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何をしているのですか?と穏やかに、侯爵様はにっこりと微笑んでいるが、笑っているのに笑っていない。私へと向けられた恐怖ではないが、その場にいるだけで周囲の温度が下がるような悪寒がする。


怒るのも当たり前だ、婚約者のいる身でありながら他の異性にくっ付くなど非常識にも程がある。ましてや同様の貴族ではなく臣下に、という事実がよけいに最悪だ。


侯爵様の威圧感にアルノーは顔を青くし、私は正直に話すしかないと、事の顛末を詳細に語る。


話し終えた後、侯爵様は何やら口元に手を当てて、私から視線を逸らしていた。よく見ると耳が微かに赤みを帯びている。

その原因が怒りではなく、どうか寒さのせいであって欲しいと私は切に願うのだった。


「ガッハッハッ!初々しい事ですな!お久しぶりです。公女様」


侯爵様と一緒にいた大柄の男性が豪快な笑い声を上げて会釈をしながら私にそう声をかける。


「と、言っても覚えてないでしょうな。公女様がまだ幼い頃に、剣の師としてルーンウェル家にいた事があるのです」


「微かにですが覚えています、ルーゼイン家の騎士様だったのですね」


「おお!覚えててくれて光栄です、そういえば幼い頃の公女様を護衛してた騎士のアルバンは今も元気ですかい?」


「!」


「彼奴はワシと同期だったから、ルーンウェル家に滞在していた間良く話していたもんでなぁ!あんまり覚えとらんか!ワッハッハ」


「……いいえ、覚えています。忘れるはずもありません」


「彼は、その……私を庇って……」


「!!……あぁ、そうだったか、務めを果たしたのか。そうかぁ立派な事だなぁ……」


私はそれ以上何もいうことは出来ず、再び沈黙を破ったのはオリヴァだった。


「そいで久しぶりだなぁアルノー!」


「ぐえっ……お久しぶりっす……オリヴァ師匠……」


いつの間にか逃げようとしていたアルノーは首根っこを掴まれて捕まっていた。彼の言っていたルーゼインの会いたくない人とは恐らくオリヴァの事なのだろう。


「逃げ回りおって!人手が足らないのだ、今日こそは手伝ってもらうぞ!」


「俺に人様を指導する技量も人柄もないって!」


「ワシの厳しい指導をくぐり抜けたお前なら問題は無い!大丈夫だ!」


「それに俺はお嬢様の騎士なんです、そんな事してたら護衛できないじゃないっすか!」


「あぁ、それは俺が代わろう」


さっきとは打って変わって涼やかな笑顔で侯爵様はそう答えた。人手が足りないと言っているのに侯爵様が抜けたら意味が無いのではと思ったが、何となく口を噤むことにする。それはそうと代わるとはどういったことだろうか、ルーゼイン家の当主が護衛騎士は無理があるだろう。


(けっこう冗談をおっしゃる方なのかしら)


「そういえば侯爵様はどうしてこちらに?今日もお忙しいのだと思っていました」


「あぁ、さすがに根を詰めすぎだと兵士たちからクレームが出て……魔物も今のところは数も少ないし小休憩を設けることにしたんです」


(今まで無かったんだ……)


「それと、令嬢を氷雪の送り火祭にお誘いしたくて」


「お祭りですか?」


「とても綺麗なので、ぜひ令嬢と行きたいのですがいかがでしょう」


「はい、もちろん」


寒い時期にやるお祭りは王都にも首都にも無かったために、私は内心とても胸が躍っていた。

極寒だということしか分からなかった、侯爵家が治める北部の領地がどんな様子なのか、やっと見ることが出来る。

祭り事の空気感で普段の様子は分からないだろうが、それでもようやくだ。


「良かった、今年のお祭りは過去一を競えるくらいに寒いと思うのでより一層、美しいはずです」


(過去一で寒い……!?)


誰に言うわけでもなく、これ以上重ね着することになったらいよいよ動けなくなる……そんな言葉がつい口から出てしまうと、そうなったらいくらでもお姫様抱っこしますと、答えた侯爵様が嬉しそうだったのはきっと気の所為だろう。


「そういえばスヴェン様、今年の第一王子の誕生パーティには出席なさるので?領地内ならともかく完全に離れるとなると王国に魔法石の補充を要請をしないとなりませぬぞ」


「魔法石の補充?」


元々潤沢なものという訳では無いが、わざわざ王国から支援してもらわなければならないほど足りていないのだろうか?という疑問を思わず聞いてしまった。


普段扱っている魔法石は、本来のものから零れ落ちたカスのようなものだと侯爵様は説明してくれる。肉体を強化させたり、各々が持つ魔力を増幅させて補助する役割等、本来戦の兵器ために加工されたものだという。


「魔法石の元々の用途は北部くらいでしか語られていないので令嬢が知らないのは無理もないでしょう」


「魔法石なんぞが無くてもスヴェン様のように自身の魔力だけでやってのけてしまうバケモンもおりますがなぁ」


「余計なことは言わなくていいよ。そろそろ権威の為に出席しておかないとな……相も変わらず貴族様共は面倒臭い」


吐き捨てるように侯爵様は言う。私はパーティの事が頭に引っかかっていた。


(第一王子、彼は確か……)


そうだ、その時のパーティはクーデターが起こり参加していた多くの貴族は怪我をし、死亡した者達の中には第一王子がいた。その場には私もいたから凄惨な光景であったことをよく覚えている。


(そう、それが今年のこと)


そして、その1()()()に私は侯爵様と婚約した。お爺様の意向によって。


(あぁ、通りで辻褄が合わないズレがあると思ったら)


『姉はパーティでルーゼイン侯爵に助けられる。それがきっかけとなり運命的な出会いになるとは知らずに』


物語を思い出す。


私は18歳ではなく1()9()()()()に婚約をして侯爵様と結婚したのだ。

本来まだ私たちは出会っていないはずなのに。


《侯爵様の方から婚約の話を持ちかけた》


それは、自分が思っていた想定よりも、重要な物語との違いなのかもしれない。


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