃんに呆れられてしまいました。何故か!」
互いに見つめ合い、無言の握手を交わすフィトとルテア。
それを遠目で見つめながら、リオティスは疲れ切ったようにティアナに愚痴を零す。
「⋯⋯普通に考えて無理に決まってんだろ」
「想像力が豊か、なのかしら?」
「ただのバカだ。いいから話の先を促してこいよティアナ」
「やっぱり私よね⋯⋯」
嫌々ティアナは頷くと、ルテアへと一歩近づく。
「この記憶装置の凄さは分かったわ。それで、訓練で使用する目的は何かしら?」
「ハイ! 目的としては〝脱落者〟を出すためです! この記憶装置が破壊されたら即リタイアとなります! なので皆さんは頑張ってこの記憶装置を守ってくださいね! ちなみに試作品のテストも兼ねてますのでガンガン飛ばしまくってください!」
「抜け目ないわね」
つまり〈日輪の獅子〉は今回の合同訓練で記憶装置の性能も同時に試すつもりなのだ。さらには訓練のルールにまで上手く組み込ませている。素直にティアナは感心する他になかった。
「でも壊してもよいのかしら。だって高いでしょうこれ」
「心配いりません! 木っ端微塵にでもならない限りデータは取れますし、何より今皆さんに渡したのは少し古い試作品です。性能も映像を記憶するだけですし、操作性も悪く、腕輪から半径一メートル弱までしか動かせないんですよ! だから壊れたところで問題はありません! 何よりお金持ちなので!」
「お金持ち⋯⋯」
「俺らのギルドとは何もかも違うってことだろ」
理解に苦しむティアナへと、リオティスが現実を突きつけた。
試作品とはいえこれだけの記憶装置を作るのに、どれほどの技術とお金をつぎ込んだのかは言うまでもない。それをたかが合同訓練で、データを取るという目的があるとはいえ、壊れることを前提に使用しているのだ。その日暮らしがやっとの〈月華の兎〉からすれば、ティアナのように理解が追いつかなくとも仕方のないことだった。
「と、いうわけで。説明は以上となります! 勿論、お姉ちゃんの部下さん達にも同じものを既に渡しておきましたので、ガンガン狙って壊してください! それでは最後に皆さん、僕と右手で握手をしましょう!」
別れ際の挨拶だろうか。
若干不振に思いながらも、リオティス達はルテアと握手を交わしていく。
「これで全員ですね! では皆さん右手を見てください!」
「ん、これは⋯⋯星のマーク?」
右手のひら。
リオティスには本来、能力由来の黒い丸のような模様が描かれている部分に、黄色い星を模した形が浮かび上がっていた。
「これは僕の能力〈星と月に願いを〉! 右手で触れた対象に星のマークを刻み、左手で触れた対象に月のマークを刻みます! そして星の刻まれた物を、月を刻んだ場所へと移動させることが可能! 所謂ワープですね!」
ルテアが両手を開くと、右手にはリオティス達と同じように黄色の星マークが描かれ、左手には紫色の三日月のようなマークが描かれていた。
「この能力で皆さんに星を刻み、脱落者用のテントには月を刻んであります! 脱落した方は勝手ながら僕がテントへと移動させますので! もしくは危険が迫った場合も!」
「なるほどな。良い能力だな」
リオティスは自身の右手を見つめながら考える。
ルテアの能力を使えば疑似的に転送装置の役割が担えるはずだ。街から街への移動。そういったことも可能であれば、相当に優秀で便利な能力と言えるだろう。
だが、ルテアはそうは思ってはいないようで、弱弱しく頭を振った。
「そう良い能力でもないんですよ。星と月を刻むことの出来る数に制限があったり、移動できる距離に制限があったりするので! それに移動するまでにも五分ぐらい時間が掛かっちゃうんです。僕が能力を発動して五分後にやっと対象がワープする、といった感じで!」
それもそうか、とリオティスは納得する。
能力には制限が付きものであり、デメリットも無く、ただただ自由で便利な能力など有るはずも無い。ルテアの話を聞く限り、彼の能力にも数多くの制約が課せられているようだ。
「だから僕も己の体を鍛え、能力を伸ばしています! 今回も皆さんの訓練に参加することで少しは成長できるかなって! 無理を言ってお姉ちゃんに頼んだんです! だってせっかくのチャンスですから!」
どこまでも前向きに、明るく、ルテアは笑った。
「では僕は脱落者用のテントで待機するように言われているので! 皆さんの活躍、僕も画面越しにしっかりと見させていただきます!」
お辞儀をし、ルテアは合掌するように掌をしなやかに合わせる。
刹那、ルテアの姿が一瞬にして消え去った。
恐らくは彼の能力で瞬間移動したのだろう。
五分ほどの時間を有するとの話ではあったが、どうやら能力者本人は例外のようだ。
「これは無様な姿は見せられねェな」
どこか寂しいような穏やかさが辺りに戻る中、最初に口を開いたのはリオティスだった。
「ですね」
フィトが気合を入れるようにして自身の拳と拳をぶつけ合わせる。
「絶対勝ちますよ! ボクらのパワーを見せつけるのです!」
「そうッスね。相手が〈六昇星〉だろうと関係ないッス!」
「⋯⋯私も頑張る。勝った後のデザートは最高」
「ふふん! タロットとご主人の最強コンビで無双だな!」
「言っとくけど、私だって今までとは違うわよ? 目指すは完全勝利ね」
フィトに続くようにして、それぞれが感情を高ぶらせ、興奮と熱を体の内に溜め込んでいく。
だが、気持ちだけでは実力差は埋まらない。
盛り上がる仲間たちを他所に、唯一リオティスだけはそのことを理解し、冷静に今持っている手札を整理する。
「オイ、アルス。仕掛けは?」
「一時間だけだが結構やれたぜ。ただ本当にアレをやるつもりなのかい?」
やり切ったかのような満足げな表情の後に、アルスは心配するようにひとりの女性へと手を伸ばす。
「なぁ、タロットちゃん。一応は渡しておくけど、多分無理だ。というか絶対」
「タロットを見くびってもらっては困る。任せておけ! タロットは天才なのだ!」
アルスから一枚の札を奪うように掴んだタロットは、どこまでも自信に満ち溢れていた。
「大丈夫かな……」
「さぁな。脱落の方法も想定外だったし、難易度は相当だ。けれど、別に失敗しても問題ないだろ。寧ろ成功した方が怖い」
「成功するぞタロットは!!」
信頼されていないことが余程不満なのか、タロットが頬を膨らませて騒ぎ始めるが、リオティスは無視して森林の中を歩いていく。
「もうすぐで訓練が始まる。さっさと準備に取り掛かるか」
リオティスの気だるげな声。
それを皮切りに〈月華の兎〉が勝利に向けて動き始めた。