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今のフォルア国王の王政は権力が落ちている。だがそれでも、フォルアの血筋以外の国王を、という動きは数少なく、行動にも起こされないのは王国を支える宰相が優秀であったためだ。派閥があるとすれば、それは国王の子供、次の国王を誰にするか、という所にある。


派閥争いの小競り合いがいつか最悪の事態を起こすだろう。そう予期はしていても"実際に起こるとは思わなかった"そんなものだ。


(騒動が起こるまで、まだ随分と時間がある)


今それを知っている私が何か行動すれば、第一王子を死なせずに済むのか、誰かの生き死にに関わる、そんな重大な事をしていいのだろうか。

もしかしたら、1年のズレがあるのも、物語の記憶があるのも、このためにという事なのかもしれない。


「いたっ……」


ふいにズキリと胸にある呪いの花が一瞬小さく痛んだ気がした。

余計なことを考えるなと咎めるかのように。


物語のとおりに役割をこなす、それはただ死ぬのを待つだけの日々という事と同義である。


『希望を持ったって仕方ないでしょう?だって』


『何度も失敗して、どうにもならなかったのだから』


私は、何も考えずただ役割を終えればいい、そうでしょう。




「令嬢」


侯爵様の声にはっとする。呪いが痛んだ時、何か変な声が頭の中で響いた気がしたが、気分が良くないという事くらいしか思い出せない。


「あまり食欲はありませんか……?」


侯爵様は心配そうに顔をのぞき込む。

思い出した第一王子の事を夕食中にぼんやりと考えてしまっていたせいで食事の手が止まっていたようだ。


「いいえ、とても美味しいです、本当に。ただ食後の緑色の葉物をすり潰したような飲み物だけはいつも不思議ですけれど……」


「えーと、北部特有の特産物です、安心して飲んでくださいね」


どことなく歯切れは悪いようだったが、特に気に止める事はしなかった。じつのところ、ここへ来てから食事のせいなのか身体が公爵家にいた時よりも調子がいいように感じていたのだ。


どちらかといえば公爵家の方が食事は豪勢だったのだが、食の細い私はいつも食べきれずに心苦しかったのを思い出す。


「貴族の方で料理を食べ切る方は珍しいのですよ、基本は残すのがマナーのようなものですから」


そういいながら、アレックが少なくなったグラスに水を継ぎ足した。


「ありがとう」


「料理長も大変喜んでおられました。仕えた貴族の中で1番美味しそうに食べてくれたと」


「なんだか大袈裟だわ……あ、そうだ侯爵様」


「何でしょう?」


「今日は怒らせてしまって申し訳ございません……本当に軽率でした」


「あぁ……いや、あれは怒ったんじゃなくて」


侯爵様は何やら言いにくそうに口ごもっている。そして、意を決したように理由を語り出す。


「……令嬢と、アルノーはその、昔馴染みですから、私に余裕がなかっただけなんです」


「?」


(確かにアルノーは昔馴染みだけれどそれがどうかしたのかしら?)


そもそも彼と昔馴染みだということを話したことがあっただろうか…?そんな事を考えて、侯爵様が語った理由がいまいち理解出来ないでいると、見兼ねたアレックが補足した。


「スヴェン様は、嫉妬してしまったのですよ。心に余裕が持てなかったのは、お嬢様とアルノー殿が仲がよろしいからでございます」


「………そういうことです。あはは……情けないな」


「嬉しいです、侯爵様」


「令嬢……」


「仲良くしようと思ってくださったのですね」


「………うん?」


婚約者だからというだけではなく、親しくしようとしてあんなにも優しく接してくれたのだとようやく理解する。夫婦になるのだし、寧ろ当たり前の距離感だったのかもしれない。


(侯爵様なりの歩み寄りだったのね……動揺して取り乱ださないようにしなくちゃ)


「すみません。ああいった触れ合いに慣れていなくて……変に意識してしまわないよう、気を付けますね」


「…………そのまま、意識してもらえるよう精進します」


「ラシェルお嬢様……どうかあまり当主様をいじめないでくださいませね……」


「えっ?」









夕食の後、湯浴みを済ませ部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、侯爵様と鉢合わせた。

まだ起きているようなら、少しお茶でもどうかと誘われる。

特に意図もなく、お茶をするのは一番暖かい部屋として侯爵様の部屋で、と招かれ、もちろん変なことはしないと彼は慌てていたが、そんな事警戒してませんよと当然のように私が答えると、何となく複雑そうな顔をしたのだった。


久しぶりに入る侯爵様の部屋は、あの時と同じでまるで客室のようなまま生活感は無かった。


「執務室ばかり使っているので、私の部屋と言っても殆ど使ってないんですよ」


「そうだったんですね……」


驚いた時のことを思い出す。アレックに言われなければあのまま今も侯爵様の部屋を使ってしまっていたのだろうか。


「……侯爵様はフォルア国王をどう思っていますか?」


ふと、そんな事を聞く。


「素直に言えば、私服を肥やして下がった権力を見せかけだけで誤魔化そうとする、腐敗した貴族を生み出したのは国王だと思ってます」


100年前に国を治めた王は、幾つもの戦で勝った後、今まで誰も考えもしなかった、戦の無い世の中を実現させた。

武力を手放すまでには至らなかったが、奪い取るのではなく他国との交流という新しい試みを見事成功させる。


それから現在まで、その政略のまま国は維持されたが、王の統治が上手くいかなくなっているのが現状だ。


「……実は、100年前のフォルア国王の英雄譚が大好きだったんです」


「え?」


「今はほら、200年前の聖女の伝記が語られてますけど、俺は国王の英雄譚の方がずっといいと思うんですよね」


「ふふ、私も幼い頃に読んだことがあります。争いによる英雄ではなく争わない道を模索する英雄もいたのだと驚きました」


「ルーゼインはきっとそんな国王だったから今にまでずっとフォルアに仕えてきたのだなと納得したんだ。今はこんなことになってしまったけれど、幼い頃は憧れの国王の末裔に生まれた時から仕えている事が誇らしかったなぁ」


まるで少年のように話す侯爵様の一面が見れて、侯爵様はやっぱり、敬語よりも何だか口調が砕けている方が、しっくりくると、何故だか分からないけれど、侯爵様らしいなと思ったことを私は口に出していた。


「……そうか、紳士的なのも頑張ったんだけどな」


けれどその声はとても嬉しそうで。


そうして、侯爵様の部屋で夜が更けるのだった。

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