第5話 提案②
バルカンが昼間にあったリリィとのやり取りを〈月華の兎〉の団員に報告したのは、その日の夕食時だった。
テーブルに並べられた平凡な料理。
中央には大皿で野菜が山のように盛られ、人数分のスープとライス、そしてメインとして薄い一枚のステーキが置かれている。
全てがどこでも簡単に手に入る食材ばかりだ。
特にステーキ肉はお世辞にも美味しいとは本来思えない程に硬く、味の落ちたものであったが、調理が余程優れていたのだろう。食べている団員達はみな満足げであった。
そんな中、バルカンも最初は純粋に食事を楽しんでいたが、突如何の前触れも無く、天気の話題でも話すかのような素振りで言ったのだ。
「〈日輪の獅子〉と合同訓練することになったからそのつもりでな」
それがバルカンの第一声だった。
食事をする手が止まる団員たち。
唯一、昼にリリィとの会話を聞いていたルリとリオティスだけは、黙々と料理を食べ続けていた。
「⋯⋯モグモグ。これ美味しい。タロットは料理上手」
「だなー。オイ、タロット。スープのお替りくれ」
呑気にリオティスが空になった器を正面に座るタロットに渡そうとした時、右隣から戸惑いの声が飛ばされた。
「どうしてリオティス達だけ冷静なのよ⋯⋯。貴方、知っていたんでしょうこの事」
見ると、ティアナがどこか不満そうに口を尖らせていた。
「まぁな。昼間にリリィさんとバルカンが話してたの聞いてたし」
「そういうのはもっと早くに言いなさいよ! それからバルカンさんもです。いつも急に言い出すの止めてください!」
「悪い悪い。面倒なのは嫌いでな。つい一言で終わらせたくなる」
ティアナの鋭い指摘にバルカンは頭を掻くと、両手に持っていたナイフとフォークを静かに置いた。
「リオティスの言ったように今日の昼リリィと話してな。〈日輪の獅子〉と何日か合同訓練をすることになった。まだ細かい日程は決まってないが、こんなチャンスは滅多に無い。身をもって〈六昇星〉の力を知れるんだ。悪い話じゃないだろう?」
悪い話なんてものではない。
そんなこと、この場に居る全員が理解していた。
世界最強のSランクギルドである〈六昇星〉と合同で訓練が出来るなど、本来は有り得ないことなのだ。
それも同じ〈六昇星〉同士ならばともかく、一か月前にBランクになったばかりのギルドであれば猶更だろう。
いくらバルカンが元世界一位のギルドマスターだったとは言え、リリィがここまで協力的な理由が分からない。もはや何らかの弱みを握っている、と言われた方がまだ納得出来た。
「確かに〈六昇星〉との合同訓練なんて願ってもいない話ですが、いくら何でもおかしくはないですか? 前々から思っていたのですが、バルカンさんはリリィさんとどういった関係なのですか?」
他の団員達の疑問を代弁するように、ついにティアナが尋ねた。
流石に後ろめたい関係ではないだろう。
そう考えていたティアナだったが、バルカンの表情はどこか硬かった。
「あぁー、それはだな⋯⋯」
一瞬だけバルカンの視線がフィトに向く。
彼女は合同訓練については理解したようで、豪快にステーキに歯を立てていた。
「まぁ何だ。別にリリィは〈六昇星〉だった時から仲が良いってだけで⋯⋯」
「何言ってるんですか団長! リリィさん、昔このギルドで働いていたんですよね!」
バルカンの発言を遮って、ロメリアが自信満々に言い放った。
それを聞いたバルカンは思いっきり顔を顰めた。
「お前なぁ」
「ん? どうかしましたか?」
意味も分からずキョトン、と目と口を開いて固まるロメリアを無視し、バルカンはフィトへと再び視線を動かした。
先ほどまで肉にかぶりついていたフィトは、驚きの余りナイフとフォークを落として立ち上がった。
「リリィさんが、このギルドに⋯⋯!? 待ってください。それって何年前の話ですか!?」
「えーっと、ごめんなさい。私はそこまで知らなくって」
フィトの変化に気が付くことは無く、ロメリアは普段通りの様子で言った。フィトにも彼女が嘘を吐いていないことは分かった。続いてフィトはバルカンへと向き直ると、怒りの表情を隠すことも無く露わにさせた。
「バルカンさん! いつなんですかリリィさんがこのギルドに居たのは!」
「⋯⋯十年以上は前だ」
観念したようにバルカンが正直に答える。
だが、フィトの怒りは更なる熱を帯びてバルカンへとぶつけられた。
「どうして隠していたんですか! やっぱりあの件ですか!?」
「そうだ。そんでお前の次の行動を止めるためだ。リリィには聞くな。アイツだって教えちゃくれないぞ」
「そうやって全部隠して。ボクが何をしようともボクの勝手です!」
怒号が〈月華の兎〉に響く。
深い怒りと、激しい憎悪が、何一つ事情の知らない他の団員達にも伝わっていく。
「⋯⋯もういいです。ちょっと走ってきます!」
フィトは食べかけていた肉を口に無理やり詰め込むと、そのまま扉を乱暴に開けて外へと出て行ってしまった。
「大丈夫ッスかねフィトっち⋯⋯」
「大丈夫だろ。アイツが脳筋なのは通常運転だ」
心配するように扉を見つめるレイクに、リオティスはただそう言った。
何も気にしてはいない。
表向きは相変らずの冷たい態度であったが、リオティスもフィトの変化には少なからず興味を示していた。
「オイ、バルカン。お前あのお漏らし野郎に嫌われすぎなんじゃねェか?」
余裕な表情を偽りながら、リオティスはそれとなくバルカンを揺さぶってみることにした。
「それとも愛情の裏返しってやつか?」
「だといいんだが。ハァ、ちょっとアイツには隠し事が多くてな。気にするな⋯⋯ってのは無理か。ただフィトのことは取り合えずは俺に任せてくれ」
隠し事があることは認めつつも、やはりバルカンから言うつもりは無いらしい。
本人が言いたくも無いなら仕方がない。
リオティスは追及を諦めて話題を戻した。
「お漏らし野郎についてはそれでいいが、問題は合同訓練だろ。俺としてはやるならさっさと日程やら決めて欲しいとこなんだが」
「リリィは俺と違って優秀だ。無理やりにでもスケジュールを調整するはずだ」
「それリリィさんの負担ヤバいだろ⋯⋯」
ただでさえ多忙であることは想像に難くないというのに、合同訓練のために数日は帝都を離れるのだ。流石のリオティスにも申し訳ないという気持ちが芽生えてしまう。
「そもそもとしてリリィさんにまるでメリットが無いってのもな。せめてバルカン。お前はリリィさんと常に行動しろよ」
「サポートってことだろ? そりゃあ、いくら面倒くさがりな俺でも出来る限りの用意や手伝いはするつもりだ」
当然だとばかりに言うバルカン。
どうやら彼自身はリリィの気持ちには気が付いていないようだった。
「⋯⋯リリィさんに呆れられても知らねェからな」
「どういう意味だ?」
「いいや何でも。そういや場所はもう確定でいいのか?」
リオティスはタロットから手渡されたスープのお替りにスプーンを沈め、流れるような動きで口に運ぶ。
「あぁ。リリィの実家がある方が都合良いしな。ほぼほぼフクシア島で決まりだろ」
「フクシア島!?」
驚きの声が上がった。
テーブルを囲う団員達が、それぞれに違った反応を示していた。
「フクシア島って帝国屈指のリゾート島じゃないですか! 私行ってみたかったんですよ! いいですよね? 私も行ってもいいですよね団長!?」
ロメリアが興奮気味に目を見開く。
「海が綺麗なんスよね確か。俺も初めて行くッスよ! ティアナっちは行ったことあるんスか?」
「私も無いわ。そもそも海だって行ったことないし⋯⋯危なくないの?」
「大丈夫じゃないッスかね? 普通の海は危険なはずッスけど、フクシア島はディザイアに管理されているはずッスから」
「じゃあ入れるのね! ねぇリオティス! 海よ海! 一緒に入りましょう!」
レイクとティアナが楽し気に笑う。
「いいやご主人と海に入るのはタロットだ! そうだよなご主人!?」
「⋯⋯私はスイーツ食べたい。⋯⋯美味しいと聞いた」
煩く騒ぎ始めるタロットと、無表情ながらもどこか目に光が宿るルリ。
全員が全員、フクシア島に対して肯定的で、食事の場は一気に明るい雰囲気に溢れていった。たったひとりを除いてはーー。
「フクシア島⋯⋯!? 何で、それ本当なんですか!?」
誰が聞いても戸惑いが感じられるような震えた声。
リオティスの動かされた視線の先には、顔を青ざめたアルスの姿があった。
「どうかしたのかよ」
「あっ、い、いや。その、ほら! 超絶イケメンな俺がフクシア島にでも行こうもんなら、レディたちが黙ってないだろう? 特に海とか! 俺の肉体を見てレディが失神しちゃうなぁこれは」
嘘だ。
少なくとも、リオティスにはそう見えた。
何かを隠そうとしている。
確かな理由があってフクシア島に反応した。それは間違いなかった。
「お前、フクシア島に行ったことでもあるのか?」
「まさか! 俺も初めてだって。いや、待てよ。これってもしかしなくてもロメリアちゃんたちの水着姿見れたりしない!? ロメリアちゃん。俺が君に似合う最高に美しい水着を選んであげようか?」
「あっ、それは遠慮します」
バッサリとロメリアが断る。
すると、アルスは続いてティアナの方を見つめた。
「じゃあティアナちゃん。君はどうだい?」
「間に合っているわ」
「じゃあタロットちゃん⋯⋯」
「タロットはご主人と選ぶ!」
「⋯⋯もしかして俺嫌われてんのかな」
「その、強引すぎるんじゃないんスかねアルスっちは。俺で良ければ一緒に買いに行くッスから」
女性陣に悉く断られて落ち込むアルスの肩に、そっとレイクが手を置いた。
その後も調子を取り戻したアルスは〈月華の兎〉の仲間たちとくだらない会話を繰り広げていったが、リオティスには彼が無理をしているように見えた。
(やっぱり変な気がするが、どうしようもないか。フィトといい、やっぱりこいつらにも抱えているもんがあるんだよな)
この世界は痛みに溢れている。
誰かを恨み、悲しみを背負い、それでも生きているのが人間だ。乗り越えられる者もいれば、過去に押しつぶされてしまう者もいる。リオティスも以前はそうだった。同じだ。だからこそ、やはりアルスやフィトについて深く言及することは出来なかった。
「なぁバルカン」
「どうかしたか?」
突然リオティスに呼ばれたバルカンは、今まさに口に触れる寸前だった酒の入ったグラスを離した。
「別に大したことじゃないんだが、そういえばお前今日何か俺に言おうとしてなかったか?」
「あぁー、そういえばそうだったな」
バルカンが〈月華の兎〉に帰ってきた時の事。彼はリオティスにオヴィリオンに関するとある情報を伝えようとしていた。結局、その後すぐにリリィが訪問してきたことで有耶無耶になってしまったのだが。
「いやいい。やっぱまた後で話すわ」
「何だよ。気になるだろ」
「話したいのも山々なんだが、せっかくの合同訓練に支障をきたしたくない。それに、フクシア島に行くなら、先にそこで調べたいこともあるしな」
含みのある言い方。
察しの良いリオティスは、恐らくはオヴィリオンについての何かであることは勘づいてはいたが、既にバルカンはもう話を終えてしまっていた。
酒を呷り食事を再開したバルカンを横目で見ながら、リオティスも仲間たちとのくだらない会話に混ざることにした。
日替わりの当番制で食事は作られています。この日はタロットが当番。タロットは手先が器用すぎるので、料理はしたことが無いのですが、知識だけ覚えて今ではシェフ並となっています。他の団員も基本料理は出来ますが、フィトとティアナだけはヤバいです。下手したら人を殺しかねません。