第34話 リオティスVSイース②
突如、地面から起こった爆発。
爆発に飲み込まれたリオティスの両手は原型を留めてはいるものの、出血と損傷が激しく、力なく垂れ下がっていた。
予想外の痛みによって顔を歪ませ、脂汗を額に浮かべるリオティスに向かって、イースが驚いたように言う。
「吹き飛ばせると思ったんだけど、まさか無事なんてね! 咄嗟に魔力で防御したのかい? なら、やっぱり君は優秀だ!」
「クッ、ッッッゥ⋯⋯!! っざけやがって。いつの間に、仕掛けやがった」
「最初からだよ。説明しただろ? 俺の能力は他の物も爆弾に出来るって。その条件は体の一部に触れていること。つまり、ずっと裸足だった俺の足に触れていた地面も、地雷になってるってことさ! 特にその辺りはまさしく地雷原! これで分解で触れることも、逃げることも出来ない! 流石に魔力で防御しようとも次で君の腕は間違いなく吹き飛ぶ!! どうだい? これが俺の戦い方さ!」
両手を広げ、高らかに笑うイース。
彼の表情と仕草からも、この戦いの勝敗は既に決していた。
純粋な戦闘能力。体力。技術。反射神経。
全てにおいてリオティスを上回っていたイースであったが、彼は決して油断はしなかった。
攻撃を続けながらも相手の能力を分析し、何が出来て何が出来ないのかを見極める。
そうして得た情報から、イースは勝利のための道筋を作っていたのだ。
「君の能力は強いよ。そして便利だ。だから考えた。どうすれば詰めるのかを。創造のピースは発想次第で強力な武器になる。でも、君の使い方はいつだってシンプルで、俺の想像を超えることは無かった」
イースは一歩ずつリオティスに近づく。
両手を破壊し、体力を削り、能力を封じられて意気消沈するリオティスの姿は、イースが最初に思い描いた通りのものだった。
創造と分解の能力。
リオティスの記憶者としての力を理解した時、イースの警戒心は跳ね上がった。
無から有を生み出すリオティスの能力に、底知れない可能性を見出したからだ。
「正直に言うとさ。俺は君の能力が怖かった。今まで会ってきたどの記憶者よりもね。だからずっと警戒してたのさ! ピースを壊すことが出来ると知っても、油断はしなかった! 俺の作戦は最初から持久戦。君のピースを全て破壊して、容量の底を尽かせて、創造という最強のカードを切らせることに専念した!! 君がピースを隠し持っていたのは意外だったけどね」
先ほどのナイフによって出来た切り傷に、イースはそっと手で触れる。
「でも、これで君の創造は枯れた。次は分解だ。こっちは初めからそこまで警戒はしてなかった。速度も硬度も俺ならどうにでも出来たしね! それに手を打つのも簡単だ。君の分解は地面に触れることで発動する。そこが肝だ。要は触れられないようにするか、触れることを逆手にとって攻撃すればいい! だから地雷を仕掛けた! これで君はもう分解も出来ない!!」
創造のピースを破壊しつくし、分解が出来ないように地雷を設置し両手を潰す。体力を削り、精神を擦り減らせ、肉体に痛みと絶望を与える。
一手、一手、着実に。
イースは自身の能力に絶対的な信頼を寄せながらも、決して油断はせず、リオティスの全てを追い詰めていった。
「どうだい? まさに打つ手なし。チェックメイトってやつさ!! これが俺の戦い方! 相手の手札を一枚ずつ壊して詰ませる。勝負とは、いかに相手の行動を制限させ、出来ることを無くさせるかだ! 君と戦ってより実感したよ! 俺は強い!! あのスネイルなんかよりも強い!! これで証明できる。アウルさんに褒めてもらえる! なんならスネイルの座を奪って俺がオヴィリオンの幹部になってやる! アハハハ! 最高だ!! アウルさんと同じ幹部⋯⋯! そうさ、俺こそがあの人の隣に立つにふさわしいんだ! 俺こそが最強だ!!」
この場が〝ロスト〟であることも忘れ、イースは喜悦に酔いしれる。
もはや勝利は揺らがず、誰が見ても結果は明らかだった。ただひとりを除いてはーー、
「⋯⋯勝負とは、いかに相手の行動を制限させ、出来ることをなくさせるか、か。確かに、それもひとつの考え方なのかもな」
ボロボロになった両手を見つめながら、リオティスは静かに言葉を続ける。
「でも、俺の考えは違う。勝負において有効な手段は、情報操作だ」
「急に何を言い出したかと思ったら、情報操作ぁ?」
命乞いかと耳を傾けたイースであったが、リオティスから淡々と語られる意味不明な内容に首を傾げる。
「んー、つまりその右手の紋章を隠してること、とか? 後さっきの死角からの攻撃とか? 相手に隠すことで勝負を有利に進めたいって話かい? でも全部俺には通じてないけどね。そういうの、無駄な小細工って言うんだよ」
「確かにこの紋章も情報操作のひとつだ。情報を与えないことで、こっちが有利になるってのもそうだ。だが、一番の強みはそこじゃない。情報操作の強みは、相手に情報を無理やり与えることも出来るって点だ」
「意味わかんないな。もしかして時間稼ぎでもしたいのかい? 正直面白くないからもう終わりにしたいんだけど」
「そうだな。これ以上時間を使う意味も無い。お喋りは終わりだ。⋯⋯さぁ、詰めと行こうぜ!!」
リオティスが不敵に笑うと、血に濡れた右手の中指を天に向かって立てた。
「何を⋯⋯っ!?」
困惑するイースは咄嗟に頭上を向く。
巨大な木々の葉が空を覆い隠す中、イースの視界に映ったのは大量に浮かぶ小石だった。
「〈ダブルピース〉」
リオティスが呟くと同時に、空に浮かんでいた大量の小石群が流星となってイースに降り注いだ。
(石!? まさか創造で⋯⋯いや、それはない! 色も黒くない! 分解した地面や石をピースにして浮かせて、再構築していたんだね。俺が爆発で砕いた地面を、煙に乗じてってことかな。意表は突かれた。でもーー)
瞬時に目の前の状況を理解したイースは余裕の笑みを取り戻すと、天高くへと腕を伸ばし両手を広げた。
「この程度の小石で倒せるなんて、まさか本気で思ってないよね!!」
胸を焦がす熱量が一気に腕に伝わり、凝縮されて掌から放出される。
「〈咲き散る火花〉!!」
巨大な爆発が狼煙を上げ、紅い火花が空に咲き誇る。
圧倒的な火力。
全てを壊し、燃やし尽くす程の大爆発は、降り注ぐ無数の小石を吹き飛ばした。
「当たっても魔力で防御すれば死にはしないけどね! こんぐらい防ぐのはわけないよ」
いとも簡単にリオティスの策を破ったイースの笑みは崩れない。
だが、それはリオティスも同様だった。
「わかってるよそんぐらい。俺の目的はこっちだ」
刹那、吹き飛ばし損ねた小石が広範囲に降り注いだかと思うと、地面の複数から爆発が起こった。
雨のように降り止まない小石と、連続的に爆発する地面によって周りには土煙が充満し、イースの視界は三百六十度全て煙に覆われた。
「ゲホ、目くらまし? てか何が起きて⋯⋯」
目と喉を刺激する煙を鬱陶しいとばかりに手で払うイースの元に、何かが急速に接近する。
煙を裂いて中から現れたのは、満身創痍のリオティスの姿。
彼は左手に黒い短剣を握りしめ、イースに向かって駆けだしていた。
「マジか、強引だね。しかも短剣って⋯⋯まだピースあったんだ。でも地雷が怖くないのかい⋯⋯」
と、そこでイースは気が付く。
小石によって生まれた爆発と煙。
これらは視界を遮るのが目的だと踏んでいたが、そうではない。あの爆発そのものに意味があったのだ。
(まさか俺の地雷を全て起動させるために!? なら移動も可能。それに小石で攻撃と見せかけて同時に視界も奪い、完全な奇襲が出来る! 短剣。初めてのパターン。一手遅れ。迎撃⋯⋯可能!!)
リオティスの奇策に一瞬身を硬直させたイースであったが、冷静に考えればこれは愚策。いくら奇襲を仕掛けようとも、今まで同様中距離の分解に徹するのが正解だろう。
奇を衒うあまり、危険を冒した。
この近距離は自分の方が有利。
イースはそう考え迎え撃つべく、一歩前に踏み出そうとする。
重心と姿勢が前に傾く。
イースの心理と体勢が変化した絶妙なタイミングで、再び煙の中から影が動き出した。
リオティスの飛び出して来た真横から、意図的に遅れて煙の中から現れたその影をイースは知っていた。
青い髪を揺らし、左手に黒い短剣を握りしめる女のような顔立ちをした男。
まさにそれは今目の前にいるリオティスと同一人物だった。
「は⋯⋯?」
余りにも不可解な現象に、たまらずにイースの動きは止まる。思考が鈍る。
目の前には全く同じ顔、背丈、武器を握りしめた男がいる。
二人に増えたリオティスを前に、イースが困惑の余りに動けずにいたのは至極当然な反応だった。
(なっ、はぁ!? 二人。青髪が二人!? 分身? 他の能力? 意味が分からない。夢。幻覚。違う! 創造の能力。まさか、自分自身を創造したのか!? 生物の創造は不可。嘘。わざと単調な攻撃。このために。でもピースの容量は? 間違いなく削った。分身を創るだけの余裕は無い。まさか⋯⋯ブラフ!?)
一瞬の中の永い思考で、イースは行きつく。
消費させたはずの創造の黒いピース。
底が尽いたと思われた残量は、全てイースの勘違いであり、リオティスの作戦だったのだ。
創造した武器の大きさが変化していたのも、ピースが少なくなったわけではなくそう見せるため。
本来であれば、その程度の可能性にイースも辿り着けていただろう。
だが、リオティスは徹底していた。
武器の変化、自身のダメージ。これらによってピースの残量が少ないように見せていたのだ。
そして何よりも最後の衝突の際にピースを使わずに、一歩間違えれば死んでいたというのにも関わらずに生身で防御し、結果的に脇腹を抉られたリオティスを見たからこそ、イースの中でピースの残量を残しているという可能性は消し去られたのだ。
(ブラフ。命懸けの。ピースの残量は隠されていた! どっちかは偽物。どっちだ!? 色、髪も肌も同じ。黒くない。色も変えられる? なら、傷! 両手、脇腹は!? どっちもご丁寧に再現されている!!)
一気に送られた情報を処理しつつも、イースは懸命に頭を回す。
可能性。次の一手。
追い詰められていることを実感しつつも、イースは一瞬の最中で答えを導き出そうとした。
(迎撃⋯⋯無理。両方同時に相手は出来ない。この距離。近い。クソ! どうする? 二分の一で本体。外せば致命傷。短剣。両方相手にしても一撃は食らう。どっちだ!? わからない。危険。賭け。時間。勝っているのは、機動力。冷静になる。一度、距離を⋯⋯!!)
単語の羅列が頭を埋め尽くし、それでもなおイースは正解に辿り着いた。
自分の思考を読んでいるかのように絶妙なタイミングで与えられた情報によって、イースの判断は遅れ、身体は止まり、致命打を受ける距離まで接近を許してしまった。
だが、イースは間違いなく自身がリオティスを上回っている要素を考え、一度距離を取ることを選択した。
迎撃は不可能でも、回避に専念すれば圧倒的な速度と機動力で距離を取ることが出来る。そうなれば、情報に埋め尽くされた脳を冷やし、落ち着いて考えるだけの時間も得られる。
そう考えたイースが今度は回避のために足に力を込めようとした。刹那ーー、
グサリ。
と、自分の身体を貫く謎の痛みにイースは絶叫した。
「ガアアアァァッ!!?」
胸を腕を足を貫く堪えがたい痛み。
体には幾つもの穴が開き、右手は吹き飛び宙を舞う。
痛みの正体を目で追うと、未だ煙の晴れない地面から鋭い杭が何本も伸びていた。
「なっ、カハッ!? こ、れは、分解⋯⋯!? でも、どう、して⋯⋯」
杭に貫かれ固定された体に無理を言わせ、イースは正面を見る。
こちらに向かって走る二人のリオティスの両手は、どちらも地面には触れていなかった。
触れた物を分解する能力。
だが、リオティスは何にも触れていない。分解で操作している素振りも無い。
激痛で脳が支配されるイースは考えることもままならず、何が起きているのかもまるで理解出来ていなかったが、うっすらと晴れだした煙の奥から全ての答えが飛び込んできた。
煙の中。
そこには三人目のリオティスが、地面に両手を突いた状態でニヤリと笑ってイースを見ていた。
「バーカ。三人だ!!」
「⋯⋯っ!?」
三人目のリオティスの姿を見て、イースも全てを悟った。
目の前のリオティスは二人とも能力で創られた分身。
そして二人はただの囮であり、本命は本体の分解による攻撃だったのだとーー。
「クソ、がぁっ!!」
怒りに燃えるイースの身体を、二つの黒い刃が交差するように切り裂いた。
真っ赤な血液が噴き出し、イースの意識は闇の奥底へと沈んだ。
分解によって構築した杭を解除すると、貫かれていたイースの身体は力なく地面に落ちる。
倒れて動かなくなったイースをリオティスは見下ろすと、創造の能力も解いた。
二人の分身は黒いピースとなってリオティスの右手に吸い込まれていく。
全てを取り込んだ右手を見つめた後で、リオティスはその手をギュっと強く握りしめた。
戦闘シーン苦手で⋯⋯分かりにくいかもしれません。
リオティスは創造のピースを破壊されると分かった時点で、手数勝負は諦め、早々に残量を偽ることに作戦を切り替えました。機動力もあるイースに武器を大量に創っても、操作性が落ちるため簡単に回避されてしまいます。そうなると、結局ジリ貧でリオティスが負けます。
ちなみにイースの最期に関しては、もっと良い選択があったのかもしれませんが、情報の押し付けによって一種のパニック状態に陥っていたため、正常な判断が素早く出来なかったようですね。