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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第3章 ティアナ〜居場所〜
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第43話 居場所


「聞いたぞティアナ。お前何やってんだよ」

「⋯⋯はい。申し訳ございません」


 オンボロな〈月華の兎(ルナミラージ)〉の建物で、バルカンの呆れた声が響く。


 時刻は夕方。

 窓の外から赤い夕陽が覗いていた。


 本来であればこの時間は〈月華の兎(ルナミラージ)〉の団員全員が集まり、一日を終えるための準備をしたりするのだが、今はバルカンとティアナの二人しかいない。


 バルカンは、もうこんな時間か、と外を一瞥した後で目の前で正座して俯くティアナを見下ろした。


「まさかデルラークにひとりで喧嘩を売りに行くなんてな。アイツがどれだけ危険かお前もわかってんだろ」

「⋯⋯はい」


 反省するようにさらに深く俯くティアナ。

 彼女が反省していることはバルカンにも伝わったが、起こした事件については賛同出来るものではなかった。


 バルカンが頭を悩ませるのは、同日にティアナが〈歳星の鷲(ユピテベルグ)〉へと単独で突撃した事件についてだった。


 目撃者は多数。

 怪我人は出なかったものの、ティアナのメモリーに充てられて気を失う者もいた。


 だが、何よりもバルカンが恐れていたのは、デルラークによってティアナが危険な目に会ってしまう可能性だった。


 デルラークには話し合いや常識などは一切通じない。

 その圧倒的な権力と暴力で、全てを思いのままに手にすることが出来るからだ。


 だからこそ、ティアナが単独でデルラークと接触したと聞いた時は、内心不安で埋め尽くされていた。


「何でお前はデルラークに会いに行ったんだ?」

「それは⋯⋯」


 ティアナの言葉が詰まる。


 何かを考えるように、一度目を瞑る。


 ほんの少しの静寂。

 ティアナは目を見開くと、バルカンの顔を見上げた。


「⋯⋯妹として、面と向かって言いたいことがありました。私の覚悟を伝えたかったんです。だからひとりで行きました。これは⋯⋯私の問題だから」

「なるほどな。それもアイツの影響か?」

「べっ、別にリオティスは関係ありません!!」

「誰もリオティスのことだとは言ってねェよ」


 悪戯にバルカンが笑う。


 ティアナは咄嗟に立ち上がり、顔を真っ赤にさせながらも反論しようとするが、口がパクパクと可愛らしく動くだけで先の言葉が続かなかった。


「別に恥ずかしがることねェだろ。アイツにはどこか人の心を動かすような特別な力がある。かく言う俺もそのひとりだ」

「バルカンさんも、ですか?」


 意外な言葉に、ティアナが尋ね返す。


「あぁ。知っての通り、俺はやる気の無い男だ。昔も今も、そしてこれから先もそのつもりだった。なのにリオティスを見てるとな、俺も変わらなくちゃいけねェって思っちまうんだ。そんで気が付けば、興味も無かったBランクに昇格しちまった」


 バルカンは無造作に懐から銀色のギルドカードを取り出す。


 個人の情報が記されたカードには、所属するギルドのランクも表記されており、バルカンの目には確かにBランクの文字が映っていた。


 面倒だ。興味が無い。と言ってはいるが、ティアナにはバルカンの表情がどこか嬉しそうに見えた。


「Bランク⋯⋯これでようやく胸を張ってギルドを名乗れますね」

「どうだか。どっちみち俺たちのギルドの印象は最悪だからな。地道に行くだけさ。そういえば、今朝本部で直々にボスから昇格を言い渡されたんだが、お前の話を聞いて酷く驚いてたぜ」

「お父様が⋯⋯?」


 実の父親であるアルテオスが話題に上がり、ティアナの体は自然と緊張する。


「何を話したのですか?」

「そりゃあお前が番人を倒したってことと、そのメモリーを抜いたことだ。余計なお世話だったか?」

「いえ。それでお父様は何と?」

「メモリーを抜いたことを頑なに信じてなかったな。あの剣は絶対に抜けるわけがない、ってな。そんでお前に変わった様子が無いかとかも聞かれてな。一応は心配してんじゃねェか」

「そう、でしょうか⋯⋯」


 複雑な気分だった。

 一度だって期待を寄せられたことも、ましてや関わることも無かった父親が自分を気にしている。それはティアナにとっては素直に喜べるものではなかった。


 家族としての関係が既に破綻しているのだ。

 欠如した家族という繋がりに対して、ティアナが戸惑うのも無理は無かった。


 神妙な面持ちを覗かせるティアナに、バルカンは続ける。


「これもボスに言ったんだけどな。やっぱり似てきたよ、アテナ団長に」

「え⋯⋯」


 バルカンの口から出た思いもよらない言葉に、ティアナは目を丸くした。


「私がお母さまに似ている⋯⋯それって顔が、という意味ですか?」

「顔もかなり似てるがな。後姿なんて見間違うぐらいだ。けど、それだけじゃない。雰囲気や佇まい、そんで何よりもその真っすぐな心と眼差しが似てるんだ」


 優しく微笑むバルカンは、過去を思い出しながら語り始める。


「このギルドを創ったのは、他でもないお前の母親だ。ディアティール家は代々Sランクのギルドマスターとして世界の秩序を保ち、他のギルドに威厳を示していた。血のにじむような努力を重ね、力を身に着け、Sランクのギルドマスターに選ばれる。だが、アテナ団長は違った。十分な実力があったにも関わらず、あの人は一からギルドを創り、Cランクから実力でSランクにまで上り詰めたんだ。人々との繋がりを大切にするあの人らしいやり方だ。こうだと決めたら自分を疑わず、正義を貫く心。諦めない不屈の精神。俺の憧れた団長としての輝きをお前からも感じる。似てるっつーのは、そういう意味だ」


 頭に散らかった様々な考えが吹き飛ぶほどの幸福感が押し寄せる。


 ティアナにとって雲の上のような存在であるアテナ。

 国宝のメモリーを使いこなし、全ての国民から愛されていた母親に追いつくことを目標に生きていたティアナにとって、バルカンの嘘偽りのない本心から出た言葉はまさに魂が洗われるようだった。


「ありがとうございます。それをバルカンさんの口から聞けただけで、私は幸せです」

「ククっ、大げさだ。けど、お前が成長したのは紛れも無い事実だろ。早いもんだ。あの暴雨の夜にお前がこのギルドに入団を希望した時は、こんなことになるなんて思いもしなかった」

「あの時は、その、ご迷惑をおかけしました⋯⋯」

「全くだ。けど、お前がこのギルドに来た時、俺は運命のように感じた。現にお前の入団希望を皮切りに、次々新人が現れたしな。手続きや確認やらで、お前が正式に加入したのはリオティスたちと同時だったけどな」


 懐かしむバルカン同様、ティアナも入団試験の日を思い出す。


 奴隷を連れ歩く最低な男。

 言動全てが癪に障り、あの男だけは試験に落ちろなどと考えていた。


 だが、全てはあの日から変わった。

 初めて仲間が出来て、初めて心の底から笑えるようになったのだ。


「お父様から家を追い出されたあの日、何故私がこのギルドに来たのかわからなかったんです。自分が何をしたかったのかも。けれど、きっとお母様が導いてくれたんだと思います。現に、私にとってのギルドは〈月華の兎(ルナミラージ)〉だけでしたし、バルカンさんも本部に足を運ぶたびに私の面倒を見てくれて信頼していました。お陰で今の私は本当に幸せです。このギルドに居られて、みんなと出会うことが出来て。⋯⋯ここが私の()()()です!」


 満面の笑みを咲かすティアナに、バルカンも嬉しそうに頷いた。


「そうか。きっとアテナ団長も喜んでるよ」

「怒ってもいるんじゃないでしょうか? 大切なギルドがこんなことになっているんですから」

「うぐっ⋯⋯それに関してはマジで怒ってそうで怖ェんだよ。アテナ団長は怒ると鬼みてェだったからな」

「ふふ、怯えているバルカンさんは何だか新鮮ですね。でもBランクに昇格して、皆も無事でしたし、結果的には喜んでくれていますよね」

「そうだといいが。ただ、一件落着とまではいかねェけどな」


 バルカンは不安げに顎に手を当てた。


「今回の迷宮攻略で現れたオヴィリオンの幹部。アイツの言葉から考えるに、ずっと前から迷宮内での俺たちの行動を監視していたのは間違いないだろう」

「それがどうかしたのですか?」

「アイツ、最後にリオティスが拘束していた部下を回収しようとしてたろ。それがおかしいんだ。アイツも迷宮にいたなら、もっと確実に助けることの出来る場面があったはずだ。なんなら俺たちをひとりずつ殺して迷宮を攻略させないことだってな。⋯⋯そこがどうしても引っ掛かるんだよ」

「他に思惑があった、と。流石に考えすぎじゃないでしょうか?」

「だといいんだけどな⋯⋯」


 未だ表情の晴れないバルカンだったが、今は考えたところで無意味と判断し、切り替えるように一度大きく腕を上に伸ばすと、普段と同じ気怠げな様子で外へと続く扉の前へと歩き出す。


「まっ、考えるのも面倒だ。もう予定の時間になる。俺たちもそろそろ向かうか」

「えぇ、そうですね。道は私が案内します。以前に一度行ったことがあるので」


 ティアナも歩き出すと、バルカンを追い越して扉を開けた。


「さーてと。そんじゃBランク昇格祝いだ。今日は飲みまくるか」


 外に出たバルカンは薄暗くなった空と、光り輝く街並みを見比べた後で、静かに扉を閉めた。


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