第33話 リオティスVSイース①
大森林の中。
長閑な空間を吹き飛ばす程の爆音と爆発が連続的に起こった。
大地に広がる青い草木は焼け消え、ボコボコに削られた地面は立つこともままならない。
澄んだ空気は灰と砕けた砂利や砂に穢れ、鼻から吸い込めば火薬の匂いが全身を埋め尽くし、送り込まれた肺は焦がされるような熱を溜め込んでいく。
もはや生物が生存することなどは不可能となった空間で、最後に起きた大爆発によって生まれた煙の中からリオティスが飛び出した。
爆破地点から視線は逸らさずに大きく距離をとると、力が抜けたように地面に膝を付く。
ガクガクと震える足を押さえ、何とか立ち上がったものの、リオティスにはまるで余裕が無かった。
額、背中、腕に至るまで、全身が滝のような汗を流し、肌は擦り傷と軽度の火傷で赤く染まり、呼吸は肩でするのがやっとの状態だ。
満身創痍。
虚ろな眼を擦ると、自分をここまで追い詰めた男の屈託のない笑みが飛び込んだ。
「もう限界かい? 記憶者といえど、ちゃんと基礎体力は鍛えなきゃ。ちなみに俺は元気一杯! 寧ろ、ようやくエンジンが掛かってきたとこさ!」
空気に晒した足の裏から爆発を引き起こし、それを推進力として圧倒的な速度でリオティスに向かって真っすぐに飛ぶイース。
彼は言葉通りに余裕があるようで、汗も掻かず、身体には未だ傷ひとつない。
もはやリオティスとの差は比べるまでも無く、全てにおいてイースが上回っていた。
「ハァ、ハァ、ゲホッ。クソが」
リオティスは鉛のように重くなった両腕を動かすと、地面に向かって突く。
「〈ダブルピース〉!!」
刹那、大地がピースに分解されると、目にも止まらぬ速度で再構築され鋭い杭となった。
幾度も使用して来たリオティスの分解による攻撃は、魔獣の体を貫き、敵を消し去ってきた最強の矛でもあったが、イースの目には壊れた玩具のようにしか映らなかった。
「⋯⋯もういいよそれ。見飽きたし、詰まんないし。避けるまでも無いや」
イースは目前に広がる夥しい程の鋭い殺意に溜息を吐くと、避けるわけでも防ぐわけでもなく、ただ右手に力を込める。
「〈咲き散る火花〉」
右手に込めた力が熱を帯び、弾けるように掌から赤い光が放たれた。
真っ赤な光は確かな爆発力を持って空気を震わせ、焦がし、突き伸びる杭を包み込む。
イースが右手を振るえば、永続的に続く爆発は全ての杭を真正面から破壊し、いとも簡単にリオティスへと続く道が出来上がった。
視界を覆う杭の大半が破壊され、リオティスとイースの目が合う。
リオティスが見たのは、先ほどまでの戦闘への純粋な楽しさを全面に含んだイースの笑顔ではなく、凍るように冷たく、光を失った殺意に濡れた男の顔だった。
「ぐっ⋯⋯」
体が反射する。
イースの殺気に、心臓が跳ね上がる。強張ってしまう。
リオティスは確かに迫る死への恐怖を振りほどくように、右手から黒いピースを放出すると、三本の小型のナイフを創造した。それも全長二十センチ程度の殺傷能力が低いナイフだ。
今まで想像した武器とは異なる小さく弱弱しい形状は、リオティスの現状を物語っていた。
「何だよそれ。やっぱもう限界じゃん。そんなの俺に効くわけないだろ?」
突撃するイースは落胆が色濃い表情で再び右手を広げる。
先ほどの分解で構築した杭を壊す程の威力だ。
当然、リオティス自身もこの攻撃に意味が無いことは理解していたが、一直線に向かってくるイースを前に、もはや他の選択肢も無かった。
リオティスは空中に展開した三本のナイフをイースに向かって飛ばす。
迫りくるナイフ。
だがやはりイースは表情を変えることも無く、ただ詰まらなさそうに腕を振るった。
右手から放たれた爆発はナイフを吹き飛ばすと、粉々に砕いた。
「最後の悪足掻きご苦労さん! んじゃ、トドメを⋯⋯」
と、イースが攻撃を放つために爆発の煙を振りはらうと、晴れた視界には先ほどまで居たリオティスの姿は無かった。
「は?」
毒気を抜かれたイースは勢いも殺し止まると、周りを見渡す。
相変らず木々が生い茂ってはいたが、咄嗟に隠れることが出来るような場所は無かった。
「えー、逃亡? ⋯⋯じゃ、ないよね。一瞬煙で視界が遮れらたとはいえ、あんな体とあの近距離から俺にバレずに移動は無理。アハハ、いいね! 何か仕掛けたな青髪!!」
終わりかけた宴の続行を予感したイースが歓喜した時、真下の地面がピースとなって分解され、再び無数の杭に再構築されて動き出した。
「おっ、分解!」
奇襲に近い攻撃を前に、イースは笑顔を取り戻すと、両手を使用し大規模な爆発を次々に起こす。
やはり杭自体は破壊可能であり、視界に捉えることも容易であるため、イースにとっては致命打にはまるで至らなかった。だが、
「この攻撃は脅威に感じないけどさ。本人が見えないのはマズイよね。創造と違って分解にはそこまで制限なさそうだしなー。このまま一方的に攻撃され続けたら流石に面倒だね! ならやっぱ本体探して叩くか!」
破壊した傍から再構築されて襲い掛かる杭に対して攻撃を止めると、イースは回避に専念した。
足裏の爆発によって空中を駆け、伸びる杭から距離をとりつつも、イースはリオティスを捜索する。
「うーん、やっぱいないなぁ」
厄介な杭を何度も避けながらも、イースは近辺を飛び回るがやはりリオティスの姿は見えない。まるでこの世界から姿を消したようだ。
だが、イースにとっては想定内。
何よりも、彼には最初からリオティスの居場所が予想出来ていた。
「杭の速度⋯⋯うん、やっぱりだ。じゃあ大体この辺りかなッ!!」
イースは突如地上に向かって体勢を変えると、杭を破壊しながら一気に突撃する。
地面に衝突する寸前、イースは右手を広げると、今までで一番の大爆発を起こした。
余りの爆発によって地面は大きなクレーターのように削られるが、イースの目的はその地面の中にこそあった。
クレーターの丁度中心部。
そこには明らかに異質な球状の岩が置かれていた。
「見つけた! やっぱそこにいたんだね!」
「チッ、早すぎんだろ見つけるの」
岩の中から声が聞こえたかと思うと、ピースによって段々と分解されていき、中からリオティスが現れた。
「うんうん、地面を分解してその中に隠れていたんだね。あのナイフは俺に能力を使わせて視界を奪うため。地面に隠れるならその一瞬で十分だ!」
「だからって何でここだとわかった? 警戒してあのナイフの時に隠れた場所からは、地面を分解しながら掘り進め移動してたんだが」
「杭の速度から計算したのさ! 君の分解は君から離れるほどに速度が遅くなる。だからわざと飛び回って見てたんだ。杭が一番早い時、遅い時。何度も見たから簡単だったよ。後はホラ、勘で?」
「⋯⋯マジで強いな、お前」
「悲観することないさ! 君も強い。面白いことを考える! でも、それよりも俺が強い。それだけさッ!!」
会話は終わりだと言わんばかりに、イースはリオティスに向かって再度突撃する。
リオティスも瞬時に創造の黒いピースを浮かべると、小石を十数個創造し、放出しながら逃げるようにクレーターから脱出した。
「ここじゃ戦いにくいもんね。で、動きながらは分解出来ない。だから創造のピースで攻撃、か。でもいよいよだね。これじゃあ本当に避けるまでも無いよ!」
逃げるリオティスの背中を見つめながら、イースはより一層の力を足に込めた。
爆発によって加速する体に、リオティスが放った小石がぶつかるが、イースは魔力で防御するのみで無駄な時間も体力も使わずに無視してクレーターから飛び出す。
視界に捉えたリオティスとの距離は十メートルも無く、イースはこの接触が最後になると確信した。
「もう終わりにしよう!!」
「⋯⋯っ」
最大の加速で真っすぐに飛ぶイースに対し、リオティスは恐怖に染まった表情で地面に手を突いた。
地面をピースに分解し、浮かばせ、長方形の壁を五つ創り出す。
リオティスの正面に均等に設置された壁は拒絶の表れ。
もはやリオティスには防御以外の行動が許されなかった。
「雑な壁だ。ぶち抜いてやるよ!!」
イースは勢いを止めることなく、寧ろさらなる爆発によって加速すると、目の前に出現した壁に向かって拳を突き出した。
肘を爆発させロケットのような勢いを持たせ、壁に当たる瞬間のインパクトに拳も爆発させる。
全身爆弾人間であるがために出来る芸当。
イースは壁を破壊し、貫き、ただただ真っすぐにリオティスに向かって拳を放ち続けた。
そうして最後の壁を破壊したのは時間にしてほんの一秒にも満たないだろう。
崩れた壁から現れたリオティスは、大きく目を見開いたかと思うと、無謀にも両腕を交差させて生身での防御の体勢に入った。
「防げるわけないだろう!? さぁ、これで終わりだ!!」
もはや創造のピースも使い尽くし、生身での防御を余儀なくされたリオティスは全身が急所と化し、イースは手加減することも無く全力で胸部に向かって拳を放った。
直撃すれば全身が吹き飛ぶ。
イースは疑う余地なく勝利を確信した。
「!?」
イースの視界の端に黒い光が過る。
黒色の小型のナイフ。
そのナイフは既にイースの頬に接近しており、次の瞬間には彼の顔を貫通するだろう。
(いつの間に!?)
もはやこの近距離では回避することなど本来は不可能であったが、イースは違った。
圧倒的な能力と戦闘センス。そして何よりも反射神経に優れたイースは、ナイフを視界に捉えた時には、既に回避するために動いていた。
顔を逸らし、身体を捻り、紙一重でナイフを避けたのだ。
頬を切り裂く痛み。
それと同時に、イースの攻撃はリオティスにも炸裂していた。
だが、その爆発はナイフによって体を動かしたことで直撃はせず、リオティスの左脇腹を抉るだけだった。
「ガッハァ!!?」
爆発によって吹き飛ばされるリオティスは無様に地面を転がると、脇腹を手で押さえてヨロヨロと立ち上がる。
直撃を避けたとはいえ、近距離であの爆発を受けたのだ。
脇腹からは血が流れ出し、肉の一部が消し飛んでいた。
立つのがやっとの状態。
もはや走ることもままならないだろう。
一方のイースも、自身の優位性は理解しつつも、飛ばされたナイフの着地地点へとゆっくり歩きだし、リオティスへの評価を改めていた。
「やるね、君。いや実際かなり驚かされたよ。まさかまだピースを隠し持っていたなんて。地面を分解して壁を創った時に、同時にあのナイフも創造してたんだね。つまりあの壁は俺を誘い込む罠であり、視界を奪う策。そして攻撃の隙を狙って一発逆転⋯⋯ってシナリオだったんだろ? 相手が俺じゃなかったら結果は違ってたね。いや、同じだったかな。最後の搾りカスがこの小さなナイフじゃ、どっちにしろ致命傷にはならないよ」
「ハァ、ハァ、ゲホ。グッ、ま、まさか避けるなんて、な。バケモンすぎだろ、お前」
「誉め上手だ! ありがとう! でも、正真正銘これで終わりだよ。君にはピースも、体力も、戦略も、もう何一つ無い。この戦いは、俺の勝ちだね」
イースは地面に突き刺さった黒いナイフを持ち上げると、握りしめて爆発させた。
砕けたピースは塵となって吹き飛ぶと、空高くに吸い込まれて消えていった。
「さぁ、終わりにしよう。出来るだけ苦しまないようにはするからさ!」
「バカ、言うな。勝負はまだこっからだ!!」
誰が見ても結果は見えた勝負。
唯一リオティス本人だけはそれを認めるつもりはないようで、抵抗するように地面を分解すべく手を突こうとする。
「いいや、終わりだよ。言ったよね。君にはもう何も残っていないって」
刹那、地面に触れたリオティスの腕が爆発によって飲み込まれた。
リオティスが地面を分解し隠れていた時、本来なら地中のためイースの姿や動きはわかりません。ただ、リオティスはとある方法で地上を見ていたのですが、これに関してはまた別の機会に語るつもりなので、深く考えなくても今は大丈夫です。