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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第4章 アルスとロメリア~約束~
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第2話 取引


 貧民街の一角に、そのギルドは堂々と建っていた。


 白いレンガを基調とした美しくもシンプルな造形で、周りに作られた雨風をやっとのことで凌げる程度の錆びれた家々とは訳が違う。


 己の権力を存分に見せつけるかのようなそのギルドの名は〈夕星の大蛇(ウェヌスレピオス)〉。世界に六つしか存在しないSランクギルドのひとつである。


「本当に物好きだよなお前。こんなところにギルドを建てるなんて」


 ギルド内のとある部屋の中。

 ひとりの男が、窓の外に映る貧民街の暮らしをぼんやりと眺めていた。


 ボサボサの寝ぐせだらけの髪と、やる気の無いような目つきをしたバルカンは、退屈そうに短く欠伸をした後で、正面に座っている男へと視線を移す。


 痩せた男だった。

 だが、強い力と、意志を感じさせるような瞳を持つ男だった。


 彼の名はルフス=ルピナス。

 この世界二位のギルド〈夕星の大蛇(ウェヌスレピオス)〉を治めるギルドマスターだ。


「リリィといい、どうしてお前らはこうも面倒な場所にギルドを建てるんだ。帝都ならもっと快適で人の多い場所がいくらでもあんだろ」


 バルカンの意見は至極真っ当だった。


 ディアティール帝国が有する最強のギルド〈六昇星(セクスタント)〉には、圧倒的な地位と名声が与えられる。ただひとつ決まりがあるとするならば、帝都モントレイサに己のギルドを置かなくてはならない、ということぐらいだろう。


 つまり、帝都の中であればどこだろうとギルドを持つことが出来る。好きなように我儘を通すことが出来る。そうだというのにも関わらず、このような貧民街にギルドを設けているのだ。バルカンからすれば面倒事も多く不可解に思えた。


「引っ越したらどうだ? その方が俺も気兼ねなく通える」

「バカ言うなよォ。誰がテメェの都合考えなきゃいけねェんだァ? 俺はここが気に入ってんだァ。誰の指図も受けねえェ」


 踏ん反り返るように座るルフスは、テーブルに並べられた菓子のひとつを手に持ち乱暴に口に放り投げた。


「そもそもだァ。俺は今日チビだけを呼んだんだぜェ? どォしてテメェまで居やがんだァ。バルカン」


 ルフスの言葉にバルカンはちらりと真横に視線を落とす。


 そこには〈月華の兎(ルナミラージ)〉の団員であるルリが、口いっぱいにケーキを頬張る姿があった。


「知らなかったよ。まさか、お前らがお茶会を開くぐらいに仲が良かったなんてな」

「ケケっ、チビは話が分かる奴だァ。舌も合う。それに、俺に嘘も吐かず対等に話せる奴もそうはいねェ。気に入ってんだよ俺ァコイツをよォ」

「⋯⋯ルフスは良い奴。食べたことも無いお菓子をくれる」


 鋭い牙を覗かせながら笑うルフスと、新しい菓子に手を付けたルリは、確かに相性が良いようだ。普段は刺々しい印象の強いルフスも、今は随分と穏やかだった。


「まぁ、俺としてもお前らが仲良いことは嬉しく思うよ。どうせこっちは暇なギルドだ。いつでも誘ってやってくれ。と、いうわけで、俺にも茶のひとつぐらい出してくれや。ウィスター」


 そこでバルカンは、部屋に来た時から姿勢を正して立ち続けているひとりの男を見た。


 細い糸目に、長い後ろ髪をひとつに纏めるウィスターは、うんざりするように言う。


「いや、何がというわけなんですか。貴方は呼ばれていないのですからお茶を出すつもりはありません。さっさと出て行ったらどうなんでしょうか」

「久しぶりに会ったのに厳しいのな。もうちょっと肩の力抜いたらどうだ?」

「貴方やフリジアさんのように、ですか? 面白くも無い冗談ですね」


 ウィスターは不快だと言わんばかりに眉に皺を寄せた。


「お前昔から表情は素直だよな」

「本心ですから。それに隠す必要だってないでしょう? 価値のある相手なら兎も角、今の貴方に媚び諂う必要はありませんからね」


 胸に溜めていた鬱憤を吐き出すように、ウィスターが言い放つ。


 確かに昔と比べて語気が強く感じた。

 だが、バルカンからしてみればウィスターの態度はそう変わりない。〈六昇星(セクスタント)〉に居た頃から気嫌いされていたのだ。寧ろ、一度だってウィスターに嫌悪感を隠された試しが無かった。


「まぁいい。茶は諦めるよ。仮に淹れたとしてお前なら毒の一つや二つぐらい盛りそうだしな」

「なるほどその手がありましたか」

「⋯⋯冗談だよな?」

「どうでしょうかね。それで、結局貴方は何をしに来たんですか? まさかこんなくだらない会話を楽しみに来た訳でもないでしょう」


 いい加減に痺れを切らしたウィスターが問い質す。


 仕方がない、とバルカンは一度頭を掻くと、ルフスへと話を始めた。


「俺が今回ここに来たのはオヴィリオンの情報を貰うためだ」

「オヴィリオンだァ? んなもん、最下位の雑魚女にいつも通り聞けばいいだろうがァ」

「分かってるだろ。リリィとお前とじゃ情報の質が違う」


 それがバルカンがここに来た理由だった。


 ギルドではランクによって得られる情報も当然変わってくる。そのため、バルカンは定期的に〈六昇星(セクスタント)〉のリリィから情報を提供してもらっていた。


 だが、肝心のオヴィリオンに関する情報が最近では入手出来ていなかったのだ。


「同じ〈六昇星(セクスタント)〉でも、六位のアイツと二位のお前とじゃ持っている情報の質が違う。リリィには感謝しているが、今は少しでも奴らに関する情報が欲しい。だから頼むルフス。知っていることを教えてくれ」

「⋯⋯ふざけているんですか?」


 怒りの感情を露わに静かな声を零したのは、副団長であるウィスターの方だった。


「裏切り者の貴方に重要な情報を与えるわけがない。リリィさんが今まで情報を渡していたことだって大問題なのですよ!? それを⋯⋯」


 と、ウィスターが言葉を続けるよりも先に、ルフスが遮った。


「いいぜェバルカン。教えてやるよォ」

「なっ、団長!?」


 突然の出来事に驚くウィスターを、ルフスが片手で制止する。


「お前は黙ってろよォ。こっからは全て俺が決めるぜェ」


 有無を言わさないルフスの圧に、副団長であるウィスターは黙るほかに無かった。


「俺は確かにオヴィリオンに関する情報を持っているがなァ。何もテメェにタダで教えてやる程、お人よしじゃァねェ」

「だろーな。で、何が条件だ?」


 端からバルカンも労せずに情報が得られるとは考えてはいない。何かしらの条件や交渉が必要となることは想定していた。


「言っとくが、迷宮攻略はもう間に合ってるぞ」

「デルラークと一緒にすんなよォ。俺は何も難しい事を言うつもりはねェ」


 ルフスは身を乗り出すとテーブルの上に足を上げ、バルカンの目前にまで顔を近づけた。


「今年の()()()に出場しろォ。そして俺と戦えバルカン!!」


 どこか攻撃的なルフスに対し、あくまでバルカンは冷静だった。


「なるほどな。確かにお前らしいよ」

「⋯⋯ねぇバルカン。昇星戦って?」


 隣に座っていたルリが、不思議そうにバルカンに尋ねた。よく見ると、テーブルに置かれていたスイーツは既に食べ尽くされていた。


「昇星戦ってのは、年に一度帝都で行われる祭りみてェなもんだ。〈六昇星(セクスタント)〉の全ギルドと、Aランクの優秀ないくつかのギルドが出場して競い合う。結果に応じて〈六昇星(セクスタント)〉の順位や、何ならその椅子のひとつが変わることだってある」

「⋯⋯じゃあ、それに出て勝てば〈月華の兎(ルナミラージ)〉も〈六昇星(セクスタント)〉に?」

「あり得ませんね。それだけは絶対に」


 口を閉ざしていたウィスターが、呆れ声を部屋に響かせた。


「現実的じゃないでしょう。まず参加資格はAランクのギルドであること。それも最低でも五位以内の実力が無ければ参加は認められません。ギルドがランクを上げるための審査は年に二度。一度目は二か月前。二度目は四か月後です。つまり、それまでに〈月華の兎(ルナミラージ)〉はAランクになるための実力と結果を示さなくてはならない」


 淡々とウィスターから告げられる条件に、バルカンは否定するつもりも無かった。


 何故ならば全てが事実なのだ。

 残りの四か月で〈月華の兎(ルナミラージ)〉はAランクに相応しいことを証明しなくてはならない。現時点で、形だけBランクになるのがやっとである〈月華の兎(ルナミラージ)〉には、凡そ不可能な条件だった。


「仮にAランクになったとして、すぐ様に五位以内に入ることも不可能。現在のAランクギルドの総数は約二百。そもそも全体の半分がCランクギルドである以上、Aランクになること自体どれだけ難しいか分かりますよね? それをたったの四ヶ月で。一生を費やしても届かないギルドばかりだというのに。何よりも〈六昇星(セクスタント)〉に勝つ。こればかりは天地がひっくり返ってもあり得ない」


 由緒正しき歴史を持つ昇星戦ではあるが、その実これにより〈六昇星(セクスタント)〉のギルドが変わったことは一度も無い。


 単純にAランクのギルドでは〈六昇星(セクスタント)〉に到底及ばないのだ。圧倒的に力が違う。強さの次元が違う。まさにSランクとは世界最強の名に相応しいギルドの証だった。


「そして昇星戦は他国に力を示すための場なのです。誰も本心で〈六昇星(セクスタント)〉が負けるなど考えてもいない。〈六昇星(セクスタント)〉の力を見せつけるだけ。そのためだけのお祭りです。団長、貴方も本気では無いのでしょう?」


 ルフスとは長い付き合いであるウィスターも、今回ばかりは賛同しかねなかった。普段は破天荒なルフスも馬鹿ではない。〈月華の兎(ルナミラージ)〉が昇星戦に出場することが不可能だということぐらい分かっているはずだ。


 だからこそ、ウィスターには謎だった。

 ルフスが考えていることが。この条件を出したことが。


「⋯⋯それとも、まさか本当に今の〈月華の兎(ルナミラージ)〉が勝てるとでも?」

「勝つかどうかァ、負けるかどうかァ? んなもん興味もねェ。()()()()()()()()だろォ。そうだよなァバルカン!」


 爛々とし目。

 そこに映ったバルカンは先ほどまでとは別人のようだった。


 普段からやる気の無い彼であったが、この時は違った。真剣な眼差しで、光の宿った熱い瞳で、真っすぐにルフスを見ていたのだ。


「受けてやるよその条件。そもそも最初っから今年の内に〈六昇星(セクスタント)〉にはなるつもりだったからな。やることに変わりはねェ。それよりもお前はいいのか? 国民が見守る中で俺に無様に負けることになっても」

「ケケケケェ! そうこなくちゃなァバルカン! テメェこそ俺に殺される覚悟はしとけやァ!」


 睨みを利かせながらもどこか満足げにルフスは椅子にドサリ、と腰を下ろした。


「そんじゃあ取引成立だなァ。俺の知ってる情報をやるよォ」

「⋯⋯正気ですか団長?」


 何事も無かったかのように機密情報を漏らそうとするルフスに、流石のウィスターも口調に焦りが出ていた。


「これは取引でも何でもありません! 馬鹿げています! もしもこの男に私たちが情報を与えたと上にバレたら、降格は免れませんよ!?」

「別に大丈夫だろォ。俺の口は堅いぜェ」

「そりゃあ団長は口外しないでしょうが、この人たちはどうなんですか!」

「テメェらァ、誰かに喋る気あんのかァ?」

「無いな」

「⋯⋯私も」


 ルフスの問いに平然と答えるバルカンとルリ。

 二人の様子にルフスは「ほらな」とウィスターに両手を広げてみせた。


「問題ねェ。嘘の味もしねェ。これでいいかァ?」

「いやだから⋯⋯! っ、うぅ。ハァ⋯⋯もう、分かりましたよ。好きにしてください。もう私は何も口を挟みませんから」


 ついにウィスターも折れたようで、疲れたように壁に背を預けた。


「ケケ、これで万事解決だなァ。早速本題だがなァバルカン。ボスはオヴィリオンの目的に大方の目星が付いているらしいぜェ」

「本当か!?」


 驚きの声を上げるバルカンに、ルフスは人差し指を立てる。


「ひとつ、可能性の話らしいがなァ。これから話す内容は俺でも馬鹿げていると思うぐらいにはぶっ飛んだ仮説だァ。嘘は吐かねェが、信じられねェならそこまでだ」

「お前が嘘だけは吐かないことぐらい知ってる。いいからその馬鹿げた話をしろ」


 バルカンが急かす。


 もしも本当にオヴィリオンの目的が分かっているのならば、これほど有益な情報は無いのだ。バルカンには喉から手が出るほどに欲しいものだった。


「分かったぜェ。バルカン」


 ルフスは素直に頷くと、話の核となる部分を最初に切り出した。


「テメェ〝始まりの記憶者(メモライズ)〟については知っているよなァ?」


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