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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第3章 ティアナ〜居場所〜
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第39話 五堕天①


 攻略を終えた迷宮は急速な変化を終え、〝ロスト〟も消滅し、安全とは言えないながらも格段に危険度は低下していた。


 これにより迷宮は消滅を免れ、資源の回収及び、オヴィリオンの情報を手にするという当初の目的は達成された。


 つまり〈月華の兎(ルナミラージ)〉のBランク昇格と、リオティスとバルカンの命も保証されたということになる。


 〝ロスト〟での分断。迷宮消滅までのタイムリミット。オヴィリオンからの刺客。

 思い掛けない災難と困難に見舞われた迷宮攻略であったが、全てが終わった今、リオティスの内に広がったのは確かな幸福だった。


 全身に圧し掛かっていた重荷は消え、脳を埋め尽くしていたまとわりつくような靄も消えた。


 過去を乗り越え、今を生き、これから先の未来を見る。

 リオティスにとっては何よりも困難だった〝自分の好きなように生きる〟ための一歩を、こうして今踏み出すことが出来たのだ。


 薄暗い洞窟の天井を、リオティスは見上げる。


(⋯⋯やっと、ここまで来れたよ。リラ、リコル。本当にありがとう)


 過去は乗り越えたが、捨てたわけではない。

 今までの悲しみも苦しみも、全てを受け入れたからこそ、自分はこうして幸せだと感じられているのだろう。


 リオティスは静かに微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。


「そんじゃそろそろ行くか。迷宮を出るまで油断出来ないしな」

「⋯⋯そ、そうね」


 よそよそしい声。

 リオティスが呆れたように隣を見ると、ティアナが相も変わらずに両手で顔を隠しながら後ろを向いていた。


「またそれかよ。さっきからどうしたんだよお前」

「わ、私だって知らないわよ!! そ、それにだって、リオティスが、ふ、ふふ服を⋯⋯!!」


 ティアナは指をリオティスへと向けた。


 一瞬意味がわからないと困惑するリオティスだったが、自身の包帯で巻かれた上半身を見て納得する。


「あぁ、これか? 仕方ないだろ。腹抉れて全身火傷だらけなんだぜ。包帯ぐらい巻かせろよ」

「だからって服を脱ぐ必要ないでしょう!? もしかしてそういう趣味なのリオティスはッ!!?」

「勝手に変態扱いすんなよ。服も爆発でもうボロボロなんだ。着る意味ないだろ。それにこっちの方が動きやすい」

「そう、だけど! そうだけど⋯⋯!! うぅ⋯⋯」


 ティアナもリオティスの言動全てが理に適っており、反論する余地も無いことは分かっていたが、何故だか彼の方を見れないでいた。


 すると、リオティスが自身の身体をペタペタと触りながら呟く。


「⋯⋯けど勿体ないな。あの服、結構気に入ってたんだが。そろそろ新しいのも買わねェとな」


 独り言のつもりで呟いた何気ない言葉であったが、突如ティアナが目を輝かせて振り向いた。


「ならリオティス! 私が選んであげるわ貴方の服!!」

「どうした急に」

「いいでしょう別に! 私、買い物というのに憧れていたの!」

「普通にするだろ。買い物は」

「いいから! ねっ、いいでしょうリオティス!!」

「あー、いいか別に。そういうのも悪くないのかもな」


 若干押し気味なティアナに負けて承諾した所もあったが、リオティス自身、少しだけ楽しそうに思えた。


「じゃあ今度行くか。一緒に買い物」

「⋯⋯! 一緒に、買い物!! え、えぇそうね。どうせリオティスはセンス無いでしょうし! 仕方ないわね。私が選んであげるわ!!」


 先ほどまでとは打って変わり、嬉しそうに鼻歌までするティアナを横目に、リオティスは思いついたかのように手を叩いた。


「せっかくならタロットも連れてくか。まぁどうせ勝手に付いて来るとは思うけどな」

「⋯⋯そう、タロットもね。そうよね」

「ん、どうかしたか?」

「別にぃ⋯⋯」


 見るからに落ち込むティアナ。

 さっきから忙しい奴だな、とリオティスは思いつつも、今までの彼女ならばここまで感情を表に出すこともなかっただろう。


 彼女も少しずつ変化しているのかもしれない。

 そう考えるリオティスへと、ふいにティアナが疑問を投げかけた。


「そういえば、そいつはどうするの?」


 ティアナの視線の先には、リオティスの能力によって創り出された鎖によって拘束されているイースの姿があった。


「どうもこうも、入り口までは連れてくだろ。このまま放置するわけにはいかねェし」

「どうやって?」

「鎖を引っ張って無理やり」

「そうなるわよね、やっぱり。リオティスって結構無理やりだとか、力任せが好きだったりする?」

「どっかの脳筋と一緒にするなよ。もうこっちはピースが無いんだ。つーわけで、もしも魔獣が現れたら戦闘頼むぞティアナ。それとも疲れて動けないなら、お前も引っ張ってやろうか?」

「冗談でしょう? 少し休んだし私ももう大丈夫よ。リオティスはお姫様みたいに安心して守られてればいいわ」


 互いに顔を見合わせ笑うリオティスとティアナ。

 その表情には以前までの隔たりは一切なく、心の底から信頼を寄せていることが傍目からでも理解出来る程だった。


「ガキの成長は早いってことかね。少し会わない間にこうだもんな」


 二人の耳に響く声。

 前を向くと、そこにはヘデラを面倒くさそうに背負うバルカンが此方へと歩いていた。


「よぉ、バルカン。元気だったか?」

「お陰様でな。お前らが迷宮攻略してなきゃ、流石の俺も生きた心地がしてなかっただろーな」


 笑いながらリオティスに近づくバルカンであったが、そこで彼の身体の異変に気が付いた。


 包帯で巻かれた上半身に、傷だらけの顔。

 恐らくは重傷である身体も心配ではあったが、何よりもバルカンが驚いたのは右手に描かれていた紋章だった。


「⋯⋯お前、能力をティアナに明かしたんだな」

「仕方なくな。余りにもこいつが足手まといだったし」

「ちょっ、失礼なこと言わないでよ! 今の私は違うから!! もうお姫様なんて呼ばせないから!!」

「そうか? 今の方が立派にお姫様だろ。真のお姫様は男に守ってもらわなくても自分一人でどうにかできるぐらいに強いしな」

「何その武闘派なお姫様! そんなわけないでしょう!?」

「俺の読んだ本だとそうだった」

「一体どんな本を読んできたのよ!? リオティスのお姫様知識所々可笑しいわよ!」


 相変らず些細なことで騒ぐリオティスとティアナだったが、それが以前までの言い争いでないことはバルカンにも見て取れた。


「⋯⋯本当に、成長しすぎだよ。お前ら」


 ひとり嬉しそうに笑ったバルカンは、背負っていたヘデラを乱暴に手放した。


 ぐえっ、という声がリオティスには聞こえたような気がした。


「バルカン、いいのかそれ」

「どうでもいいだろ。そもそもコイツは俺たちを殺そうとした。こんぐらいの扱いが丁度いい」

「だってよ。ティアナも仕返しに殴るか?」

「そんなことしないわよ。私はちゃんと彼女が目を覚まして治療を終えた上で、正面からパンチするわ!」


 ふふん、と自慢げに鼻を鳴らすティアナを見て笑うリオティスに、バルカンが静かな声で尋ねた。


「コイツがオヴィリオンの戦闘員か?」

「ん、あぁ。どうかしたか⋯⋯」


 とリオティスが聞き返すよりも先に、バルカンはイースの腹部へと蹴りを放った。


 身動きも取れずに転がるイースからはやはり、ぐえっという呻き声が聞こえた気がした。


「バ、バルカンさん!? どうしたのですか突然!!」

「別に。一応な」

「一応って⋯⋯」


 困惑するティアナにリオティスが言う。


「気にすんなよティアナ。確かに一応は必要なことだ」

「流石だなリオティス。やっぱお前は楽でいい」

「どうも。そもそも分からない方が馬鹿なだけだろ」

「少なくとも今のはわかるわよ。私を遠回しに馬鹿って言ったんでしょう」

「いや、ストレートに馬鹿って言った」

「どっちも最低よ!! そういうの直しなさいよリオティス!」

「悪い悪い。だってティアナを揶揄うと面白いからついな」

「もぉ⋯⋯」


 口調は怒りつつもまんざらでもなさそうな表情のティアナと、自然と笑うリオティスに、二人を見つめるバルカン。

 そんな三人の暖かな輪を乱すように、ひとりの男の声が迷宮に響いた。


「いいねェ、仲睦まじい信頼関係。僕の周りもこうだと良かったのに」


 直ぐ後ろから聞こえた声に、リオティス達は一斉に振り向いた。


 薄暗い闇に紛れ、ゆったりとした歩みと共に現れた男は、ヘラヘラと笑って手を振るう。


「やっほー。こんにちわ! ごめんね邪魔しちゃって」


 明るく陽気に振舞う男を前に、リオティスの全身からは一気に汗が噴き出した。


 敵意は無い。

 そう思える程柔らかな物腰で笑う男に対して、どうしようもない程の嫌悪と恐怖が生まれてしまうのだ。


 目の前に立つ男は凶器を持つわけでも、人外な容姿をしているわけでもない。


 疑う余地も無いただの人間であるはずなのに、まるでこの世に存在しない生物を前にしているかのようだった。


 希薄。

 影も容姿も声さへも。


 霧のように不確かで、掴んでも掴めない。


 そこにあるのかも分からない。


 目に映る情報が、耳にこびりつく声が、何もかも全てが偽物であるかのようだ。


(なんだ、この男は)


 リオティスは脳に送られてくる情報が偽りのようにしか感じられず、全くと言っていい程に男の正体を掴めずにいた。


 だが、男は間違いなく存在している。

 だからこそリオティスは未だに動くことが出来ていなかった。


 恐怖で体が動かない。

 指を僅かに動かすだけで死が決定づけられてしまうと錯覚してしまう。


 喉の水分が乾ききり、口すらも上手く動かすことが出来なかった。


「お前、誰だ?」


 やっとの状態で言葉を発したリオティスに対し、男は答える。


「僕かい? 僕はアウル。簡単に言えば、()の関係者ってとこかな」


 アウルが右手を足元へと広げると、そこには拘束されて動けないはずであったイースが倒れていた。


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